第19話 営みに満ちたサンゴ礁

「ほんじゃまぁ。私は先行くぞ」


 沈黙の中、霧子が第一声を挙げ渦に飛び込んだ。ざぶんと渦に入ると、そのまま体をぐるぐると回しながら、渦の底へと降りていくのが見てとれた。


「あわわわ……」


 湖畔は、腰元を掴まれたのを感じた。見て見れば、和泉ちゃんが青ざめた様子でしがみついている。


「…怖い?」

「う、ううん! 私、海好きだもん、平気……!」


 そう言いながらも、和泉ちゃんは少し足が震えているようだった。

 湖畔は意外だと思った。ここまで海上では動ける限りは元気に動き回り、好奇心の限りを持っていたと思った。


「ふむ…。よいしょっと」

「わっ」


 震える和泉ちゃんを、湖畔は背負った。そして、戸惑う和泉ちゃんが湖畔の首に腕を回したのを確認すると、泡を手から大きな泡を作り出した。

 泡は、湖畔の胴体を包み、そのまま和泉ちゃんの体を包み込んだ。


「見た目はあれだけど。これなら、背負いながら行ける」


 湖畔は両腕で背中の和泉ちゃんを支え直すと、振り返りにこっと微笑んだ。


「大丈夫。私が居るからね」

「…うん!」


 和泉ちゃんは力強く頷くと、湖畔の背中に体を密着させた。


「それじゃあ……せーのっ!」


 湖畔は部屋の中央の穴に跳び込んだ。どぼんと水しぶきが飛び、そのまま渦のままにぐるぐると回り、海の中へと引きずり込まれていった。




「うああぁぁあ~~!!」

「きゃああぁぁああ!!」


 秒間5周を越えるだろう回転速度で、湖畔と和泉ちゃんは垂直に回転しながら、海中の渦の柱を引きずり込まれていった。

 水の渦は、そのまま光のカーテンへ。海の中まで伸びている光のカーテンは、その効力が弱まっているのか、最深部に進むにつれ、やや透明度が濃くなっていっている。

 その弱弱しい光の中に、霧子が作り出した渦は穴を開けるようにして刺さっていた。


「光がせまってくるぅぅうう!!」

「あああああぁあ!!」


 回転をしながら、沈んでいく速度も加速する。そうして、二人は渦の勢いのままに光のカーテンを突破した。

 そして、渦の終着点となり、二人は海中にきりもみ回転をしながら飛ぶダーツのように投げ捨てられた。


「あああああぁぁあ!!」


 そこに、うっそうとした海底から霧子が浮上してくる。霧子は回転しながら飛ぶ二人の横にたどり着くと。腕を湖畔のお腹に回し、力いっぱいに締め付けた。


「んぎぎぎぎ!!」

「うぐあぁっ!!」


 海中だというのにこみ上げてくる摩擦熱。回転する湖畔の勢いは徐々に弱まり。やがて、霧子が力を抜いて抱き込める頃には、止まっていた。


「あ、ありがとう霧子……すっごい痛いけど……」

「謝礼はその痛みと相殺にしといてやる。ほら、さっさと起きろ」


 湖畔と、その背中に抱き着いている和泉を、更に抱きかかえていた霧子は、湖畔のわき腹を両手でつかむ形に持ち直すと。手首の捻りですいっと湖畔を立たせた。


「うあっ、ま、待ちなさい霧子。海でずっと寝てた私でも、さっきの回転はさすがに酔う……って」


 そこで、湖畔の言葉は止まった。

 視線は目の前の海に釘付けになっている。


「うぅ…も、もう止まった……! わぁ……!」


 恐る恐る顔を上げた和泉も、湖畔と同じ目の前を眺めると、淡い青色の瞳をより一層輝かせた。

 そこには、遠く見えなくなる範囲まで、高低差のある深い海中の山が広がっていた。一番深い所で3人が先ほど居た黒船跡の3隻分ぐらいの深さがあるだろうか。

 岩山同士の間には、入り組んだ通り道があり、その隙間を住処にした大量の魚たちが群れを成している。


「こんなところがあるなんて…」

「はは、場所自体はなかなかいい所さ」


 ふと、湖畔は海面からの眩しさに腕で顔を覆った。恐る恐る腕をどけて見れば、海面には、。先ほどまで見ていた光のカーテンを、そのまま海面に寝かせてなびかせたかのように揺らめいている。


「あれも、結界なのか…?」

「ああ。あれは浄化云々じゃなくて、かなりの破壊力持っててな。結界触った時、痺れたりした経験ないか? あれのかなりきつい感じのをずっと浴びる事になるんだ」

「あんなのを?」

「ああ。人間はそもそも見えてないで、気づきもしないで通り過ぎるんだが……ま、あたしやあんたは無理だろうな。神力や妖力とかに反応するトラップさ」


 なるほどと、湖畔は頷きつつ視線を海面から目の前の山々の上部に向ける。そこでは、かろうじた居場所を見つけたとばかりのサンゴ礁達が、揺らめく光を全身に浴びて、各々の様々な色を、より一層光り輝かせていた。


「……綺麗」

「そうね。……綺麗ね」


 湖畔と和泉は、思わず陸地を前にした最後の大きな砦であるという事を少し忘れ、目の前に広がる海の中の自然に頷き合っていた。


「ほら、お前たち。感動してるのは幸いだが、遅れて喰われても困るからな? こっちだ」


 霧子の呼ぶ声に、二人はハッとして海の下側に目を向ける。

 くいくいと手招きをしている霧子が、ゆっくりと海中の山と山の間の通り道に泳いで行っていた。


「いけないっ。 今行くわ」


 和泉ちゃんが再び湖畔の背中にしっかりと身を寄せると、湖畔は海中を滑るようにして進み、霧子の後を追った。

 3人がその場を後にした後、3人が居た場の、一番底の海底で、岩礁の一部分ががらりと崩れ落ちた。

 そして、崩れ落ちた岩礁は、砂場に落ちきる前に海中でふわっと動きを止めた。海底の砂を少しも乱さず、静止する岩礁の一部。

 岩礁の一部は、やがてゆっくりと横回転をし始める。そして、その回転を推進力にすると、そのまま、3人が進んでいった岩礁群の隙間の通り道へと、ついていった。

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