第8話 上級生に目を付けられました。

「明~、ここってどう解くんだ?」


「お前・・・、それ昨日教えた所じゃないか」


「いやぁ、腹減りすぎて忘れちまった!悪い!」


いきなり俺の机に参考書を広げたかと思えば、机に頬杖を突き出し回答をせがんでくる始末である。


全く、こいつは将来やっていけるのだろうか。

持ち前の色男フェイスと会話能力を駆使すれば守みたいな人間はどんな環境であっても上手く立ち回っていくのだろうけど、これほどまでに学習能力がないとそれも活かされないまま終わってしまうのではないかと他人事ながら危惧してしまう。


「そうだ、この問題教えてくれたらコーヒー奢ってやるよ。明好きだったよな?」


「好きだけど・・・はぁ、分かった。もう何でも聞いてくれ。この際日が暮れるまで付き合ってやるよ」


「よっしゃ!やっぱ持つべき友はガリ勉の友だな!」


なんだか鼻につく言い方だなと思いながらも、守の分からない問題を基礎の基礎から教えていく。

これが終われば至福のコーヒーブレイク。しかも代金は守持ち。

コーヒー片手に雲の行方を夢想しだす、見事なまでに美化された自分を浮かべつつ筆を進めていった。


それにしても俺、ぱっと見ガリ勉に見えるのか・・・。



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守の家庭教師という壮絶なる緊急任務(常時)を終え無事帰還した俺は今、自販機の前でどのコーヒーを飲もうかと思案している。


これも飲みたい、いや、新発売の焙煎三昧も気になるな。このままいけば帰れなくなりそうだ。


「決まったかー?」


「もうちょっと待ってくれ、あと2分」


「ったく、コーヒーの事となると何でこんなに真剣になれるんだ?勉強の時でさえぼけーっとした顔してんのに」


だまっちょれい。

守にはきっと一生コーヒーの深みなど分かりようもないだろう。

勉強はコーヒーの上に成り立ってるからこそ勉強たり得ているのだ。ここテストに出るぞ。


結局五分ほど悩んだ末にしびれを切らした守が「ああもうこれでいいだろ!」と、80円のパックコーヒーを押してしまい、本日のコーヒーブレイクは赤子のようにちゅぱちゅぱとストローを吸い続けるお子ちゃまこーひーたいむになってしまった。


くそっ、理想の自分が遠のいていく。


教室へ戻る道中、あまりにへこんだ俺を見かねて諭すように元気づけようと守が話しかけてくれるのだが、この悲しみはあと二日ほど、忘れられそうにない。


「まあいいじゃねえか。パックのコーヒーだって美味しいだろ?甘いし。」


確かにパックのコーヒーも甘みと苦みが程よく溶け合い、たまに飲みたくなる味ではある。

だが守、戦犯のお前に何を言われようと今日この時起きた出来事は絶対に忘れてやらんぞ。


守の慰めを受けつつ甘くてほろ苦いコーヒーを噛みしめながら飲んでいた時、ほんの不注意か、それとも意図的なものなのか、前から歩いてきた上級生に肩をぶつけてしまった。


「あ、すいません」


「・・・ちっ」


軽く舌打ちをした上級生は数秒俺を睨んだ後、背中に不満げな雰囲気を垂らしながら離れていく。


「おい、大丈夫か?」


「ああ、よそ見してた。気を付けないとな」


「今ぶつかったあいつ、三年の柿沢東太っていうやつでさ、この学校が始まって以来の問題児らしいぜ。性格めちゃくそ悪いのに無駄に勉強は出来るから教師も手を焼いてるんだとよ。明も気をつけろよ。あいつ自分より格下の相手には容赦なく突っかかってくるからな。」


「マジか。忠告ありがとな」


また厄介な相手に近づいてしまったと、胃がヒリヒリするほどには面倒な気持ちになった。

そもそもここって県内でも有数の進学校なんだよな。何でそんな奴がいるんだよ。


若干の不安を感じつつも俺たちは早々にその場から離れていく。

しこりをもみ消すようにストローを吸い続けるが、出てくるものは何もない。

お前の未来はもう掻き消えたぞとでも言うように、ストローの奥は遠く遠く、闇が深まっていくばかりであった。




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「あぁ~なんかむかつく。さっきひょろっちいガリ勉君に肩ぶつけられたわ」


「昨日からついてないな、東太。バイクもおしゃかになったんだろ?」


「そうなんだよ!どこの学校か知らねえもやしみてえな奴の原付煽ってたら見事にすっころんじまってさ!膝は擦れるしバイクは壊れるし、ああもうダリいわホント!!」


そう叫んで屋上に張られた鉄格子を勢いよく殴りだす東太の目は、酷く淀み血走っていた。


暴力で解決できるものは暴力で解決する。暴力で解決できないものも暴力で解決する。

もはや何の理屈も通ってない彼の座右の銘のもと、刹那的に行動していたここ数日間は見事なまでに悲惨である。


「そいつさ、しめればいいんじゃねえの?」


彼と同じくここ浅野山高校を荒らしている西谷徹もまた、札付きのワルである。


「へっ、気分転換に俺たちでやってやっか。ただしめるだけじゃ気が済まねえ。女みてえに陰湿ないたずらしてやろうぜ?」


「そうだなぁ。最近あんま楽しいこともねえしなぁ、たまには遊びがてら面白そうなことの一つや二つでもしてやるか」


当分の目標を新内明のいじめと決定した東太と徹は、遠くないうちに訪れるイベントに思いを馳せながら、刃を研ぐように綿密かつ真剣に、今後の予定を企てていった。










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