31話 解呪
「誠司さん、始めてもいい?」
いつもの診察の様に向かい合わせに座る。
すぐそばには、呪いの封印用に選んで川の流れで浄化をしていたクリスタル。それから各種ポーションや浄化済みの鉱石もいくつか。
万全の体制だ。
「ああ、お願い…します」
やや緊張ぎみの固い表情で左手を差し出す。
「そんな固くならないで。
大丈夫!上手くいくわ。
今の誠司さんの不安や心配は、この呪いの大好物よ。餌なんかくれてやるかと強気でいなきゃ!気持ちの持ち方は重要よ」
心配させないようにことさら明るくアドバイスすると、静かに深呼吸をひとつ。
そこにはさっきまての固い表情はさっぱり無くなり、スッキリした顔つきの誠司さんがいた。
(よし!先ずは、解呪だ)
古い呪いの解呪はそう難しくない。
それは、気の遠くなるような年月をかけて
私は《診眼》を発動させると誠司さんの左手の取りクリスタルペンに魔力を込める。
手の甲に様々な曲線、直線、文字を綴る光が踊る。
魔法陣の最後の一文字を書き上げると、一際“赤”く光を放ち、《解呪》の魔法薬陣が発動し始めた。
私の“赤”の魔力が、木の根のように絡みついた呪いを《補足》していく。
そして、補足が終わると薬が染み込み、少しずつ《崩壊》が始まる。
呪い文字の羅列は、少しずつ崩れて意味をなさない文字の列に。そして、それが文字であったとわからないくらい《崩壊》していく。
《崩壊》が進むと、腕の“呪い痣”にも変化が始まった。
どす黒い
(ああ、よかった…ちゃんと効いてる。
でも、まだ気を抜いちゃダメだ。
最後までよく観察しとかなきゃ)
黒いモヤの排出が止まり、黒いモヤの塊が魔法薬陣の上でゆらゆらと漂っている。
《診眼》で確認しても、呪いの痕跡は残っていない。
(よし、《解呪》は出来た。次は、《封印》だ)
クリスタルを手に取ると、
「誠司さん、その魔法薬陣を描いた左手をこのクリスタルの上にのせてください。
そして、クリスタルに魔力を少しずつ流してください」
と、指示する。
こくりと無言で頷き、私の右手に乗せているクリスタルの上に重ねて魔力を流し始める。
それを確認すると、私も魔力を流して魔力薬陣に組み込んだ術を発動させる。
すると、勢いよく黒いモヤを魔力薬陣が吸い込むと、誠司さんの手を通り抜けてクリスタルの中へ吸い込まれ、クリスタルはみるみる黒く染まっていく。
しばらくすると、魔力薬陣が赤く光った。
終わりの合図だ。
「お疲れ様です、誠司さん。
《解呪》と《封印》、無事終わりました」
「……え?もう、終わったの?
これで解呪されたの?本当に?
こんなに早く?」
信じられないようで放心状態だ。
「ええ、呪いの気配はないはず。どう?」
そう言われて、自分の魔力を身体中に巡らせて確認する様に目を閉じていたかと思うと、ぱちりと目を開ける。
「うん!気配は無いし、今までと全然違う!
こんなにはっきり自分の魔力って感じ取れるんだな。こんなの、今までは目隠しされてるのと一緒だ。
俺、よくあの状態で魔法使えていたな…」
自分の勇者としてのチートさを再認識させられ、力無く笑うしかないようだ。
「あ、まだ最後の確認の診察がまだだった。
ちゃちゃっと診るね」
誠司さんの手を見た瞬間、緊張が走る。
「誠司さん!
まだ、魔法薬陣が解けてない!!」
「え?何?どういう事?」
手を確認すると、また少しずつ“呪い痣”が広がり始めていた。
「もしかするとって思ってたのに…
やっぱり二重呪詛だった。
ごめんなさい、すぐ発現しなかったから油断した。
解呪されると同じ呪いが発現する様になってるはず」
稀にあるのだ。
私はまだ診たことはなかったけれど、確実に目的を達成させる為に…
《診眼》で診ている最中にも徐々に“呪い痣”が広がっていく。
《封印》した呪いよりは強力では無いものの相当な高位の術師数名が施したと察せられる。
「大丈夫!まだ、抑え込めれる。
この“呪い”は、まだ根を張れていない。
魔法陣を追加で描く。
確立されていない思いつきの魔法陣は、緻密な魔力調整などされていないからもの凄く魔力を消費する。それに補足も誘導も高度術だ。
魔力が多い私でも、ごっそり魔力の消費を感じた。
(まだ、大丈夫)
今までに感じたことの無い魔力消費だけれど、二重呪詛で発現した呪いは時間との勝負。
如何に定着させないかが肝になる。
「ん…効きが悪いな。
もう一つ…」
「待って!マリー!
それ、描いてちゃダメだ!
顔色が悪いよ!」
「全然、大丈夫!
私、この国一番の魔力量と言われてる魔導士長様より多いんだよ」
「それでも……
お願いだからポーションを飲んで!」
「…わかった。
もたもたしてたら呪いが定着しちゃうしね」
心配されてるのはわかっている。
だから、なんて事ないようにニッコリと笑い、ポーションを飲み干した。
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