第2話 お店をはじめよう②

 カルディナに連れられて到着したのは、入り組んだ細い道の先にある食堂だった。

 ドアには『閉店』のプレートがぶら下がっている。


「さぁ。狭い店だけどどうぞどうぞ」


 正義は店先にバイクを置かせてもらうと、恐る恐る暗い店内に入る。

 どういう仕組みかはわからないが、カルディナが何かをすると一気に店内が明るくなった。

 街中に電柱はなかったが、それに変わるエネルギーがあるらしい。

 ファンタジーっぽい世界なので、もしかしたら魔法なのかもしれない。


「適当に座って待っててね。すぐ作るから」

「あ、はい」


 すぐに調理場に入るカルディナ。

 正義は入り口近くのテーブル席に着くと、改めて店内を見回す。


 カウンター席が6席に、4人掛けのテーブル席が2席。

 カルディナが言った通り、小さな店だ。

 木製の室内は丁寧に掃除されていて、壁にメニューが貼られている。

 そのメニューの文字を見た正義は、思わず目を丸くしてしまった。


 まったく見たことのない文字。

 なのに、なぜか読めてしまうのだ。

 不思議な感覚に戸惑う正義だが、意味がわかるのは決して悪いことではない、むしろ良いことだと前向きに捉える。


 ふわっと、調理場の方から良い匂いが漂ってきた。

 と思った瞬間。


「はい、お待ちどおさま!」


 カルディナの明るい声と同時に、目の前にドンとお皿が置かれた。

 本当にすぐに出てきた。


 皿の上には、見たことのない料理が盛られていた。

 ここが異世界ということを一瞬忘れていたので、正義は少しだけギョッとする。

 例えるなら、ご飯が紅色のチャーハン、といったところだろうか。

 上に載っている焼かれた茶色の物体は、おそらく何かの肉だろう。

 ただ、匂いは本当に良い。


「い、いただきます」


 正義はスプーンを手に取り、恐る恐る口に運ぶ。

 瞬間、正義は目を見開いた。


「美味い……!」


 空っぽの胃が、喜んでご飯を受け入れたのを感じる。

 謎の肉も食感は豚肉に近く、赤身と脂身のバランスも良い。

 赤いご飯も少し麦っぽい香りはするものの、正義が食べ慣れた米とほとんど遜色のないものだ。

 野菜らしき緑の小さな塊もハーブのようなほどよい爽やかさで、肉とご飯の両方に合う。

 感動している間に、正義はあっという間に平らげてしまった。


「おおう、良い食べっぷり。作った甲斐があるってもんだよ」

「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです!」

「喜んでくれてなにより」

「こんなに美味しいんですから、きっとお店も繁盛しているんでしょうね!」


 興奮気味に言う正義だったが、カルディナはなぜか眉を下げる。


「実はね……そうでもないんだ。むしろかなり経営は苦しい……」

「えっ……?」


 カルディナの告白に、正義は思わず声を上げてしまった。

 こんなにも美味しいのに信じられない。


(もしかして異世界の人と俺の味覚が違う可能性も……。いや、でもお店を開いてるくらいだから、異世界の人でもこの味が『美味しい』という認識なはず)


「どうしてですか? 何か理由が……」

「この店、本当は魔物に殺された両親の店だったんだ」


 さらりととんでもない情報が出てきて、正義の心臓が跳ねる。

 どうやらここは魔物が出てくる世界らしい。


「それを私が引き継いで数ヶ月経ったんだけど……。元々ここは近所の常連さん達で持ってたような店でさ。最初はみんな、私のことを憐れんで通ってくれてたんだけど、やっぱり両親の味と私の味はちょっと違うみたいで。少しずつ常連さんだった人達の足が遠のいて……今や閑古鳥さ」

「そんな……」


「新規客を得ようと、大通りでチラシを配って宣伝もした。でも効果がなかった。とにかく立地が悪いんだよ。ここに来るまで、結構細い道を歩いてきたでしょ?」

「言われてみれば確かに……」


 大通りではなく、裏道のような細い道を歩いてきたことを思い出す。

 店名の『お食事処・袋小路』の名前にたがわず、かなり奥まった所にあることは間違いない。


 飲食店が繁盛するためには、料理が美味しいことは絶対だ。

 しかしそれと匹敵するくらい、立地も関係する。

 いくら美味しい料理を提供できても、常連や新規客が足を運びにくい場所にあると、経営の難易度が一気に上がってしまうのだ。

 その点は異世界でも変わらないらしい。


「あ……。なんかごめんね。こんな暗い話しちゃって」

「いえ。俺は別に……」

「それよりもさ、今日うちに泊まってく?」

「へっ!?」


「お金ないんでしょ? そして記憶もない。行く当てもないならうちで寝ていきなよ」

「そこまでしてもらって良いんですか……?」

「大丈夫だって。これも何かの縁だし、遠慮しないでいいからさ。それにね、両親が事あるごとに言ってたんだ。『困ってる人を見たら助けてあげなさい』ってね」


 裏表のないカルディナの笑顔。

 正義はありがたく厚意に甘えることにしたのだった。

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