第3話
カリカリとノートを写し取る音がそこかしこで響き渡る。
今は授業の真っ只中だが、僕はといえば生徒全員に配布されるタブレットを用いてこっそりと小説を読んでいた。
別に学びの園に対する反骨精神の表れという訳ではなく、いずれ幻想大陸に戻れた時に必要な準備とだけ言っておこう。
授業に着いていけるのかと言われると、特に問題はない。
過去、水田真理の発案により、現実世界での時間を1秒でも無駄にしない為に1分が1日となる幻想大陸で必要な分の勉強を既に済ませてある。
つまるところ、大学受験までなら問題ない程度に予習を終えている状態だ。
そのせいもあって僕らは試験の成績も良く、ある程度の素行は見逃される傾向にあった。
戦略的厨二病の藤乃屋舞なんかは授業中の間、ひたすらかっこいいポーズの練習や辞書でかっこいいフレーズを探している。
あれで成績が良いなんて教師からしたら悪夢かもしれないが。
休み時間になると、スマホでひたすら幻想大陸絡みの書き込みが無いかをネットの海で調べている。
あわよくばあの世界に入る方法でも見つからないかと期待しているものの、目当ての情報というものは中々見つからないものだ。
そんなこんなであっという間に放課後となり、僕らは部室へ向かう。
学校内でも集まれる場が欲しかったので、活動が緩く人数が少なかったオカルト研究部に目を付けて所属している。
厚手のカーテンが引かれた暗めの室内には得体の知れない本やグッズがずらりと立ち並び、そこはかとなく不気味な雰囲気を醸し出す。
部員は理奈と舞と僕、それに三年生の先輩が1人だけだ。
部長は三年生の
170センチを超える長身を有し、腰まで伸びる黒髪というビジュアルはこの部室の内装も相まって異様な雰囲気を湛えている。
鼻先まで伸びた前髪からちらりと覗く黒縁メガネと深く刻まれた目元のクマから内向的な性格と誤解されがちだが、実際は面倒見がよくて優しい出来た先輩だ。
ラミ先輩は異世界に行く方法が知りたいという僕達の為に、それらしい情報が手に入るとすぐに僕らに教えてくれる。
今日もラミ先輩のアンテナに何らかの情報が引っかかったらしい。
「えと、今日も異世界に行く方法を見つけてきましたー。わーぱちぱちー」
ラミ先輩に釣られて僕らも拍手を行う。
「して、ラミ部長。その方法というのは?」
物怖じしない性格の理奈の単刀直入な質問に、ラミ先輩はにこやかな笑顔で部室のパソコンを指差す。
画面には独特な油絵らしき絵画が映っている。
いや、待て、これは。
パステルカラーの空を背景に浮かぶ島々、白線が描かれた大地。
この絵は──。
間違いない、
「これは……!?」
「これはねー、最近現れた素性不明の画家、ファウスト・キースって人の作品なんだよー」
ファウスト・キース?
全く知らない名前だ。
「この人の作品は額縁が独特でね、ほら窓枠みたいになってるでしょ?」
画面をよく見ると、絵の額縁が洋館にありそうな本物の窓枠のようになっている。
壁に掛かっているとまるでそこに実際に窓があり、その先に幻想大陸の大地が広がっているかのような錯覚を受けた。
「ファウスト・キースの『窓』っていうシリーズなんだけど、この作品には曰くがあるの」
「曰く、ですか」
幻想大陸を模した絵に関する曰く。
とてつもなく気になる。
「実はね、このシリーズの作品の所有者が行方不明になってるって噂なの」
絵の所有者が行方不明……?
幻想大陸と何か因果関係があるのだろうか。
ラミ先輩は異世界に行く方法と言っていた。
つまり。
「つまり、行方不明者は絵の中の世界に入ってしまったということですか?」
「そういう噂なの。勿論なんの関係もない失踪事件の可能性もあるけど、行方不明になった人にはいくつか共通点があるの」
ラミ先輩が独自に調べたらしい走り書きのメモを差し出す。
「まず一つ目は、行方不明者は密室から居なくなった可能性が高いの」
「Locked room murder……」
舞がそんなことを呟いているが、今はスルーした。
多分密室殺人事件って言いたかっただけだろう。
「二つ目は部屋の電化製品のいくつかが壊れていたみたい」
偶然かどうか分からないが、幻想大陸は電化製品を拒む性質がある。
過去に携帯ゲーム機を持ち込んだら壊れてしまい大泣きしたな。
以降は機械の類は持ち込まないようにしてたっけ。
「三つ目、行方不明になった人は過去に空想癖あったみたいなの」
「……!」
理奈と舞と目が合う。
この『窓』という作品は過去に幻想大陸に訪れていた人を引き込んでいる……?
分からない。
けど、試してみたい。
この5年間追い求めた幻想大陸への重要な手掛かりだ。
「ラミ先輩、この絵はどうやったら手に入りますか?」
「そう言うと思って、実はオカルト仲間にこの絵を融通してもらったの。そろそろオカルト研究部宛に備品として届く時間だと思う」
「行動力の塊ですか」
ラミ先輩はオカルト関連で結構横の繋がりがあるらしく、オカルトマニアからグッズを譲り受けることが多々ある。
今の僕らにとってはありがたい話だ。
そろそろ届いてる頃だからと言い残して席を外したラミ先輩を見送りながら、理奈と舞へと向き直る。
「二人はどう思う?」
「今までで最も真に迫る情報だろう」
「運命の女神の祝福を得たり」
やはり二人とも同じ意見らしい。
「問題はラミ先輩の言うように過去に幻想大陸へ行ったことがある人しか行けないのなら、僕らだけで行くしかないってことだね」
「ああ、よしんばラミ部長が幻想大陸への門戸を叩けたとしても、危険な目に遭うことは自明だからな」
僕らが最後に幻想大陸を訪れてから、現地の時間感覚では既に7000年程経過しているだろう。
あれからあの世界がどうなっているか知る由も無い以上、初心者のラミ先輩を連れて行くことは避けなければならない。
何かしら理由を付けて僕らだけで行くべきだろう。
しばらくして、ラミ先輩が布の掛かった額縁を抱えて部室へと戻ってきた。
すぐさま布を固定していた紐を切り、ばさりと布きれを取り去り、布の下から鮮やかなパステルカラーの絵が現れる。
様々な淡い色合いが混ざった空、浮遊する島々、白線が走る大地。
あの絵だ。
洋館の窓枠のような意匠の額縁に収まった幻想大陸の絵がそこにあった。
さて、ラミ先輩抜きでこの絵を調べるとなると、どう切り出したものか。
フロンティア・フロントライン 三瀬川 渡 @mitsusegawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。フロンティア・フロントラインの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます