5.『作戦会議』

「じゃ、早速始めるわよ」


 沙織がマーカーの先でホワイトボードをトンと打つと宣言する。


「まず、伊勢崎さんへのメールは…」

「それなら昨日の夜書いて、今日の朝イチで送信しといたよ。返事待ちだね」


「さすがたけちゃん。やる気満々やな」



「ありがとう日高。じゃあとは、小惑星のカタログと見積もりね。私、昨日の夜美空天文台のホームページ少し見たんだけど望遠鏡使用のシステムと、掛かるお金の情報がざっくり載ってたわ。一応、観測やれるものとして交通費や宿泊の見積もりは進められると思うわ。ーー時間もあるし、手分けしていきましょ?」


「そうだな、もうすぐ期末試験もあるしな…」

 北山が苦々しい顔でグループ室の窓越しに図書館の館内を見つめる。


 ずらっと机に向き合う姿は、書籍を読むのではなくノートを開きペンを走らせる学生の方が多い。


「そうなのよね。手間のかかる事は今日終わらせて大きく動き出すのはテスト後にしましょう」


「日高、カタログの方任せていいか?」

「わかった。沙織は美空天文台の情報と経費を頼む。俺は交通費と宿泊を調べてみるよ」


「じゃ、内容はホワイトボードにまとめて書いてね」


 3人は各々パソコンを開くと作業を開始する。


 日高も昨日開いたままにしたブラウザのタブを選択すると、F5キーでページを更新する。


昨日の深夜、小惑星のデータベースを紹介する投稿がスレッドに追加されていたのでそのリンクをクリックして開く。何度かのリダイレクトを経て英語でぎっしり埋め尽くされたページが表示された。


 中央部には検索フォームの様な部分があり、上端には見慣れたNASAのロゴマークと、Jet Propulsion Laboratory , ページタイトルに、JPL Small-body Database Search Engine と続く。


「うぐっ、全部英語だー…へるぷ…」


「まじか、がんばれ」

「いい機会よ日高。英語の必要性を身を以て知りなさい」


 日頃、日高の英語からの逃避っぷりを目の当たりにしている2人からは、取り付く島もない返事が返ってくる。


 孤立無援を悟った日高はスマホの辞書アプリを開くと仕方なく画面に向き直った。





 画面にはStep1〜6までの枠が上から順番に表示されており、一番下に[Generate Table]というボタンが表示されている。つまり、検索条件等を順に指定していけばお目当てのデータを絞り込む事ができる様だ。

 Step1の段には、Search Constraintsとあり

 Limit by object type/group:

 Limit to selected orbit class(es):

 Limit by object characteristics:

 と続き、それぞれの枠内にはチェックボックスやドロップダウンリストが表示されている。


(どうも、ここで検索対象を絞り込めって事だな… えっと、Object kind はAsteroidsでいいんだよな。Groupってなんだろ…NEOs/PHAs ??)


 新しく開いたダブの検索枠に単語を打ち込み、検索を叩くとありがたい事に日本語のドキュメントが表示された。


(NEOはNear-Earth object の略か。地球近傍天体…そのままだな。ーーPHAは… Potentially Hazardous Asteroid ⁇ 潜在的に危険な小惑星… これもそのままか。こんな分類があるんだな)


 日高の疑問は解消されたが、検索対象の(3371) Mithere がどちらに分類されるのか日高は知らないため、結局All object にチェックを埋める。


(次はorbit classes か。orbitは軌道だよな、classってここではどういう意味だ?)

 今度は辞書アプリに打ち込んで用例を探す。


(共通の性質を有する種類…か、なるほど。

 軌道の種類をきかれてるんだな? ってかそんなの知らんわ!)


