第15話 気持ちの整理
少し困った顔をして私の頭をポンポン
「お願い事は、俺を本当の名前で…
“誠司”って呼んでほしいんだ。
…いいかな?」
この世界の発音とは微妙に違う発音。
この世界の人には正確に聞き取れないし、言えない。
転生者の私だから呼べる名前。
「はい!そんな事ならお安い御用ですよ。
誠司さん!」
そう答えると、
スーと左目から涙が流れた。
誠司さんは自分の涙に気づいて、
「あ、あれ…?
どうして……涙なんか…
ご、ごめん!
泣くつもりなんか無かったのにどうして…」
後ろを向いて、「ごめん、ちょっと待って」と袖でごしごし拭っている。
私は、その背中にそっと手を当てて、
「大丈夫、他に人は居ませんから…
あの、私、さっき採取しておきたい薬草を見つけたんでちょっと行ってきますね」
「……………うん…」
離れると口実として少し不自然だったかもしれないけど仕方がない。
私がいると素直に向き合えないだろうし、採取したいのは全くの嘘ではないし。
少し離れて薬草を採取していると、時折殺せなかった声が耳に届く。
名前を呼ばれて、一気に押し込めていた感情の蓋が外れてしまったのだろう。
私のところに来てから向こうの世界をまた感じることも増えていたし。
溢れる想いを受け止めるのには少し時間が必要だ……
どのくらい経ったか、採取に勤しんでいると、
「マ、マリー…
ずいぶん待たせてしまったみたいでごめん。
もう、大丈夫だから…
で、でも、ちょっと言わせてもらうと、ここちょっと離れるって距離じゃない。
探すの苦労した」
目と鼻を少し赤くして照れ隠しなのか、ちょっと突っ慳貪な言い方だ。
「あ…、ごめんなさい。
つい、夢中になっちゃって……」
「魔物避けの護符を使ってるとは言え、俺が付いていなかったんだから気をつけて」
「はい…、ごめんなさい…」
「ま、わかってくれればいいよ。
でも、マリーはちょっと警戒心無さすぎじゃない?
普段はハクがいるから良いんだろうけど、お願いした時の返答もいただけなかったし…」
何かまずいこと言ったかな?と傾げていると、さっきの困った顔で溜息をつかれた。
「『私にできることなら何でも聞きます』なんて簡単に言っちゃダメだ!
俺が悪い奴だったらどうする?
人を色眼鏡で見ないのはマリーのいいところだけど、世の中には優しそうな顔した悪い奴もたくさんいるんだ。もっと警戒して!」
「…はい。
でも、誠司さんだったからそう言ったのよ?
私だって…ちゃんと人を見て言うわ!」
私がそう言うと、彼は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
(どうしたの?私、変なこと言った?)
誠司さん?と声をかけて顔を覗こうとしてると、
「あぁーー、もう!何?何なの!
俺、試されてんの? 転がされてんの?
違うよな。うん、違う。絶対違う!
んあぁーーー!いい!もう、いい!
早く行こう!さぁ、行くよ!」
彼は長い長い溜息を吐き、私の手を握ると、来た道を早歩きで戻って行った。
*
あぁーー!
泣き顔見られて恥ずかしいけど、でも言っとかなきゃって思って言ったのに何なのアレ?
無自覚って恐ろしい……
あんなこと言われたら脈ある?って思っちゃうじゃん……
思いの外、本当の名前を呼ばれたことに感情が揺さぶられてしまった。
一度、箍が外れてしまうともう止めれなくて……
“勇者セージ”ではなく、ただの“誠司”にもどりたい”
ずっと思っていたことだ。
これまでこの容姿のせいで勇者だとすぐバレてしまうから普段は認識疎外付きのフードを深く被らないと出歩けなかった。
依頼に来てからは隠す必要はなく、ただの一個人として扱われることに、それが当然だった頃を思い出した。
向こうの世界には帰れないし、呪いでいつまて生きられるかわからないと諦めていたけれど、これからはありのまま生きていくことを考えてみよう……
そう思うと落ち着いてきて涙も止まった。
近くにいるはずの彼女は見回しても見つからず、〔探索〕を使う。
どうやら採取に集中し過ぎて離れてしまったようだ。
彼女らしいと言えば彼女らしいのだが、ただの口実だっただろうに、それがいつしか本気で採取している……
迎えに行くと、案の定黙々と薬草の採取中。
集中していて全く気づかないので、声をかけて謝って、注意して…ついでに忠告もしておかないと…と思ったら、不意打ちを食う。
(俺だからそう言った?
どんなお願いかもわかんないのに?)
一瞬、俺に好意がある?と錯覚してしまったけど、今までのことを思い出してもそんな感じはなかった。
ただの“いい人”で信用できるそうからって意味だな……うん。絶対そうだ。
……ちぇっ…と思いつつも悪い印象はないんだからと気を取り直して先を急ぐことにした。
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