第41話 牛丼③
「よし。力の性質はさておき、とにかく彼女は女神様だ。その女神様にうちの弁当を食べてもらうなんて光栄でしかないよ。私、腕によりをかけて弁当を作らせていただきます! 餞別ということでお代は結構です! というか、女神様からお金なんて貰えませんし!」
それまでの沈んだ空気を吹き飛ばすかのように、カルディナが声高らかに告げる。
しかしララーが彼女の肩をポンと叩いた。
「むしろ古いお金を貰っておけば良いじゃない。歴史的価値がわかる所に売れば、それこそギャンブルなんて目じゃないくらい良い値段になると思うわよ」
「え、そうなの?」
「私なら学校の伝手を使ってそういう所にも連絡できるし。だから貰っちゃえー」
にまりと笑うララーの顔はいかにも悪そうだ。
「ララーさん。もしかしてちょっと横取りしようとか考えてません?」
「か、考えてない……こともないけどたぶんそんなことしないわよ! たぶん……!」
「いや、どっちですか……。チョコちゃんの前なんですから、あまり大人のそういう部分は見せないでくださいよ?」
「うっ――」
キョトンとしているチョコを見て小さく呻くララー。
そのやり取りを見ていた貧乏の女神も、ようやく小さな笑顔を見せた。
「それで、どの弁当にします?」
「実はまだ迷っていて……。どれも美味しそうだから――」
貧乏の女神がくしゃくしゃになったチラシを懐から取り出し、悩み始めたその時。
カルディナのショーポットが音を鳴らした。
「ちょっと失礼」とひと言断ってから、カルディナはそれに応じる。
「あ、ガイウルフさん! お久しぶりです! はい……はい……。えっと……。ちょっと待ってください」
カルディナはそう言うと、どこか慌てた様子で正義を見た。
「マサヨシ、ガイウルフさんがどうしても聞きたいことがあるんだって。ショーユの取り引きは無事にできたそうなんだけど、シギカフの人に『醤油も使うならコンブも必要じゃないか?』って言われたらしいんだ。ひとまず保留にしてもらってるそうだけど……。コンブって何? あとそれって本当に必要?」
いっきに問われ、正義は一瞬固まってしまった。
が、すぐに『出汁』のことを言っているのだと気付いた。
「必要です! 可能ならお願いしたいです!」
「わかった。――ということです、ガイウルフさん。そのコンブとやらもお願いします!」
正義の声が大きかったらしく、どうやら直接伝えなくてもショーポット越しに伝わったらしい。
カルディナは親指を立てながら「『了解した。またすぐに取り引きに向かう』だって」と小声で正義に伝えてきた。
ガイウルフからの思わぬ連絡に、正義の胸はまた高鳴る。
醤油に加えて昆布で出汁が取れるとなると、またさらに作ることができるメニューが増えそうだ。
さすがにカツオまではないみたいだが、昆布がこの世界に存在していただけでも充分にありがたい。
というか、そこまで気を回してくれたシギカフの人は、絶対に日本食のことを『わかっている』人だと確信する。
ただそれらを使って弁当を作っても、日本にいた時と違って高級なものになってしまいそうなのが少々難点だが。
「いやあ……。今さらだけどちょっと仕入れ値が怖くなってきちゃったよ」
「何かすみません……。というか今の完全に勢いだけで返事をしてましたけど、本当に良かったんですか? カルディナさんは昆布が何かもわかってないですよね?」
正義が問うと、カルディナは優しく目元を緩めた。
「さっきララーが喩えで使ったギャンブルの話じゃないけどさ、私は宅配を始めた時から、全額マサヨシに賭けてるから」
「――――! えっと、ありがとう……ございます……」
カルディナから伝わってくる大きな信頼。
毎回メニューは全力で考えてきたけれど、今回も絶対に外せないなと、正義は気合いを入れ直す。
「お二人さん。熱くなってるところ申し訳ないんだけど、話の続き大丈夫?」
「そ、そうだった。貧乏の女神様の注文を聞こうとしてたんだった。す、すみません!」
ララーに言われ、カルディナと正義は慌てて頭を下げる。
そんな二人に貧乏の女神はぶんぶんと首を振った。
「い、いえ。私が早く決められないのが悪いので……。それでお二人が話している間も考えてたんですけど、どうしても決められなくて……」
「それだったらいっそのこと、全部食べちゃえば良いと思います!」
力いっぱい提案してきたのはチョコだ。
皆は一斉に彼女の方を見る。
「だってカルディナお姉ちゃんの作る料理、どれも本当に美味しいんだもん。私も今まで全部のお弁当を貰って食べたけど、どれが一番とか決められないよ。それならいっそのこと全部食べてしまえば良いと思うんです!」
チョコの主張にしばし目を丸くしていた正義たち。
が、突然ララーが笑い始めた。
「間違いないわ! 私もどの弁当がおすすめかって聞かれたら『全部』って答えるもの」
「え? え? でもそんな、いくら私が女神でもいっぺんに食べられないし――」
「別に今すぐに全部食べる必要はないですよ! すぐ出て行かなくても、もう少しだけヴィノグラードにいればいいじゃないですか」
カルディナの提案にも、しかし貧乏の女神は表情を暗くする。
「でもそれじゃあ、私の力のせいで今の貧民街だけでなく、皆さんのお店にまで悪い影響が出てしまう可能性が――」
「それなんですけどね。一時的なら問題ないと思います」
やけに自信たっぷりに言い切るララーに、貧乏の女神だけでなく正義とカルディナも頭に疑問符を浮かべる。
そんな皆の疑問を察したララーは一人ツカツカとカウンターの端まで歩くて、とある物を手にした。
「この招き猫があるからね」
「…………!?」
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