第3話 男の日常
「おはよう〜〜」
「「おはようございます! 団長!」」
まだ覚めきらない身体に、団員たちの通る声が染みた。
重役不格好出勤の俺も、国王陛下が来てからはちゃんと円卓騎士を演じたのだが、そのルリン騎士団長にはこってり説教を受けた。
説教といっても、いつも口うるさく言われていることを再度垂れ流されるだけだ。
親の言葉より聞かされたこと。もう耳が痛くなることさえない。
そんな寝起き感丸出しで職場に現れた俺の元に、副団長を担う男が近寄ってくる。
「団長。今日はいつも以上に重役出勤でしたね。特別定例会議はどうだったんですか?」
「さあ? なんか国王陛下がクソなっがい話してた気がするけど」
「さあ? って…」
上司の適当な態度に呆れながらも、長い付き合いになる彼はもうあえてそれ以上は何も言わなかった。
「はぁ…。あとでベルヴィア白羊団長に聞いておいてくださいね。軍事的な指示とか出てたら、洒落になりませんからね」
「うん、そうする」
これはこんなやり取りをする度に思うことだが、これではどっちが団長で副団長なのかわからない。
「ていうか皆朝早くから来て精がでるねぇ」
「他人事みたいに言わないでください。あなたも本来ならそうしなきゃいけない立場なんですから」
なぜだろう。騎士団長の言葉は聞き流せるのに、我が団の副団長の言葉には耳が痛かった。
別に騎士団長を尊敬してないわけじゃない、が。
騎士としての誇りやら尊厳なんて感じてもいないようなやつに、やれ「国民のために」「国のために」という大義につけて、長々と語ったところでまったく響かないというものだ。
どっちかというと「一つの団の長として」叱られる方がよっぽど心に突き刺さる。
円卓騎士の振る舞いとして、凛とする気はない。
ただ、この立場にいる自分として、凛と振る舞わなければ損を受けるのは自分だけではない、ということは理解しているつもりだ。
そして、自分が理解していることを注意された時ほど耳も痛くなる。
「で、お前は暇してていいのか?」
短く、軽く、副団長に問いかける。
「そうですね。実は…、その、私もかなり鍛錬を積みまして、そろそろもう一度、団長に見ていただけないかと…」
その言葉で全てを察した。
おそらくこいつは、今日の特別定例会議が終わる頃合いを見て、暇を装っていたのだろう。しかし待ち人たる俺が騎士団長に捕まっていたため、暇を持て余したわけか。
自分が来るのを心待ちにしていた年上の部下を、可愛く思う。
「いいよ。たまには団長っぽいこともしようか」
「そう言って頂けるとありがたいです」
そう言って、お互いに自前の木刀を構えた。
熱心に剣を振るい続けていた一般兵士たちも、そんな俺たちの姿を気にならずにはいれず、動きを止め、横目でうかがっていた。
────────
「はぁはぁ…。これ、少しは成長してるんですかね…。私…」
「成長しない人間はいないよ。ただ、お前は少し人の言うことに状順すぎるな」
手合せ自体は、はっきりいって一方的だった。
その結果は地に転がり息を荒らげる者と、息一つ切らさず、打ち合った木刀を労わっている者とでわかるだろう。
「俺はお前に剣術を求めた覚えはないぞ? 人間、向き不向きってのが誰でもあるんだ。苦手なことから逃げないっていう心意気は買うが、向かないと思うなら逃げればいい。それは逃げじゃなくて、違う自分に向かう第一歩だ」
暗にやめとけ、と言ったつもりだったのだが、副団長はその言葉の意味を察した上で、強く言い切る。
「私が剣術に向いていないのは重々承知しています。しかし、誰よりも近くで、何でも頑張って、何でも成せる人を見ていると、どうも自分も頑張らずにはいられないんです」
「……そうか」
その頼もしい言葉に、短く返した。
本人がそこまで言うのならば、もはや何も言うまい。
