第2話 潜入

 潜入捜査を行うにあたって、まずは作品を用意する必要があった。

 児島からの要望で、ジャンルは異世界ファンタジーとラブコメの二つ。


 出された条件は、絶対に人気にならない内容だ。

 つまり、読んでも面白いと感じない小説を書けと命じられている。


 他人から面白いと思ってもらえる小説を書くのは大変だが、自分が面白いを思う小説を書くのは苦にならない。

 自分が面白いと思う要素をふんだんに盛り込んでやれば、いくらだって書く自信があるが、他者から面白いと思われるか分からない。


 最初から人気が出ないように小説を書くには、他人の気持ちに立って考え、かつ自分でも面白くないと感じる小説を書かなければならない。

 自分でも面白みを感じない小説を書くのは、本当に苦痛だ。


 仕事じゃなければ、確実に放り出していただろう。

 ユーザー名は、なるべく痛い感じの方が良いと思い、雲野鋭狗くものえいくとした。


 並び変えると雲鋭野狗……うんえいのいぬ、になるのだが、果たして気付かれるだろうか。

 作品の準備を進めながら、SNSと掲示板サイトも併用して野々坂クラスタの繋がりの解明を始めた。


 さすがにリード&ライト最大のクラスタと呼ばれているだけあって、その組織はネズミ講か悪徳商法かと思えるような多段構造となっているようだ。

 ひ孫から孫、孫から子、子から親……反社会組織が上納金を集めるように、幹部クラスには自然と評価が集まる構造になっている。


 こんなことに労力を割いている時間があるならば、もっと作品作りの没頭すれば良いと思うのだが、ポイントとかランキングとか、順位が目に見えてしまうと、そちらばかりに夢中になってしまうのかもしれない。


 これだけ大きな組織になってしまうと、新参者が幹部クラスの証拠を掴むのは容易ではない。

 かと言って、あまり下のレベルの者に接触しても意味が無い。


 クラスタ全体を叩き潰すならば、最終的に野々坂わたりに辿り着く必要がある。

 目を付けたのは、黒河原くろがわらガルムというユーザーで、野々坂クラスタでは孫にあたる準幹部だ。


 SNS上で書籍化は目前だと自称し、イキリ発言が目立っている。

 肝心の作品はと言えば、10万字どころか5万字にも届かずにエタっている物ばかりだが、本人曰く伸び悩んだら次に行くのが正解だそうだ。


 というよりも、クラスタの相互ポイント効果が切れると、作品自体が面白くないので伸びなくなるのは当然の結果なのだろう。

 テンプレに一工夫を加えることもなく、捻りの無いありきたりな展開がダラダラと続き、いきなり覚醒した主人公が無双する。


 覚醒した主人公が強すぎて、ひたすら俺Tueeeが続いていくだけで話が行き詰まる。

 異世界ファンタジーが好きで小説を書き始めた人ならば一度は陥る失敗だが、なまじクラスタの援護射撃でポイントが入ってしまうので、自分の粗に気付かないのだろう。


 ガルムは野々坂クラスタを利用する一方で、独自のクラスタ作りも画策していた。

 SNSで自分の作品を読んでくれたら、読みに行くという企画を度々開催していて、裏では評価のやり取りも行っているようだ。


 俺はガルムの作品を三つほど斜め読みして、評価を入れて、レビューも書き込んだ。

 SNS上の企画の呟きに、感想を添えた返信を書き込むと、返信が付き、友人登録をして良いかと返信を付けると、即座にオッケーの返信が届く。


 そして、友人登録をした途端、ダイレクトチャットで呼び掛けられた。


『どうもガルムです。評価、レビューありがとうございました』

『面白かったです。残りの作品も拝見しますね』

『俺も、雲野さんの作品拝見して評価させていただきます』

『ありがとうございます。まだリードラ始めたばかりなので、読んでいただけるだけでありがたいです』

『もし良かったら、俺の創作仲間を紹介しますよ。評価とレビューを付ければ、お返しが貰えますよ』

『本当ですか! 是非、お願いします!!』

『ではリストを送りますね。評価とレビューを付けたら、SNSの宣伝にガルムの紹介で読んだってレスして下さい。そしたら、お返しがあるはずです』

『分かりました、一度には拝見出来ないと思いますが、順次読ませていただきます』

『ヨロシク~』

『こちらこそ、よろしくお願いします』


 ダボハゼか……。


 あまりにも無警戒に接触して来るので、罠じゃないのかと疑ってしまったほどだが、指示通りに評価やレビューを付けると、確かに返礼の評価とレビューが届いた。


 潜入捜査のためとはいえ、わざわざ面白くないように書いた小説を読ませてレビューを書かせる行為には、少々罪悪感を覚えてしまった。

 それにしても、相互クラスタの根は、俺が考えていた以上に深いようだ。


「こいつら全員BANしたら、ユーザー数がガタ減りするんじゃねぇか?」


 そんな心配をしてしまうほど、御礼相互のユーザーからは悪びれた様子は伝わって来ない。

 評価を入れたら、お礼に入れ返すのがマナーだと主張するユーザーまでいた。


 類は友を呼ぶではないが、ガルムに連なるクラスタのメンバーは、驚くほど簡単に釣れたが、下っ端ばかりを集めても意味が無い。

 野々坂クラスタ内部で、ガルムとSNSで絡みの多いユーザーをチェックしていると、帷月丈文いつきたけふみなるユーザーが浮かび上がってきた。


 ガルムがクラスタ内部で孫のポジションだとすると、帷月は一つ上の子のポジションにいる。

 帷月が新作を発表すると、ガルム経由で評価するよう指令が届く感じだ。


 帷月もガルム同様にSNS上でイキリ発言を連発しているが、特に的外れな創作論が目立つ。

 帷月の独特な文体を少し持ち上げてやると、あっさり針に食いついて来た。


 リード&ライトでの評価ポイントも欲しいのだろうが、それよりも承認欲求が高いのだろう。


『登録外から失礼します。「負け続けた男の挽歌」を拝見しました。主人公の台詞回しに痺れました』

『ありがとうございます。そこは特にこだわって書いている部分なので、感じ取ってもらえると作者冥利につきます』


 宣伝の呟きにレスを付けると返信が来て、そこから先はガルムの場合と同様で、帷月に連なるクラスタメンバーのリストを渡され、評価すれば返礼の評価が入った。

 あるいは、ユーザーをクラスタに取り込むマニュアルがあるのかもしれない。


 俺がわざわざ面白くないように書いた小説なのに、栞を挟んだ人は40人を越え、星の数も120を超えた。

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