第7話 早めの昼食




「すみません。お待たせしました」

階段を降りながら、私に声を掛けくる。


「いえいえ、私も準備をしてましたから気にしないでください。

作業に入る前に少し早いのですが、昼食にしましょう。

簡単な物で申し訳ないのですが…」


そう言いながら、荷解きが終わるまでに作ったサンドイッチをテーブルに置く。

取り皿を予め置いておいたので、座る席に困ることはないだろう。


「部屋のドアを開けた瞬間、凄く美味しそうな匂いがして、お腹が空いていたんだなってんです。

でも、私も頂いてもよろしいんですか?」


「もちろんです。

ちょっと量は足らないかもしれませんが…どうぞ」


席へ着くよう促した。


お皿には、瑞々しいハーブのベビーリーフと厚切りシシ肉のサンド。ミディアムレアの肉汁を感じさせる赤みと溢れんばかりに入っているベビーリーフのコントラストが一際目を引く。

横のタマゴサンドは、大きめにざく切りした半熟玉子のプリっとした白身と柔らかくとろける濃い黄身が特製マヨネーズと合わさり、見ているだけでも食欲をそそるはずだ。


それに温かいコンソメスープとデザートにカットフルーツをつけた。



「凄く美味しそうですね!

では、頂きます」


シシ肉のサンドを手に取り、口に運ぶ。


「………っ! うまいっ!!」


「そうですか!

よかったぁ…では、私も」


焼き目をつけた食べ応えのある厚めパンに、ジューシーな厚切りのシシ肉は、荒めの塩とブラックペッパーのピリリとした辛みがいいアクセントだ。

共に挟んでいる華やかな香りのハーブが咀嚼するごとに口の中をさっぱりとしてくれる。



「……ここ2年程、何を食べても美味しいと思えなくて…

味覚がぼやけて遠くに感じると言うか…

最近は、前にも増してそれが顕著で……


こんなに美味しいと思えたのは久しぶりです!!」


嬉しそうにゆっくり噛みしめるように咀嚼している。


「ああ、それは呪いのせいですね。

そうやって生きる気力を奪い、呪いを強固にするんです。

食べる事は、生きる事に直結し、美味しいは、心の栄養になりますからね」


「そ、そうなんですか!?

でも、しかし…、何で急に味覚が戻ったのでしょう?

まだ、何もしていないのに…」


シシ肉のサンドを見ながら頭を傾けている。


「ああ、それは…‟緑茶を飲んだから”、かもしれませんね。

あの時もセージ様は『美味しい』とおっしゃいましたし。



…実は、あの時点から解呪の準備は始まっているのです。

と言う意味もありましたが」


「…えっ、そうなんですか?

何を確かめたんでしょうか?」


「確かめたのは、呪いのをです。

あの時点で緑茶の味がわからなければ、正直、依頼はお断りしてました。


でも…まぁ、元の世界の飲み物と言う大きなインパクトは、痣の進み具合から見てもまだ余裕で間に合うとは思ってましたけどね」


実に余裕顔で、

「さぁ、遠慮なさらず、どうぞたくさん食べてください」と、勧めた。







「ご馳走様でした!」


日本人特有の合掌スタイルで食事を終えると、


「魔女薬師様、とても美味しい昼食をありがとうございました。

こんな満ち足りた食事は、この世界に来てから初めてかもしれません」


とても満足そうな笑顔でお礼を述べる。


「そのようにおっしゃっていただけて嬉しいです。

作った甲斐がありました。

食は、身も心を丈夫にする大切なもの。

これからは、しっかり三食食べて頂きます。

先程も話しましたが、基本は体調を整えることなので残さず食べてくださいね」


「残すなんてとんでもない!あり得ませんっ!!

これからこんなに美味しい食事を毎日食べられるなんて幸せです。

それに、魔女薬師様は転生人で向こうの世界の話が通じるし、私には夢のようです。

魔女薬師様に出会える機会を与えてくれたと思えば、忌まわしい呪いにも感謝したいくらいです!」


その顔は、依頼時の騎士然としたものでも無く、ましてや噂に聞いた雄々しい勇者でも無い。

実年齢よりやや幼く見える笑顔は、本来の彼のものなのだろうな。


(いい兆候だわ。

直ぐにでも解呪に必要な薬の準備にかかりたいところだけど、先ずは注文分のポーションの調薬を終わらせてしまわないと…)


食後のお茶に香ばしい焙じ茶を飲み終えると、作業場へと案内した。







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