第2話 騎士になった男
「あなたは現実世界でお亡くなりになられました。つきましては異世界に転生するか、現実世界に生まれ直すか、一生ここで霊体として暮らすかをお選びください」
突然そんなことを言われた時はびっくりした。いや大抵の人はびっくりするさ。
自分が死んだことをサラッと告げられ、謎の選択をいきなり迫られる。そりゃあ、そんな荒唐無稽な話を即座に理解できる人なんてそういないだろう。
そもそも「異世界転生って何?」と思う人がほとんどではなかろうか。
「じゃあ、異世界転生でお願いします」
「はい、異世界転生ですね。こちら異世界転生をご所望の方には、魔剣や恩恵能力などのお好きなサービスをお受けすることができますが…?」
異世界転生を俺が知っている体を装ったことで、目の前の転生受付担当の人はガンガン話を進めていった。
「えっと魔剣っていうのは……」
「魔剣というのは…なんかこう、すごい剣です。モンスターとか一撃でスパーッと倒せます」
けっこうテキトーだったよ受付担当。
言いたいことはなんとなく分かるんだけどももうちょっと語彙ってやつを…。
「恩恵能力には色々ありますよ。たとえば…」
「あ、別にいいです。どうせ『なんかすごい能力』なんでしょう?」
「そうなんです。今まさしくそう言おうとしてたところで・・・」
結局、受付担当は有益な情報を吐いてはくれなかった。死んでなお、異世界と聞いて少しだけワクワクしていた俺の少年心を返して。
「それで、どうなさいますか?」
何も説明していないくせに、何かひと仕事したとでも言わんばかりの受付担当。
「えっと、別にいらないんですけども」
「えっ……?」
そんなバカな、というような目を向けられたが、いらないものはいらないかったから…。
大体、チート武器や能力をもらって最初から無双とか性にあわないし、信用できない。いきなりお金ががっぽり入るとかいう系のうまい話は昔から絶対信じないタチだった。
だからあの時は魔剣とかも「どうせ重すぎて使えないとかあるんだろ、へっ」とか思ってたっけ…。まぁ事実魔剣もそんな都合の悪い物ではなかったんですが…。いや、今になって別に後悔なんてしてませんよ?
「転生ってことは生まれ直すってことですよね。その場合、前世の記憶はどうなるんですか?」
「消えますね。残念ながら」
「えっ、それは困ります」
別段、自分の知識が魔剣ほど役立つとは思えないが、それでも忘れられない人がいて、忘れてはならない思い出があった。
「えっと、恩恵能力としてなら、記憶を保持したまま転生できますけど…」
「あ、じゃあそれで!」
「ええ!?」
ちなみに言うと、俺みたいな異世界転生人は基本、魔剣やチート能力を手に入れてから転生するのが普通だったそう。俺は異端も異端。
だから受付担当は目が飛び出すほどの勢いで驚いた。
何はともあれ、交渉は成立。こうして俺は、前世の記憶だけを持ち、もう一度産声をあげた。
死んでからここまで至るのに10分程度。歴代では類を見ない話の速さだったそうだ。
ちなみにこれは────、
もう25年ほど前の話だ。
え? 騎士になるまでのサクセスストーリーはどこいったんだって?
まぁ色々あった。この一文で充分だ。
そんなことより今の俺の話を聞いてくれないか。
────────
「あ、う、ううん・・・」
俺の朝は基本遅い。
少年時代から寝起きは良くない方だったが、見習い騎士ともなれば早寝早起きは義務だった。だから昔は朝に弱い体にムチを打ち、毎朝起きていた。
しかし大人になれば更に寝起きは悪くなり、しかも見習いを卒業したため、早起き義務からは解放された。
こんな時間まで寝ていても、誰も文句は言わないし言われない。
と思っていたが…。
「起きてー! パパーー!!!」
「ごふっ!」
腹部に漬物石を落とされたような衝撃を感じ、肺から空気が漏れ出す。
「うう…ソラノいま何時…?」
「8時はんー! だんちょうかいぎにまたちこくだー!ってママが怒ってるよー!」
「よしいいか、パパの遅刻が許されなくなるような状況になんてなっちゃいけないんだからな? だからパパの遅刻でママが怒るだけっていう日が一番平和なんだぞー…」
だからもうあと10分だけ寝かせてー。
「むつかしいはなしわかんないー?」
「よーしよし、大人の話だぞ〜」
こうして子供って大人のダメな面を知っていくんだなぁ。
親として悪い面を見せてはいけないなーと思いつつ、眠気には勝てない。二度寝しようとしたが、
「ねぇ、あなた…? 今日はいつもの定例会議ではなく、国王陛下の挨拶も交えた特別定例会議だって昨日言われたわよねぇ…?」
突如として、満面の笑みに謎の影を落としたような表情をした女性が寝室に現れた。
「え…、そんなこと言ってましたっけ……?」
「えぇ…言ってたわよぉ…。あなたは私の隣でグースカ寝てたけどねぇ……?」
裁定者の顔になったその女性の言葉に、背筋が凍りついた。
まだ寝間着という俺に対し、すでに仕事着とも言える聖銀の鎧を纏った彼女。
左手で持ったフライパンを右手のお玉でコンコンと叩く音は一体何へ向かうカウントダウンだろうか。怖い。
「さあ、優しい優しい嫁が起こしに来てくれたのだから、あなたも快く目覚められたわよね?」
「行きますっ! 行きますから首根っこ掴まないで!」
俺の首根っこをがっちり掴み、その細腕からは想像できない力でズルズルと引きずるその人は紛れもない嫁。誰の? 僕の。
なんとか自分の足で歩かせてもらえるよう懇願するが、嫁には通じない。
「あなたの鎧はしっかり持ったからね? だからまず間に合わせることを優先しましょうか」
「謝る! 謝るから! だから一緒に仲良く並んで歩いて行こう? これじゃあ飼い主と犬の散歩より、酷い絵面だ!」
「パパー、ママー、お仕事がんばってねー」
娘の健気で無邪気な声援が背中に染みる。
もっとも俺は後ろ向きで引きずられているので、娘とばっちり顔を合わせられていたのだが。
娘の笑顔でパパは頑張れる…のか?
