第3話 依頼者




この森に入ってからどのくらい歩いただろうか。

紹介状と一緒に渡された、かなり大雑把な森の地図を頼りに2時間位は歩いたような気がする。


(森に入ってからはそんなには遠くないっては言ってたのに…

地図だってこんな大雑把じゃなくてもっと詳しく描かれているものがあるはずだ。絶対…)


何だか目的の分からない計略いたずらにモヤモヤする。

目的地の近くまで来ているはずだけどたどり着けないし、休憩をしようかと考えているとスッと薄い布と布の間を通り抜けたような感覚がした。


(…ん?)


すると、さっきまでは鬱蒼とした木々ばかりだったはずの風景は、目の前は開けてウッドデッキのある木と石で出来た素朴な家とそこへ続く小道が忽然と現れていた。




「……ああ、なるほど…

かなり広範囲な〔認識阻害〕と特殊な〔防護魔法〕の結界が複数かけられてる。

これは、敵意や悪意が少しでもあればこの家は見つけられないな。

流石、長い歴史がある魔女薬師様の住まいだ」


〔感知〕は得意だが結界の中に入るまで気がつかなかった。とても巧妙な〔認識阻害〕だ。

狐につままれたような気分になりながらも、懐に入れた紹介状を確かめ、期待と不安を抱えつつ、家の入口まで続く小道を足早に歩いた。





カランコロン♪


中に入ると、ポーションやブレンドティーなど商品を販売するための店と住居が一緒になっているようだ。入り口のドアベルが来客を知らせる。


日に焼けて白茶けたマントのフードを深く被った俺は、店内を見回して店主が居ないことを確認すると、

「朝早くに申し訳ない。

ここの主人はいらっしゃるか?」

店の奥へ声を掛けた。



すると、奥のほうから従魔と思われるフェンリルを従え、黒に近い深緑のローブのフードを深く被り口元しか見えない女性が出て来る。


「はい、いらっしゃいませ。

私が、この店の主人にしてこの森の魔女薬師マリーにございます。


ようこそ、


俺が来るのを既に知っていて当たり前のように名を呼んだ。


(どういうことだ?

どんなに早くても王都からこの森までの連絡手段は4日後が最短だと聞いていたけど…)


「ど、どうも、初めまして。

どうやらご存知のようですが…

改めまして、私はセージと申します。

王都の魔女薬師殿よりご紹介頂き、こちらへお伺いました」


名乗る前に名前を言われ、動揺しながらも紹介状を差し出した。


「紹介の件、先程先代の従魔より連絡がありまして存じ上げております。

詳しいお話をお伺い致しますので、こちらへどうぞ。


ああ、…着ていらっしゃるマントは、こちらでお預かり致しましょう」


(やはり、先触れがあったのか…)


応接室へと案内され、マントを預かると言う。

確かに道中で汚れたマントをそのまま着ているのは不自然だろう。少し躊躇ったが、フードをそっと下ろし脱ぐ。


この世界では珍しい漆黒の髪と瞳。


普通なら驚くはずだが驚きもせず、

「どうぞ、お掛けくださいませ」と、促して

奥の部屋へと消えていった。






「どうぞ、お茶です」


サイドテーブルに置かれたカップには一般的な紅茶ではなく、俺には見覚えのある色の飲み物とお茶菓子。



「ありがとうございます。


…あ、あの……

これは、もしかして…緑茶…ですか?」


「ええ。

森に入ってからも長く歩いて来られたのでしょう?喉は渇いておりませんか?

お話を聞く前にお茶をどうぞ」


事も無げに促され、はいと頷いたけれど、しばしお茶を見つめてしまう。


(つまり、このを出したってことは……そう言うことだよな?)


意を決し、カップに口を付けてコクリと喉を通す。

鼻から抜ける独特な香りと後味の余韻を噛み締める。


「あぁ…、美味しい………」


「それは良かったです。

お茶はまだたくさんありますので、どうぞ遠慮なさらずお上がりください」




1杯目を飲み終えたところで、

「…魔女薬師殿は、をご存知なのですね?」

躊躇いがちに確認する。


先触れがあったのは先程と言っていた。お茶を事前に用意することは不可能だ。

それにはものすごく高価で、一般的には出回っていない。


「はい。私は、[転生人]です。

セージ様は、[召喚]でこちらの世界に招かれた[転移人]のでお間違いないでしょうか?」


「はい、…前はそのように呼ばれていましたが、もう戦は終わりましたし、今はただの一人の人間に過ぎませんよ。

では、そこまでご存知でしたら依頼内容も把握されてますよね?」


「ええ…まあ。

先代からの手紙にも症状が書いてあり、予想はしておりました。

噂もこちらまで届いておりまして、[召喚]された勇者様は《血染めの聖剣》を使っていたと聞いたことがありましたから、その呪いの件ではないかと…」


「はい、その通りです。

魔女薬師殿、


貴女は、この呪い解呪はできますか?」


俺は、目の前の深緑のローブのフードを深く被った女性に静かに問うた。




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