 日高はこの検索フォームの実用性に疑問を持ちながら、漠然とOrbit classes の枠を眺める。整然と10以上のチェックボックスが並んでいる。


(随分と種類が多いんだな。Atira , Aten , Apollo... ん?アポロ? あぁ、アポロ群の事か! 小惑星の群ってこれの事だったのか〜)


 また一つ新しい知見を得て嬉しくなる日高だが、読解は一向に進んでいない。

 そればかりか検索サイトであれば小惑星の名前やら番号を入力できるフォームがあっても良いと思うのだがその様な部分が存在しない事も日高の疑念を深めていた。




「なぁーちょっと見てくれないか〜?検索の設定が複雑でよくわからないんだよ…」


「そうなの?頑張ってたみたいだけどー。ちょっと見せて」


 正面に座った沙織が席を立って回り込んできた。日高の隣の椅子を引き出して座ると、身体を傾けて画面を覗き込む。


 ふわっと優しく懐かしい香りを含んだ空気が日高の顔を撫で、つい鼻をひくつかせてしまう。

「ちょっと、ひーだーかー!そんな露骨に匂い嗅がないでよー」

「いやごめんごめん、、かいだことのある匂いがした気がして気になっちゃって…ごめん。シャンプーか何か?」


「うーん、もしかしたらこれかも?」

 そういって沙織はバッグの小物入れからリップクリームを取り出す。キャップを捻って開けると、甘さと濃い緑を感じさせる爽やかさの入り混じった香りが周囲に漂った。


「これだー、これ。何の匂い?」


「これは椿の練り香水のリップクリームよ。季節によって香り変えてるの。というか日高、椿の花なんてほとんど香りしないのにどこで嗅いだのよ?」


「うーん、思い出せないな。おばあちゃんの家かも。何か懐かしい感じで良い匂いだな」

「まぁ日高が気に入ったのならまた付けてきてあげるわ」


 そういって、今度こそ沙織がパソコンに向き直った。


 ページを読み始めた沙織をぼんやりと眺めていた日高だったが、斜め前から視線を感じてそちらを見ると、北山が驚きと呆れの混ざった様な表情でこちらを見ている。

 日高がいぶかしげな視線を送ると、彼は無言でパソコンに向き直った。



「ちょっと日高、ここ読んだ?」

 振り向いた沙織が、ベージ冒頭の説明文末尾をマウスオーバーして青くハイライトする。


 .....If you want details for a single object, use the Small Body Browser instead.


「えーっとつまり… ?」

「このくらいは訳せるでしょ?ほら」


「うーんと、もし単体の、オブジェクトの…詳細を知りたい場合は…Small Body Browser を使ってください?? あっ、ここハイパーリンクになってるのか!」


 日高がリンクをクリックすると、今度は打って変わって検索フォームと数行の説明分が記載されたシンプルなページが表示された。


 敗北感を感じつつ、小惑星番号の3371を入力して[Search]をクリックすると、(3371) Mithereとタイトルされた詳細情報とおぼしき検索結果があっさり表示された。


「うーわー、俺の苦労は何だったんだー」

「最初にちゃんと読まないからよ。じゃ、内容の確認は頑張ってね」


「わかったよ…」


 日高はがっくりと項垂れた頭を持ち上げると、気合を入れるべくコーヒーのボトルに手を伸ばした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「じゃあ、大方まとまったかしら」


 気づけば、時計の針は10時半を回っている。ホワイトボードには3人がそれぞれ書き込んだ情報が箇条書きにされていた。



「じゃあ、まず日高からお願い」


「はいよ。今回の掩蔽を起こした(3371) Mithere なんだけど、Sq型と呼ばれる分類の小惑星だった。直径は推定で10.9km、NEAと呼ばれる地球に接近する軌道を持つ小惑星の一つだ。ライトカーブの情報は無い… 順番に説明していくよ」


「お願いするわ」

「今の段階ではさっぱりわからん」

 沙織と北山が口々に応える。


「まずSq型だけど、 S型という中分類の中のqタイプという小分類といった感じかな。特徴としては、『宇宙風化風化による影響が少ないグループ』らしい。より、原始的って事なのかな?まぁつまりそんなに特別ではない、ありふれた小惑星の一種類って事」


