0話 閑話 魔女薬師マリーの日常


「今日の採取分はこれで終わりね。

ハク、今日は予備の採取はしないでそのまま帰ろう」


薬棚の補充分を採取し、従魔のフェンリル・ハクに声をかける。


『ああ、そうだな。

…そのまま歩いて帰ると家に着く前に雨が降りそうだ。

今日は、我に乗れ』


大型犬程の大きさだったハクは、私が乗ってもびくともしないくらいの大きさになり、家まで乗せてくれた。


家について暫くすると、パラパラと降り出し、ザァーと本降りなる。


「降り出す前に帰れてよかった。

ありがとうね、ハク」


大型犬程の大きさに戻ったハクのブラッシングをしながらお礼を言う。


『別に、我は早くブラッシングして欲しかっただけだ』などと、素っ気なく言ってはいるけれど、妹分の私を気遣って早く帰ったのは明らかなのだ。

侍従関係ではあるけれど、友であり、兄妹であり、私の騎士である唯一無二の存在。

私は、そんなハクについつい甘えてしまう。


「うん、わかってる。

よし、いつもよりふわふわにしちゃう!」


丁寧に丁寧にブラッシングして、いつも以上にふわっふわになったハクをぎゅーと抱きしめる。


(ああ…至福♡)


『ほら、こんなことしてないで早くご飯を食べろ』


素っ気なくそう促してますけど、尻尾は嘘をつけないのよ?

視界の端にかなり揺れてる尻尾を見ながら、笑いを噛み殺してご飯の支度を始めた。





ご飯を食べ終え、天気がいいと薬草の日干しの調整とか、人工魔鉱石の浄化のお世話とかの仕事があるけれど、今日は生憎の雨模様。


こんな日は、〔護符〕描きがはかどる。

少なくなっている〔護符〕を確認して作業部屋の机に各〔護符〕用の紙を用意していく。

〔護符〕は、その用途によって書く紙が異なる。一度のみ使用するものは、比較的安価な麻紙、期間で使用するものは丈夫だが高価な羊皮紙や魔用紙など。それこそピンキリだ。


それぞれの紙にクリスタルペンで文様を描いていく。

一般的な販売向けの〔護符〕から私オリジナルの〔不快避けの護符〕など描いていくが、やっぱり一番数が多くて重要なのは、ポーション用の〔封印護符〕だ。

これが、なかなか骨が折れる。

文様は比較的簡単なのだが、女性の指程の小さな紙に何十枚も描かないといけない…

しかし、これの手を抜けばポーションの品質や使用期間に関わるため絶対に手は抜けないのだ。


一枚一枚丁寧に描き上げていく。

机の半分が〔封印護符〕で埋まろうとする頃、

『マリー、もう〔護符〕描きはよかろう?

〔護符〕は、かなり溜まったからそうそう無くならん。

顔がアンみたいになっているぞ。

今日は、もう何もするな』


心配そうに見上げるハク。

先代であり、姉弟子であるアンジェリカはかなりの仕事中毒者で、寝食も忘れて研究するような人。今は一緒には暮らしていないけれど、ここに住んでいた時は頻繁にそこら辺で倒れていた…


そんなアンみたいな顔ならば、眉間にシワがより、顔色が悪くて今にも倒れそうに見えると言うことか…


「私、そんなに酷かった?

わかった。じゃ、今日はこれでおしまいね」


凝り固まった眉間をほぐし、ついついのめり込んでしまう癖に苦笑いしながら、描いた〔護符〕を片付けてリビングに来るとハクは元の大きさに戻り、寝そべると尻尾をパタパタと振って私を誘う。

私は、その誘いに乗ってハクのお腹辺りに座り、ハクにもたれ掛かりながら読みかけの本を読むことにした。






ふと外が気になり、本の世界から離れ、外の気配を探るとまだ、しとしとと雨が降っている。

流石に今日はお店にもお客さんは来ないだろう。

また、本の世界へと意識は揺蕩たゆたう。




そうしているうちに、ハクの温かさとふわふわの毛並みの気持ち良さでいつしか眠ってしまった。







『こうしていると、お主は出会った頃のままのようだな、マリー』


優しく起こさぬよう独り言を呟くハクは、目を細めて眺める。


まだ、幼い姿のマリーが遊び疲れて自分の腹にもたれてスヤスヤと眠るあの頃を思い出しながら……













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