第40話 牛丼②
「……で、私に連絡してきたと」
こめかみを抑えながら難しい顔で言うララー。
カルディナからの連絡を受け、学校を飛び出して来たらしい。
幸い彼女が受け持っている今日の授業はもう終わって、後は研究の時間だったらしいけれど。
自称『貧乏の女神』の白い少女は、今は椅子に座ってもらっている。
文字通り肩身が狭そうに、椅子の上でひたすら小さくなっていた。
ちなみに名前を聞いたところ、特にないと言われてしまった。
『私たち女神は、それぞれの力の性質で呼び合ってましたので……』ということらしい。
「だってララー、はぐれ女神様だよ? 私だけじゃ抱えきれないよー!?」
カルディナはあれから気が動転しっぱなしだ。
そういうわけで、正義としては何がどういう状況なのか今も把握できていない。
ただ一つだけわかるのは『貧乏の女神』というネーミングからして、皆を豊かでハッピーにする存在ではないだろう――ということだ。
「私にも抱えきれないわよ。はぐれとはいえ、仮にも女神様なのよ……」
「あ、あの……。その『はぐれ女神様』って何なんでしょうか?」
おずおずと挙手しながら、二人の会話に割って入る正義。
それぞれの国で祀られている『三人の女神』とは違うらしい、というのは何となくニュアンスでわかるのだが、それ以上はサッパリだ。
「ええと、どこから説明したものか……」
ララーは眉間に皺を刻みながら、
およそ1000年前、世界中の女神たちによる争い『女神戦争』が勃発した。
数十年に渡って続けられたその戦争は、この地に住まう人間や生物たちの命をたくさん奪い、土地も焦土と化してしまった。
自分たちの行いを深く反省した女神たちは、その力を今度は人間や生物たちのために使うと決める。
そして世界を8つの国に分け、それぞれ三人の女神が付いてその力をそこに住まう者に分け与えることにした。
だがこの時、『三人の女神』に選ばれなかった女神も多くいる。
それが通称『はぐれ女神』だ。
『三人の女神』として選ばれた基準は、それが人々の生活に役立つことができるか、という点。
つまり『はぐれ女神』とはその基準から洩れてしまった女神たちのことだ。
とはいえ、その能力もピンからキリまで。
貧乏の女神のように、極端にマイナスの力が働く者はほとんどいなかった。
人々に対してマイナスの力を持つはぐれ女神たちはその力の影響が出ないよう、自らの意思で地の底に向かい、深い眠りにつくことにした――。
というのが、ララーが正義に説明した内容だ。
思わぬタイミングでのこの世界の歴史の授業に、正義は興味津々で聞き入ってしまった。
(色々な力を持つ女神様がいるってことか。日本でも『
話を聞いていた貧乏の女神もララーの話にこくりと頷き、大体その通りだと肯定する。
「そ、それで私が眠りについたのがこの近くの平野だったんだけど……。どうやら私が眠っていた真上にいつの間にか街ができていたみたいなの。でも私の眠りが浅くなってから、どうも力が洩れ始めていたらしくて……」
貧乏の女神はそこでシュンと俯く。
カルディナとララーは察したのか、そこで「あぁー……」と小さく呻いた。
「起きてから街の様子を見に行ったら、私の力のせいなのか、街がその……とても貧相な感じで……」
「つまり、今の貧民街ができた影響はあなたの力のせいだと」
「ほぼ間違いなくそうだと思う……」
正義を除く三人は神妙な面持ちで顔を見合わせる。
「今の貧民街がある場所って、後から増設された地域だったよね?」
「そうね。でも30年くらい前から今のような感じになってしまったらしいわ」
「そういえば家主だったお爺さんも、もっと昔はあんな感じじゃなかったって言ってた」
「ううぅ……。本当に申し訳ない……」
三人が口々に言うと、さらに肩を小さくする貧乏の女神。
「まぁその話は一旦横に置いといて――。どうしてまた、うちの弁当を食べようと思ってくれたんですか?」
カルディナが聞くと、貧乏の女神は静かに目を伏せた。
「このままここに居続けると、あの場所はずっと貧しいままになってしまう。だから出て行くことにしたの。でもその前に、あの女神戦争の後に人々がどう暮らしているのか少しでも見てみたかった……。それで街を歩いていた時に遭遇したのが――」
貧乏の女神はそこでチラリとチョコの方を見る。
「チラシ配りをしていたチョコちゃんだったってわけだね」
「うん。でも連絡するための特殊な道具? を持ってないから直接お店に来たんだけど……お金が変わっていることまで想像できてなくて……」
「古いお金をそのまま出してしまった、と」
「あの、一ついいですか? さっきここから出て行くって言いましたけど、今後はどこに行くんですか?」
正義が聞くと、貧乏の女神は自嘲気味に小さく笑った。
「どこか荒野を探して地中深くに移動するよ。そしてまた眠るつもり。荒野なら、もしまた私の力が洩れ始めちゃっても、そこまで影響がないと思うから」
「そうですか……」
それ以上の言葉が出てこない。
彼女の力の性質を考えると「ここにいても良いのに」とは、とてもではないが誰も言うことができなかった。
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