「なるほどね、ちなみにその型は何で調べられたの?」

「これがいわゆるスペクトル型ってものらしいんだ。つまり小惑星の光を分光して、その傾向毎にグループ分けするというやり方らしい」


「あー、これがスペクトル型なのね。確か、小惑星表面の物質の違いを反映しているのよね? それで、このスペクトル型の小惑星が彗星活動をするような例はあるの?」


「ごめん、そこまでは調べられなかった。また、原先生に聞きにいかないか?」

「そうね、簡単に情報が出てこないならそれが良いかも」


「ーーで、直径は良いとして、NEAかな。これは、Nearly Earth Asteroid の略で、文字通り地球の近くを通る軌道を持つ小惑星の事。これも沢山見つかっていて、そんなに特別ではないなー」


「ライトカーブは無いんだ?」


「そう、ライトカーブはまだ観測されていない。調べたら、ライトカーブが調べられるような小惑星はごく一部なんだって」

「じゃあわざわざ私達が乗り出してって調べる意義も十分にあるわけね!」


「あぁ。調べていて感じたんだが、小惑星は膨大な数が見つかっていて殆ど機械的に分類が行われている様にみえるよ。特に注目されない限りこれらの基礎データ以外は中々情報が無いみたいだから、俺たちが取り組む意味は十分にあるだろう」


「りょーかい。じゃあ次、私から美空天文台の公募観測について説明するわ」

 沙織が席を立って、指し棒代わりにマーカーを持つ。ホワイトボードには第1期100cm公募観測募集、と書かれている。


「美空天文台の100cm望遠鏡を使用してアマチュアが観測を行う方法として、この公募観測があるわ。3期に分けて行っているみたいね。既に3月末までの公募は終わっているから次は4月以降の第1期よ。応募締め切りは3月上旬、各週末毎に1グループが選定されて金土日のどれかの夜を選んで観測ができるわ」


「公募って事は審査があるのか?」

「そうみたいね、どのくらい募集が集中するのかはわからないけれど…。ページには使用可能な機材の解説も載ってたわ。私には細かい所がわからないけれど、分光観測のカメラもあったわよ。ライトカーブについては、公募に応募する前に相談する必要がありそうね」


「その辺は多分伊勢崎さんに聞けるとおもうんだけどねー」


「で、お金については一晩1人5,000円、追加1人につき+1,000円よ」

「じゃあ3人で1晩7,000円?意外にお手頃だな」


「そうね、ただ大きな問題があるのよ…」

「ん?なんだ?」


「美空天文台の公募観測に応募する為には、操作資格が必要なの。そしてその操作資格の講習会は年1回、9月にしか開講されないらしいのよ…」


「あっちゃー、、ーーそこまで待てるか?」

「いやー、ダメだ。春先ならともかく、夏以降は昼の側に向かっていくからそもそも観測ができないよ…」

 日高が頭を抱えて机に突っ伏す。


「まぁまぁ、まだ伊勢崎さんからの返事も来ていないし、その辺り何か良い方法を教えてくれるかもしれないわ。とりあえず今はこの問題については棚上げしましょ?」


「そうだな… じゃあ最後は俺か」

「うん、北山くんお願い」


「美空天文台へのアクセスは基本的に車一択だ。電車とバスを乗り継いでいく方法もあるが、バスは極端に本数が少ないし荷物もあるからな。宿については、ペンションと小学校を改装した課外活動向けの宿泊施設が天文台の近くにある。というか、そこ以外に美空町内で宿泊できそうな所が見つからなかった。ペンションは超良い感じでご飯も美味しそうだったけど…まぁ、経費の事を考えたら宿泊施設一択だな。そっちは自炊だけど、まぁ俺らには強力なシェフが居るからそこは心配なしだろう?」


