第5話 美少女(中身は地味子)と散歩に行きました。

今日は日曜日。


先日の緊張と興奮に満ちた勉強会に打って変わって今日はベッドの上でダラダラとスマホを眺めている。


最近はもっぱら某漫画アプリで話題の作品を見るのが日課になっている。




1日一回ポイントがチャージされ約3話分閲覧できる仕組みなのだが、今読んでいる漫画は中々秀逸な作品なのでポイントチャージを待たずに課金して読み耽っている。




バイトしてるからまだいいけど、課金しまくってるのがばれたら親から何か言われそうだなぁ。




そんな心配に浸っているとふとラインのメッセージが送られてきた。




「あなたの恋人♡」






またこいつか・・・。




こいつの正体は皆もご存じ卯月千歳なのだが、ほぼ毎日のようによく分からないメッセージを送りつけられている。


今回もまたしょうもない内容なんだろうな。




そう思いながらアプリを開くと送られてきた内容は意外なものだった。




「よかったら散歩に行きませんか?」




散歩・・・?




時間はあるしやることもないから行けるには行けるのだが・・・・


あいつのことだ。何か良からぬことを考えているのではないか。


色々と勘ぐってしまうがまあいい、暇だし付き合ってやるか。




「いいぞ。場所と時間は?」




ラインで簡単なやりとりを行い、俺はすぐに身支度を始めた。


まさか今すぐ来いと言われるとは思わなかった。集合場所は近所の笹山川。


自宅からちょうどよい場所を選んでくれたことは有り難いが、もしかしてこいつは俺の家を知ってるのか?




あいつなら・・・・あり得る。






__________________________________






半日も体を休めていたから動き出すと気怠さが残るが、たまには散歩もいいな。


もうすぐ夏になる。気温は日に日に温かくなっていく。


休日だからか、川辺では小学生くらいの男の子たちがキャッキャと水遊びを楽しんでいる。




あんな風に友達と水遊びをした経験は無いに等しいが、やっておくべきだったかな。


後悔に似た感情を抱きながら歩を進めていくと、お目当ての人物はすぐに見つかった。




何せそこら辺の女子とはレベルが違うからな。


時折過ぎていく人々が卯月を見て恍惚とした表情を浮かべながら目を逸らしている。


何だかんだあいつの見た目だけは完璧だし無理もない。




「あ、明君♪」




「よ、散歩って言ってたけどどこに行くんだ?」




「今日は天気も良いですし、川沿いの芝生で少し休みませんか?」




「まあいいけど。じゃあ行くか」




「はい!」






今日の服装はラフなTシャツにぴったりとしたデニム。卯月のスタイルの良さを引き立てている。


こいつがもっとまともな存在であれば一瞬で虜になってただろうな。




しばらく歩いてちょうど空いているスペースがあったので二人で腰を下ろす。




「明君、コーヒーはお好きですよね?飲みませんか」




保温ポッド片手に卯月が喜々として聞いてくる。


この前図書館で飲んでいたのを覚えていたのかな。相変わらずこいつは記憶力がいい。




「ああ、ありがとう」




カバンからコップを取り出すと、気を付けるように注いでくれる。


傍から見たらカップルみたいだな。




「今、傍から見たらカップルだななんて思いませんでした?」




くっ、こいつは本当に人の心を読むのが上手いな。特に俺に関しては。




「・・・だ、だからって別にお前と恋人になりたいとか思ってないからな!」




強めの口調でそう返してみるものの、「分かってますから」と宥められる。


悔しいがこいつは俺への接し方を世の中で一番わかっていると思う。何なら母さんより分かっているんじゃないか。




「で、突然散歩に誘ってきて何か話したいことでもあったのか?」




やや仏頂面で聞いてみるも卯月からの反応がない。




どうした?


何か大事な話でもあるのか?


もしかして・・・・告白!?




「あ、告白ではないですよ?」




・・・・んなことわかってらぁ。




それから数分の間卯月は口を閉ざしたままだったが、とうとう恐る恐るといった感じで口を開いた。




「私、とある人を助けられなかったんです」




「とある人?」




「はい。あの人は深刻な悩みを抱えていて、助けてくれるような人は誰もいなかった」




何だか中学の頃の俺みたいだな。




「どうにかして助けられないかと毎日悩んだのですが、やはり私だけの力ではどうにもなりませんでした」




誰かを助けられなかった苦しみ。俺は人を助けようだなんて今までの人生の中で思ってこなかったから分からないが、何もできないというのは辛いものなのだろう。




過去の俺も自暴自棄になってたとはいえ、出来るものなら誰かから手を差し伸ばしてほしかった。


たまたま俺は家族に恵まれていたからどうにかなったが、そうでない人はどうなってしまうのか。




「私は今でも後悔しています。手を伸ばせる距離にいるにも関わらず助けられなかった。そんなことはもう二度と起こってほしくありません。だから明君、もし明君が悩んでいたり、苦しんでいたりする時は私を頼ってください。そしてもし言いたくなったら、私にすべてを打ち明けてください。私はそれまで待っていますから。だから明君、もう一人だなんて思わないでくださいね」




卯月から諭すように言われた一連の言葉は、どういう訳か俺の心の奥深くに沈み込むように吸収されていった。




俺は何もしゃべっていないし過去の事なんて一言も話していない。


なのに、そんな事すら軽く凌駕して全てを包み込んでくれるようなこの安心感。




こいつはいったい何なのだろう。


一見するとただの怖い奴なのにこいつといると心が安らぐ。




そして俺は理解した。




俺は卯月と一緒にいる中で幸せに似た何かを感じ取っているんだ。


いや、幸せそのものと言った方が正しいのかもしれない。




関われば関わるほどこいつのそばにいたいと思ってしまう。




「・・・・そんな時があれば、な」






気持ちの整理がつかないまま乱雑に返したその言葉さえ卯月はしっかりと、丁寧に飲み込んでくれた。




「はい、待ってますね♪」

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