第20話 影の潜む海の旅
霧子が先頭になって、光が差し伸べる岩礁群の間を、3人は泳いでいた。
「わぁ…! すごい、すごい!!」
和泉ちゃんも、海底に潜るときの恐怖もかなぐり捨てたように、辺りの景色を興味津々に眺めていた。気分は潜水艦のようだった。
「ふふ、楽しい? 和泉ちゃん」
「うん!! お魚もすっごい沢山いるし、山も高い!!」
「そうだねぇ。……確かに、私もこういう景色を見るのは、実は初めてなんだよねぇ…」
海中の谷を進みつつ、湖畔はしみじみと思った。
「あはは、神様神様言っても、案外大したもんじゃねえなぁ?」
前方で霧子が振り返り、くすくすと笑った。
「ああ、実際その通りだ」
湖畔は、捕まっててと和泉ちゃんに軽く言うと、緩やかに横回転しながら霧子の横まで泳ぎ進む。霧子の隣に着くころには、和泉ちゃんが起き上がり、大はしゃぎしていた。
「和泉ちゃんをおうちに帰す為の旅だけれど……それと一緒に、自分が何も知らなかったことを思い知らされる。役目外な事を考えるのは申し訳ないけれど……案外、この旅を楽しんでるよ、私は」
「…へえ?」
しんみりとした顔もちで呟く湖畔に対し、霧子はきょとんとした。
そして、霧子は少し顎に指を添え思案すると。ばしんと湖畔の肩を叩いた。
「イタッ! なに!?」
「あたしゃ、あんたのお仕事とかよく分からんが…楽しいんなら、楽しめばいいんじゃない?」
「そ、そう、なのか?」
「ああ」
霧子が頷く。ふと、ハッと霧子が前を見た。
湖畔も合わせて見て見ると、前方から、3人の何倍ほどの大きさのある魚群が正面から跳び込んできていた。
「うわっ!」
「ひひっ。こっちだ」
霧子が歯を見せ笑う。そして、湖畔の腕を掴むと、魚群の表面を添うようにして、螺旋状に回りながら躱した。
魚群を潜り抜け、霧子は湖畔と一緒に後ろへ去った魚群へ振り向く。見て見れば、3人が螺旋状に避けたこともあってか、魚群の形もまた、螺旋状に歪みながら去って行っていた。
「あはは、魚ってほんと統率取れてるなぁ。何度見ても楽しいぜ」
霧子はそう言って、再び湖畔の顔を見る。
「湖畔。あんたは神様だとか役目だとか。自分の存在意義に振り回され過ぎだぜ。あんま歯車の一部みたいに忠実だと、死んでるも変わらんぜ」
「……霧子…」
「…死んでるあたしが言っても説得力あるぜ? 物理的に死のうが、精神的には死なないに越したこたぁねぇ」
そう言って、霧子は再び先導を始めた。
「……ありがとう」
湖畔は、少し口元で微笑み、静かに霧子の跡を追った。
泳ぎ続けた3人は、海中の谷の通り道を過ぎ、開けた場所に出た。
再び広がるは、どこまでも平たく広がる岩礁地帯。先ほどよりも幾分か浅くなった岩礁地には、ちらほらとサンゴと岩が入り混じっていた。
「だいぶ、開けたところに出たわね……」
「しばらくはこの調子だ。魚もそれなりの数いるから、見て見ればいい」
「へぇ…」
言われるがままに、湖畔の背中で、泡に守られている和泉ちゃんが下を見下ろす。すると、岩の一部がうごめいたかと思うと、のっそりと亀が泳いでるのが見えた。
「わぁ……! 亀だよ、霧子! 亀、亀!」
「へぇ? 珍しいな、なかなか見れるものじゃないぞ!」
「ほんと? ラッキー?」
「ああ、ラッキーラッキー」
「えへへ…嬉しい……!」
和泉ちゃんは、遠くへと泳いでいく亀を見届けつつ、にこにこと身体を揺らした。
「……なかなか、穏やかな所だね」
「……そう思うだろ?」
「ええ。…霧子も、望めば普通に陸地に行けるような気がするぐらいに」
「はーっ。今回のは、レアさ」
「レア?」
そう言って、霧子は泳ぎつつ、二人に体を向けた。
「普段なら、さっきの谷でもう襲われてるは。ここにこれるのは…3割ぐらいかなぁ? 良くて、ここあたりで撤退を強いられることになる」
「撤退を?」
「ああ。数が多くてなぁ……これでも、さっきはピリピリしてたんだが……」
その時、霧子が語っている真下の岩場で、何かがうごめくのを湖畔は見た。
「…ん?」
それは、岩の様だった。ごとりと、三角柱状の荒々しい岩がうごめいている。
「おい、どうしたんだ、湖畔。 話聞いて―」
霧子がそう言いかけた時、真下の三角柱の岩は、急速に回転をしだした。
そして、まるでドリルのように推進すると、霧子目掛けて突撃してきた。
「!! 霧子!!」
「うおっ!?」
湖畔が急速に泳ぎ、霧子の真下に跳び込んだ。
パンっと手を打ち、手に泡を作り出すと、盾として真下に構える。突撃してきていた三角柱の岩は、泡をへこませると、ばよんと跳ね跳んだ。
「なっ……今の奴!」
「大丈夫! 霧子!」
「び、びっくりしたぁ……」
「あ、ああ、大丈夫だ。それよりも、気を付けろ!!」
霧子が海底へと落下していく岩を指し叫ぶ。
「そいつだ! 毎度ここに来るたびに襲ってくる怪物共だ!」
「! 今のが!?」
湖畔は岩を睨む。 すると、湖畔たちの周囲に勢いよく岩礁から飛び出してくる十数個の三角柱状の岩が現れた。
「なっ!?」
「わぁっ! か、囲まれてるよ!」
「ちぃっ……! 普段よりも出てこないと思ったら……わざわざ追い込んで、食おうって腹か!?」
霧子は懐から柄杓を構える。そこに、周りから、回転しながら岩が飛び込んでくる。霧子はそれに対し柄杓を振るう。水中でも勢いの衰えない水圧刃は、岩の表面に傷を付け、そのまま衝撃で遠くへ弾き飛ばした。
「こいつらにそんな理性も知性も、残ってるとは思わないがな……」
「霧子! こいつらは!!」
「ああ、こいつらは……っ!!」
ふと、飛ばしたばかりの岩に、3人の目線が行く。
体勢を整え直した岩は、自分の下を見せた。そこには、サザエの蓋のような穴と、真っ白な栓見えた。3人がそれを視認した直後、真っ白な栓が口を開く。
どろり、水中でも分かるほどの粘性を伴い、汚れた大きな舌が、穴の中から現れた。
「!! 岩じゃなくて…貝!?」
「ああ、そうだ。 こいつらは……サザエオニっつう、魑魅魍魎の一つだ!」
その言葉を聞き、湖畔はハッとして周囲を見渡した。
周囲にゆっくりと回りながら泳ぎ続けているサザエオニ達。それぞれの中心部に、仄かに光る部分があるのが湖畔の目には映っていた。
「……しかも、取りこぼし達だ。この鬼たちも……!」
「な……案外取りこぼしてるな!」
和泉ちゃんは、怯えたように湖畔の背中にしがみつく。
それを確認した湖畔は、手の内に大きな泡を作り出し、構えた。
「気を付けろ。狙いは和泉だが、平気で私やお前も食おうと狙ってくるからな!!」
叫ぶ霧子。そして、周囲のサザエオニ達は一斉に回転を始め、湖畔と霧子に突撃を開始した。
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