第42話 牛丼④
「え、本気で言ってるんですかララーさん!?」
ガイウルフから貰ったあの招き猫は、あくまで験担ぎとして貰った置物にすぎないはず。
正義もカルディナもそう信じて疑っていなかったのだが、しかしララーはフッと意味ありげな笑みを浮かべた。
「実はガイウルフさんの屋敷で見た時から、この招き猫が微量の魔力を発していることに気付いたの。詳しいことまではわからないけど、お金に関係する魔力なのは間違いないみたい。さしずめ『金運が上がる魔法』ってところかしら? だから貧乏の女神様の力も、この店に来ている間は無力化できると思うわ」
「あ――」
確かにあの時、ララーは招き猫を見て意味深な表情をしていたなと正義は思い出す。
まさか本当に金運が上がる魔法がかけられているとは、考えてもいなかったけれど。
まだまだこの世界には知らないことがいっぱいあるな――と思い知らされる。
「まぁ長期間この家に住み続けられると、さすがに女神様の力に負けてしまうだろうけどね。でも短期間なら問題ないはず。というわけで、弁当のメニューを制覇するまでここにいてもらうってことで良いんじゃないかしら?」
「よしそれでいこう! だって私も女神様に全部食べてもらいたいもん」
「カルディナさん。少し前までは上流階級の方に弁当を出すのにも緊張していたのに、変わりましたよね」
「うん、だって自信が付いてきたから! マサヨシが考えて私が作ったメニューなんだ――って考えたら、もう誰に出しても怖くないって思えるようになったんだ」
恥ずかしげもなく言い切るカルディナに、正義の方が照れてしまう。
とにかく、『女神様に捧げる弁当』を全力で作るという方針が決まったのだった。
「それじゃあ、作ってきた順番に出していくことにしますね。うちの店の歩みも学べて一石二鳥! まずはハンバーグ弁当! これはつい最近、上流階級の方たちにも食べてもらったんですけどすごく好評だったんですよ!」
「私も、初めて食べたカルディナお姉ちゃんのお弁当だから大好き! ご飯とソースが合うんだよ!」
「そうなんだ。楽しみだなぁ」
カルディナとチョコのおすすめ文句に、貧乏の女神は白い顔を綻ばせるのだった。
それからしばらくの間、貧乏の女神に1日1食弁当を提供する日が続いた。
カルディナの店にいても良いと何度も言ったのだが、結局貧乏の女神は「迷惑をかけたくないから」と地中深くに潜ってしまったのだ。
地下水路の宅配は既に慣れたけれど、さすがにさらにその下の地中まではバイクで行くことができない。
というより、むしろどうやって地中に潜っているのかが謎だ。
ララーにも聞いてみたが「女神様の神秘ってことでしょ」と半ば考えるのを諦めていた。
というわけで、店で貧乏の女神がやって来るのを待つ日々。
彼女は決まって朝の開店直後に姿を現した。
これまで店で開発してきた弁当を出していくカルディナ。
貧乏の女神は終始「美味しい……美味しい……」と呟いて感動していた。
特にカレーには相当ビックリしたらしく、病的に白い肌がこの時ばかりは頬が赤くなっていたくらいだ。
そしてまだ正式なメニューにはなっていないが、からあげ弁当も食べてもらった。
「これは毎日食べたくなる……。とても好き」との言葉に、正義は嬉しくなってしまう。
(異世界の女神まで夢中にさせてしまうからあげ……。改めて考えると凄いなこの状況)
ここに来てから刺激的なことだらけだが、ついには異世界の神様にまで日本食を食べてもらうことになろうとは。
カルディナに「宅配をやろう」と言った時、当然こんな状況になるとは想像すらできなかったことだ。
「ごちそうさまでした……」
貧乏の女神は満足そうに言うと、ふぅと小さく息を吐いた。
現状、店で提供している弁当を全て提供したことになる。
それは彼女がこの街から出て行くことを表していた。
「眠りにつく前に、こんなに美味しい料理を食べさせて貰えるなんて思ってもいなかった。本当にありがとう……」
「女神様……」
感慨深げに呟く彼女に、皆一様に沈んだ表情になる。
彼女の女神としての力は、確かに街に住む人にとっては全然ありがたくないものだ。
とはいえ、性格がとことん嫌だったりひん曲がっていたりということは決してない。
むしろ自分の力の影響を考えて行動する、とても優しい女神なのに。
「それじゃあ、そろそろ――」
貧乏の女神が立ち上がった瞬間、またしてもカルディナのショーポットが甲高い音を鳴らす。
「もしかしてガイウルフさん……?」
呟き、ショーポットに応答するカルディナ。
その表情がみるみるうちに明るくなっていく。
「はい! ありがとうございます! 早速そちらにお伺いします!」
短い会話を終えた後、カルディナは皆の方を向いた。
「ついにショーユの輸入契約を結べたって! マサヨシがお願いしたコンブも! これからうちに卸してもらうための契約をしに行くから今日は臨時休業! マサヨシも一緒に来てほしい!」
「はい、もちろんです!」
「それと女神様、街を出て行くのは明日まで待ってもらえませんか?」
「え……?」
突然のお願いに、貧乏の女神は大きく目を見開く。
「これから新しい食材がうちに来るんです。そしてそれを使った新メニューを考えます。その新メニューを食べてからでも良いんじゃないかなと思って」
そう言うとカルディナはチラリを正義の方を見て軽くウインクする。
「新しい食材からの新メニュー。この流れ、もうマサヨシならわかるでしょ?」
「そうですけど……。良いんですか? カルディナさんはコンブのことを知らないのに……」
「この前も言ったじゃん。私は全額マサヨシに賭けてるって。ショーユを使ったからあげが凄く美味しかったんだもん。そのコンブとやらを使った料理も、美味しいに決まってるよ!」
次の弁当のメニューも、正義が教えてくれるなら絶対に美味しいと信じて疑っていないカルディナ。
そこはかとなくプレシャーを感じる正義だが、それ以上に「ついに出汁を使った料理が作れる」という高揚感の方が勝っていた。
「てなわけで、明日までに美味しい新メニューを考えて待ってますので!」
「そういうことなら……わかりました。また明日、お邪魔します」
カルディナは半ば押し切る形で、貧乏の女神を説得したのだった。
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