たとえその道が険しく無駄な物になったとしても、後悔することはないだろう。
自分の娘や息子にたとえそのような選択の時が来たとしても、俺はきっと本人の意志を尊重するだろう。
まぁ本音では、副団長にもどこぞの誰かさんのように苦手分野は視界に入れず、得意分野に突き進んで欲しかったわけだが。
「おやアリマ団長に、アルトラ副団長もお揃いでしたか。そろそろお昼に行きませんか? 私、数時間前からお腹がペコペコで…」
「出たな。どこぞの誰かさん」
「なんの話でしょうか?」
一戦混じえた俺たちの前に現れると共に、昼時を告げた少女騎士は、団長の言葉に首を傾げる。
「いやお前もアルトラを見習って、苦手なことに少しは挑戦してくれたらなーってさ」
「なっ…! ピーマンなら食べませんよ!」
少女騎士はファイティングポーズをとりながら威嚇するが、そっちじゃない。
「まぁ
「なっ! 副団長まで何を言い出すのです! 絶対に食べませんよ!」
「ピーマン食ったら奢ってやるよ」
「ひ、一口だけなら……」
────────
「今日の日替わりメニューはけっこう美味しかったですね。店主の奥様にもそう伝えておきました」
「やっぱり唐揚げに外れはなかったな。ところでコテツ。お前ピーマン食っただけだろ? そろそろ自分の足で歩きたくないか?」
「ううっ…、苦いよぉ…。やっぱり食べれないよぉ」
昼食を終え、3人で兵士駐留所への帰路につく。
かなり長居してしまったのだが、大半はコテツがピーマン一口に躊躇しまくったが故である。最終的には俺に笑わされ、口が空いたところにアルトラによってスプーンでねじ込まれた。
そしてピーマンによって味覚からノックアウトされた彼女を、彼女の上司である俺がおぶっている。
「許さんん…。ピーマン農家は私の手でいつか成敗してくれるぅ…」
「農家とばっちりじゃないか。やめたれ」
以前、散歩中の犬が触らせてくれなかったという理由で、飼い主を罰そうとした騎士がいたそうだが、嫌いな食べ物一つで人民に手を出す騎士も中々であろう。
「団長に苦手な食べ物とかはないのですか?」
「んー。特に思いつかないかな。昔は梅とか嫌いだったんだが、一回ベルの作った梅ジュースを飲んでから、苦手意識なくなった」
「ふふ。確かにベルヴィア卿の作る料理は絶品でした。何度も口にさせていただきましたが、全く飽きさせないのですよね」
「誰よりも口にしてる俺でさえ飽きないんだ。そう簡単に飽きはしないだろうさ」
どこか誇らしげで、自慢げな表情で答えてしまった気がする。
妻を褒められて、喜ばぬ夫などいない。
「そんな母親に影響されたのか、最近ではソラノも料理をするようになってきたんだ」
「きっとベルヴィア卿の遺伝子をついで、幼き頃から才能を発揮していらっしゃるのでしょうな」
「卵焼きと言って、卵を溶いたものを出してきたよ」
「あとは焼くだけでしたな…」
微笑ましい話も、失敗談も、何度もアルトラとコテツに対して語ってきた。
しかし何を語るにしても、聞き手の2人からは楽しそうにしか見えない。
2人は未婚で子供など到底いないが、彼を見ていると、いいなぁ、と感じるものがあったのなら話している身としても嬉しい。
「さて…、午後はパトロール兼ねて、ランニングでもするかぁ」
「円卓騎士なのですから、私としては少し、人目を避けていただきたいところなのですがねぇ…」
普段ならパトロールなどすすんで避ける俺だが、今はどこか気分がよかった。
それもこれも副団長の思惑通りなんだろうか?
それならそれもいいか。
「いいですね団長…! 私もお供致しますよ!」
「お前はまず俺の背中から降りて、自分の足で歩くことを始めろ」
「お断り致します」
そして背中からしがみついて降りなかったコテツを、そのまま背負い投げした。
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