(3)DEUSと天使参戦



 エクステⅦにはチャレンジャーモードがあって、店内にある他のゲーム筐体で遊んでいる人に対戦を申し込むことが出来るんだ。


 俺が遊んでいるゲーム筐体と背中合わせに置かれている向こう側の筐体から対戦を申し込まれたようだ。


 画面に「DEUS《デウス》」という挑戦者の名前が表示された。やはりいつもの奴だ。会話をした事はないが顔だけは見たことがある。銀縁メガネをかけた短髪の爽やかな謎の青年だ。店内ランキング2位のこの男はなかなかの強者で俺と同等に近い強さを持っている。


 闘うキャラの選択は双方瞬時に決まり、即座に対戦が開始された。


『ラウンドワン ファイッ!』


 開幕と同時に繰り出される恐るべき猛攻。連続技を最良の判断でガードして止める技量。回避から転じて放つ鋭いカウンター。激戦の中、減りゆく砂時計のようにガンガン削られていく双方の体力ゲージが手に汗を握り呼吸が荒くさせる!


 ガチャガチャとレバーを動かしコマンドを打ち込んでいくボタンの打鍵音が響き渡り、向こうの筐体にいるであろう対戦相手の焦り混じりの荒い呼吸がこちらまで伝わってきた。


「ハァ、ハァ、ハァ!」


 ラウンドワン、ラウンドツー、ファイナルラウンドと戦いを繰り広げ、互いの体力ゲージが残り僅かというところで俺は神回避から転じて繰り出した必殺技が炸裂し、ギリギリの勝利を収めた。


「アアアアッ!」


 敗北した眼鏡男DEUSは奇声を上げながら座席から立ち上がると自分の太ももを拳で悔しそうにガンガン叩いて早足で去っていった。


「はははっ」


 最っ高に気分が良い。謎の眼鏡男との対戦が終わると丁度昼メシの時間になるため、同じ階層にあるファミレスに向かう。勝利を祝して鉄板に熱せられた肉汁滴るアツアツのハンバーグ&ステーキとイタリアンサラダを食べることが唯一の楽しみにしている。


 毎日外食してるが金には困らない。何故なら親の仕送り(5万円)に合わせて最近国から支給された新型コロナウイルス蔓延による経済停滞を防ぐための特別給付金10万円があるからだ。


 手元にある金はジャンジャン使って経済を回してやる。俺は今、最高の時を生きている。満腹の腹をさすりながら壁際のテーブル席のソファに横になった。他の客がこちらを怪訝そうな目で見てくるがまったく気にしないね。ハハハ、笑いが止まりそうになかった。



 * * *



 それから数日後のことだった。


 その日は十二時頃になってもニューワールドに眼鏡男DEUSが現れなかった。毎日のように対戦する相手が来ないとなると次第に不安な気持ちが心に渦巻いてくる。


「あれ、何で今日来ないんだ……?」


 自分だけの勝利パーティーを開きたいところだが、奴と戦わない限り気持ちよく食事することが出来ない。壁掛け時計が刻々と針を進める毎に空腹感が増していく。全国の顔も知らぬ猛者と対戦している最中、手元がおぼついて普段しないようなコマンドミスをして負けてしまった。


「おう……」


 気が付けば、壁掛け時計が午後一時半を示していた。お腹が空いて頭の回転が悪い。


「しゃーない、この対戦終わったら飯にするか……」


 そう思っていたところ、ゲーム画面に反射してキラキラと何か光るものが見えた。空腹のあまりとうとう視界までおかしくなったと思い何度もまばたきした。


「へえー、今のゲームって映画みたい」


 女の人の声だ。振り向くと金髪の女性がいてエクステⅦの対戦画面を眺めながら「わー」とか「ふーん」と感心しているような声ばかり上げていた。


 格好が異様だった。天使の姿をしていて頭の上に光輝く金の輪っかが浮かんでいた。マスクをしていて天使のコスプレをしたゲームセンターの店員なのかと思った。その人からクリスマス間近なのに旬が過ぎた金木犀の甘い香りがした。


「誰ですか? 俺に何か用?」


 相変わらず謎の人物ばかり現れるゲームセンターだ。天使に扮した人物は顔を綻ばせて名を名乗った。


「私は九里香。『金木犀の天使』を目指す者。よろしくね」


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