第3話 蛞蝓の目

 穴を掘っている。どこで間違えたんだ?

 失敗だらけの人生だったけど、今が最大のピンチだ。私に声を掛けてきた蝦蟇渕という男が、私を埋める為の穴を掘っている。今すぐに逃げ出したいが、足がすくんで立てない。

 蝦蟇渕と蛇沼という男達は、常軌を逸している。こんな奴らに着いてきてしまった私が馬鹿だった。何故、生存確認をせずに、気絶していただけの人間を死んだと決めつけたのか? そして、何故救急車を呼ぶのではなく、地中に埋めるという発想になるのか、甚だ疑問だ。頭がイカレているとしか思えない。

 ナンパにホイホイ着いてきた女というだけで、命を安く見積もられたのだろう。初めて会った私の事なんか、何も知らないだろうから。

 ナンパに着いてきたのは、初めての経験だ。そもそも、ナンパされたのが、初体験だから当然だ。

 最初は、全力で警戒していた。しかし、二人の名前を聞いて、妙な親近感を覚えてしまった。

 蝦蟇渕と蛇沼。蛙と蛇だ。彼等も色々苦労してきたのだと、想像が膨らんだ。

 滑久慈なめくじ

 それが私の名前だ。こんな名前、いじめて下さいと張り付けているようなものだ。

 キモイ、汚いは当たり前。塩を投げつけられるのは、日常茶飯事だ。挙げ句の果てには、サマーソルトキックの実験台にされていた。その為、友達はできず、大人になってからも、対人関係が苦手だ。常に馬鹿にされている気分になる。名前を言うと、ほとんどの人が笑うかにやけ面になる。

 お父さんは勿論、お父さんと結婚したお母さんにも、恨みの矛先は向いていた。違う名前だったら、もう少しマシな人生を歩めたかもしれない。

 二人と出会い、最初の内は楽しかった。誰かと心霊スポット巡りするのにもワクワクした。一人で動画ばかり見ていたから、現実での体験に胸が高鳴った。そして、調子に乗ってしまった。

 蛇沼が平静を装い、実は体や声が若干震えている事に気づいた。怖い容姿とは裏腹に、怯えている事が分かった。蝦蟇渕が用を足しに離れたタイミングで、ワッ! と蛇沼を驚かせた。すると、物凄い勢いで突き飛ばされ、気を失った。意識を取り戻した時には、蝦蟇渕に背負われていた。

 朦朧とする意識の中、二人の会話を聞いていると、私を埋めるとの事。恐怖で身動きが取れず、声を出す事もできなかった。

 私はいつもそうだ。ずっとこの調子だ。我慢して時間が過ぎるのを待つ。嫌なら嫌って言えば良い? 簡単に言わないで欲しい。

 夜も深まった森の中、初めて着た露出の多い服と冷たい地面。体温が奪われていく。極度の末端冷え性である私にとって、最悪の環境だ。

「くっちょん!」

 耐えきれず、くしゃみが出てしまった。全身の血の気が引いた。生きている事がばれてしまったら、どんな酷い目に遭わされる事か。

 もう一度、殺されるかもしれない。

 しかし、二人とも私のソレとは、思わなかったようで助かった。完全に死んでいると、思い込んでいるようだ。

 やはり、分不相応な事は、するべきではなかった。ナンパに着いてきた事もそうだが、この恥ずかしい服装と派手なメイクもだ。

 ストレス発散であるネットショッピングでの爆買い。積もり積もって、百万円の借金をしている。今の派遣の給料では、到底返せない額だ。

 そこで、満を辞して、夜の仕事をする事にした。経験も知識もないから、とにかくエロく派手にするべきだと思った。面接を受ける為に、店の前でウロウロしていた時に、蝦蟇渕に声をかけられた。

 私は、逃げたのだ。

 辛い時に我慢ばかりしてきたのに、肝心な時に逃げてしまった。

 情けなくて、悔しくて、怖くて、寒くて、気が触れてしまいそうになる。まさに穴の淵でギリギリ踏ん張っている。すると、突然蛇沼が、私の前で座った。心臓が飛び出しそうだ。蛇沼は、服の中に手を入れてきた。結界が崩壊した。

 とめどなく涙が溢れてきた。

 嗚咽が漏れるのも時間の問題だ。どちらにせよ、穴に放り込まれたら、一貫の終わりだ。走馬灯が脳内を駆け巡る。辛い出来事ばかりだ。全てに置いて共通点があった。

 何をされても、言われても、黙って耐える私だ。

 連写機のように映し出される過去。すると、次第に湧き上がる初めての感情があった。

 それは、怒りだ。

 相手に対しての怒り、そして自分に対しての怒り。

 蛇沼が、叫び声を上げた。一気に現実に引き戻された。呪いとは、なんだ?

「塩持ってないか?」

 蛇沼の発言に、脳内で何かが引きちぎられる音が鳴った。

「誰が蛞蝓なめくじだ! どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!」

 怒声を上げると、蛇沼が悲鳴を上げて、穴に落ちた。直後に鈍い音が響く。穴の中では、二人の男が抱き合うようにして、気絶していた。互いの頭がぶつかったようだ。

 なんだ、大声出るじゃないか。

 自然と笑みが溢れた。涙を拭くと、手が真っ黒になった。厚塗りしたアイシャドウが、流れたようだ。服の中に違和感を覚え手を入れると、一万円札の束が入っていた。

 笑いが込み上げてくる。

 私は、もう振り返らない。

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穴掘り蛙と拳銃の蛇と蛞蝓(なめくじ)の死体 ふじゆう @fujiyuu194

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