「あなた達も手伝うのよ? まぁ、ちょっと合宿で料理って楽しそうだし、いいわよ任せてー」

「そんで、3人で3泊4日、宿泊費、食費、レンタカー代、高速代、ガソリン代、こみこみでざっとこんなもんだね」

 北山がホワイトボードに書かれた数字を指で刺す。


「5万5千円かー。使用料と合わせて6万2千円。まぁ、完全に頭割りだとキツいよな。半分くらい補助が出れば御の字か?」


「そうねー、私もそのぐらいが限度よ。今後の事もあるし、アルバイト始めようかしら…」


「とりあえず見積もりとしてまとめて大西先輩に報告しよう。ーー操作資格の問題もあるしな」



「じゃあ、おひるごはんにしましょうか。

 今日って学食やってる日?」

「土曜日は北1ホールだけだよ。ご飯食べてついでにボックス寄ってくか〜」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 3人は北1ホールーー生協の運営する学内の食堂のひとつーーで昼食を取ると、すぐ脇にある文化サークル棟へと足を向ける。


 天研のボックスへ続く通路へ足を踏み入れると、突き当たりの長椅子に大西と瀬川ーー副会長、会計を兼任しているーーが座って話し込んでいる所だった。


「あ、瀬川先輩…」

「ちょっ、ぐぇっ」

「何だよ急に止まるなって!」


 日高が急ブレーキで停止したので、後ろを歩く沙織と北山が玉突き事故を起こし、間に挟まれた沙織が潰れたカエルのような呻き声を上げる。


「何だ君たち、大丈夫かね? ちょうど良かった、昨日の話をしていた所なんだ。まぁ座りたまえ」

 大西が大袈裟に右手を広げて向かいの長椅子を指さした。



「話は大西から聞いたよ。小惑星の観測をする為に美空天文台に遠征を行いたいので、サークルの会計から補助が欲しいと。ーーそれから、対価として望月さんが入部するという条件があるようだが…。会計としては、望月さんの入部に関わらずこの件については判断するからその点は宜しく」


 髪を短めに刈り上げた瀬川がニコリともせずにその細い目を沙織に向ける。

「は、はい。もちろんです」

 沙織が目を背けながら答える。


 今年の大学祭で、浴衣を着た瀬川がブースに来た小学生に取り囲まれ、『武士だ!武士だ!!』と持て囃された事は記憶に新しい。

 本人は真面目な顔をしているだけのつもりなのだが、周囲に厳つさを感じさせてしまう顔つきなのである。


「ただ、あのー、観測が実現するなら私も是非参加したいと思って、それで入部を希望するという意味と捉えて頂ければ。決して冗談や煽って言ったわけでは無いです」


「そうだぞ瀬川。真剣な意思表示なんだ。それにウチのサークルにさおりちゃんが入ってくれるなんて、どれだけ光栄な事だと思ってるんだ!! こんなチャンス二度と無いんだからね!!?」

「話がややこしくなるから黙ってろ大西」


 被せるように瀬川に睨まれ、大西が小さくなる。日高、北山、沙織の視線が突き刺さるが、大西は視線を逸らせた。これ以上の援護射撃をする気は無くなったようだ。


「で、見積もりはもう出てるのか?」

「はい、瀬川先輩。今日の午前中、図書館でまとめてたんです。まだ概算ですがこれぐらいの数字が出てます」


 日高が図書館を出る時に共用プリンターで出力したメモを渡す。A4紙には、項目ごとの金額が列挙され一番下段に合計額がプリントされている。


「君たちも知っている通り、天研の会費は半期で3,000円だ。今年の会員は全学年合わせて21名だから半期で6万円程度の収入しかない。

この中から、消耗品や雑費、新刊のチラシ印刷代やこのボックスの電気使用料、将来の機材更新の為の積み立てなどを行っている。

単年度の収支を考えれば、天研の一部の活動にここまでの金額を簡単に出す事は出来ないよ。それに、君たちは新しい物品としてGPS時計の購入を認められたばかりだからね。あれは一部積み立て分も崩して購入してるんだ。その点も考慮して欲しい」