────────
トントントントン。
机を指で叩く音だけが、会議室に響き渡る。
「……………………」
「ルリン団長、あんまり苛立たせるとご尊顔にシワがよりますよ。それに落ち着きのない態度は品に関わります」
「…分かっている。だが私にも堪忍袋の緒というものはある」
「彼の遅刻一回一回にイライラしてたら、キリありません。それは我々、円卓騎士の中では一般常識でしょう…」
「まぁ…、彼は自分の部下たちにも遅刻を容認してますしね。なんなら黒馬騎士団では、『我らの遅刻が平和の象徴』とかいうフレーズが流行ってるそうですよ」
円卓に並んだ騎士たちから口々に文句や、呆れの声が飛ぶ。
「なんたる侮辱。少し騎士としての自覚について説教する必要がありそうだ」
「そんなもんアイツにはねぇんじゃねぇーの? あの野郎、一度円卓入りを辞退したくらいだしなぁ…」
「あぁ…、だがそこが素晴らしい…! 名誉や誇りなどには微塵も興味を示さない。カッコイイじゃないですか!」
どうも否定的な声だけでなく、一部では擁護するような、そして一部では盲信的な声もある。
「まぁさっきの標語も一理ありますかね。国を守る騎士が、遅刻するほど気をぬける平和な国だってことでしょう? 遅刻を正当化するためでさえなければ、普通にいい言葉だと思いますよ、俺は」
「……彼らしい」
その場にいる円卓の騎士全員の意見が出揃った。しかし結局のところ、本気で怒る人はいないのである。
それが彼に対する信頼の現れでもあるのだろうか。
会議室の重厚な戸が押し開かれ、話題の中心となっていた人物が姿を見せる。
「いたいっ!」
放り投げられて…。
「申し訳ございません。ルリン総騎士団長。アリマ卿共々遅れて参上致しました」
「貴方は構わぬ、ベルヴィア卿。だが其方は構うぞ、アリマ卿。まずそのだらしのない格好はなんだ?」
「寝間着です」
あっけらかんと答えた「アリマ卿」の前髪を、一陣の風が切り裂いた。
「見れば分かるわ、たわけぇ! 私が聞いたのは、ど・う・し・て!そんな格好をして来ているのかということだ!」
「そ、それは…嫁にこの格好のまま引きずられて来たからで…、あの団長? とりあえず聖剣はしまって……僕なんかを切るのにその剣は勿体な…」
聖剣に髪先を持っていかれて、すっかりへっぴり腰である。
仕方ないだろ、団長の「聖剣」突きは岩をも吹き飛ばす。
「おお…! ルリン団長が3ヶ月ぶりに聖剣を抜いたぞ!?」
「あぁ! オルバス大戦でも抜かなかったあの聖剣を!」
「あの騎士団長に聖剣を抜かせるとは流石だなアリマ」
なんだか全く別の方向で盛り上がっていた。
気づけば円卓の騎士、全員が席を立ってしまっている。
「ええい! はしゃぐな! 月日をカウントするな! 遅刻魔を褒め称えるな!」
「んじゃとりあえず、だらしない格好らしいので着替えてきまーす」
「貴様はそこになおって、私の話を聞けぇーー!!」
今日も円卓の騎士たちは元気です。
そして国王陛下が会議室にお見えになった時は、みんなちゃんとしてたのだとか。
「アリマ卿ー! 今日という今日は、絶対に許さんぞぉーーー!!!」
聖剣突きですっかり俺の前髪とともに冷静さも吹き飛ばした団長が叫んだ。
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