幸福

 頭上に一本の電線があった。

 気が付いたのは数日前だ。道を歩くと必ず頭上にひとつの電線があった。

 私は少しむっとしてわき道に入った。電線は頭上に伸びていた。

 私はむきになってがむしゃらに道を歩いた。電線は私の頭上に繋がっていた。

 私は半ば走るようにしていくつもの曲がり角を曲がった。どんな経路を辿ろうと、その電線は私の頭上に伸び続けた。


 私は諦めて家に帰った。上を向くと天井があった。私は安心して勝手口から外に出ると、頭上に例の電線が伸びていることを発見した。私は黙って屋内に戻った。


 私はふと昔のアルバムを引っ張り出した。赤ん坊のころの写真、小学生のころの写真、若者のころの写真。そのどれもが古く美しい思い出で、そして頭上にはあの電線があった。


 私は今、はじめて来る街を歩いている。しかし道に迷うことはない。足取りが鈍ることはない。頭上の電線が伸びている方向へ進めばよいと気が付いたからだ。


 私は今、とても幸せだ。

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