「ーーという事は、経費は出ないという事ですか?」


「そうとは言っていない。通常会計からは出せないと言っているんだ」


「なぁ、瀬川。夏の学祭の売り上げ、あれ残ってないのかよ?」


「ーー腹を切れ大西。例年、打ち上げ費用を引いても4万程度の純利益が出ているが、今年は原価費が高すぎて売り切ったのに純利ほぼ無しだ。ーー俺が忙しさに耐えかねて、出店の経費管理を大西に任せたせいだ…」

 瀬川が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ちょっと大西先輩…!何にそんなにお金つかったんですか…、フランクフルトでしたよね?そんな高価な食材ありました??」


「…フランクフルトにかけるカレーパウダーにこだわってみたら、何か楽しくなっちゃってね。行きつけのインドカレー屋の店主から教えてもらった伝説のフレッシュハーブをエアーでスリランカから代理輸入してもらってそれを使ったんだ。いやー、お客さんにも大好評で、カレー味以外全く売れないぐらい人気だったよな! 俺はカレーの妖精なのかもしれない!! 実は夏以降、家でもカレー作りにハマっているんだ。どうだね君たち、今度食べに来ないかい?」


「確かにあのカレーパウダーは美味しかったけど、そんな事になっていたとは…」

 北山が頭を抱える。


「えっ、大西先輩って料理上手なんですか? 誰か大西先輩の作ったカレー食べた事あります?」

 沙織が若干目を光らせながら見渡す。


「ーー俺は、時々味見で食べさせられるな。あんまりグルメでは無いから詳しくは言えないが、まぁ確かに家庭で出せるような味の域には無いと思う。旨いかどうかで言えば、普通に旨い」


「えー、そうなんですかー。意外です〜。

大西先輩にも凄い所ってあるんじゃないですか〜 何か安心した〜」

「おい沙織、漏れちゃいけない本音が漏れてるぞ」


「ぐっ、さ、さおりちゃん、そんなふうに俺のことを見ていたのか。 まぁ、いいだろう。今度カレーをご馳走して俺の実力を思い知るが良い!!」


「とにかく、今年は学祭の置き土産も無いって事だ。まぁこれに関しては赤字では無いのだから会計としても異論は無い。まぁ、毎年荒稼ぎしてるし消費者への利益還元もたまには良いだろう。ーー話が脱線したな。だから黙っていろと言ったのに…。 とにかく、通常会計からは出せない。 ただし、アテが無いわけではない」


「アテがあるんですか!?」


「まあな。本学には、サークル活動を支援する目的で物品の購入を補助する制度がある。今までは、物の購入にしか使用できなかったが来年度からは一定の条件で交通費や宿泊代に充当する事ができる様に制度が変わる」


「おお!渡りに船ですね! まるで私たちの観測計画の為に準備されたような話!」


 大西と瀬川は顔を見合わせると、僅かに微笑んだ。特に瀬川の笑った様な顔を見る事は珍しく、日高と北山は揃って首を傾げる。


「申請すれば何でも通りわけではないぞ。特に初期の申請は、以降のモデルケースとなるので手堅いものしか許可されない可能性が高い。天研の活動として、美空天文台に遠征する必然性を示す必要がある。ーー見積書と併せてこれまでの経緯をまとめたレジュメを作成してくれ。特に、天研の機材では必要な観測ができないという点を根拠立てて記載しなさい。天研の高性能な機材は殆ど過去に助成物品で購入した物だから大学側はその点を指摘してくるぞ。向こうの担当者もザルじゃないからな」


「わかりました… あの、ここまで流れが見えてきた時に言い出すのもアレなんですが、実はお金とは別に大きな問題が1つありまして…」

 おずおずと沙織が申し出る。


「ん?なんだね?」

「美空天文台の公募観測に応募するには100cm望遠鏡の操作資格が必要なんですが、その講習会は9月にしか開催されないみたいなんです。伊勢崎先輩に何とか回避できる方法がないか相談してみようとは思っているのですが…」


「あぁ、その点なら問題ない。俺が美空天文台の操作資格を持ってるからな。合宿には、お目付として同行してやろう」



 固まったまま点になった3人の目に、本日2回目の貴重な瀬川のニヒルな笑顔が写っていた。







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