第4話 親ということ

兵士だろうが凶悪な犯罪者も、帰る場所があるならそこへと帰る。


そして子供がいたなら、子供の前では親へと化す。


人とはそういうもので子供には決してみせない大人の姿というものがある。円卓の騎士もその例に漏れない。


「パパー! おかえり〜!」


「ただいまソラノ。ママは?」


「もうかえってきてるよー。もうなかなおりしたー?」


「元々ケンカなんてしてないよ」


そうなのー!と無邪気な声で笑う娘を抱え、家の敷居をくぐれば、台所に向き合う妻の姿がある。


「あら、おかえり。今日はいつも以上に遅かったね」


そう言って微笑む彼女の姿は、今朝見た鎧を脱ぎ、華やかな私服に身を包んでいた。


「うん。パトロール中に追っかけにあってさ…」


「おバカ。円卓の騎士が変装もせず、直々に街中パトロールなんてしたらそうなるわよ」


「まぁ追いかけられた分、死ぬ気で走ることになったから鍛えられたかなーと」


「その無駄な前向きさが、あなたの反省しなさを演出してるのよね…」


ベルヴィアはその絹のような金髪を揺らすように、やれやれと首を振る。


もう十数年の付き合い、そして人生のパートナーにもなった夫の性格なんて知り尽くしているはずだ。


そういうのを容認して、それも愛することで人は夫婦になるのだろうか。


「あ、父さんおかえりー」


「ただいま、アイル」


娘よりも落ち着いた発音と声色で迎えてくれた息子を、ひょいっと抱え右肩に乗せる。


左肩にはソラノが乗っているので、これで両肩に娘息子を乗せた状態。


「わー、じゅうせんしゃだーー」


「どこでそんな言葉覚えたんだ」


「こないだ、父さんのおへや入ったときに机の上にあったかみが…」


「ソラノ、パパの部屋はパパがいる時しか入っちゃダメってあれほどぉ!」


両親が軍事関係者ともなれば、自宅には職務関係の資料が溢れる。


できるだけ目につかないようにはしているつもりだが、子供の好奇心の前には隠しきれない。


教育に良くないなぁ、と気を付けてはいるものの、どうしようもないことだと割り切ってしまっている自分がいる。


「パパー、きょう、『はなび』やってー」


「あ、ぼくもみたい」


「この間やったばっかりじゃ? まったく二人とも飽きないねぇ」


はなび、とは花火のことで、もちろんこの世界に花火なんていう概念はなかった。


花火のように、異世界転生者から持ち込まれ、勝手に広まったものがこの世界には溢れている。


他にも料理や道具などの面で異世界転生者の持つ知恵は重宝されるものだ。もっともこの世界で自分以外の転生者など見たことないし、前世の記憶を持ったままここに来ることを選ぶのは俺くらいだろうが。


「はいはい、ご飯の準備ができましたよー。手洗って、うがいしてー」


「「はーい!」」


手洗い、うがい。そんな習慣も全て俺がこの家にもたらしたもの。


自分がこの家に様々な影響を与え、そのせいで特殊な家庭とか言われないといいがな、と思った。




「火薬いれて発火石に遅延魔法をかけて…」


様々な魔法と魔石を球状のカプセルにいれて、その魔力を留める。


そのようなことを繰り返し、ただの爆発物にならないように火薬量を調整し、夜空に打ち上げる花を作っていた。


花火の作り方なんて前世では知ることもなかったが、この世界にきて好奇心から独学で開発した。


様々な術式、材料、細かな魔力操作。現実の花火技師とやっていることはまったく違うだろうが、花火技師の気持ちもなんとなくわかる気がした。


「毎回思うけど…、すごい手間がかかってるよね、これ」


しゃがみこんで、ベルヴィアが手元を覗き込み、関心の声を上げる。


「手間だけど楽しいから別によし」


「職人みたい」


俺も昼間の鎧姿とはうって変わり、緩い部屋着に加え、眼鏡をかけた姿はこれ以上ないアットホーム感を漂わせている。


その横で佇む彼女も、ここでは聖騎士の空気など微塵にもまとわぬ。


「パパー、まだー?」


「ちょっと待ってな。これで最後に<結晶化プリズム>っと。よし完成」


最後に子供の手でも打ち上げられるよう、細工する。これで筒なし、徒手でも打ち上げられる花火の完成だ。


一通り作業は終わったその手に綺麗な丸型の魔力結晶を握る。


「これ、はなび?」


「そうだよアイル。これを──」


その結晶を、ふわりと空中に投げ放つと、



ひゅーーー、ぱあんっ。



特徴的な音ともに、鮮やかな緑の花が夜空に咲く。


「きれーー!!」


「ほんとねぇ〜」


目の前で急に打ち上がった花火に、アイルは少しびっくりした様子だったが、すぐに幻想的な光景に目を奪われていた。


「ほれ、打ち上げてみ」


そっと渡した魔力結晶を、ほあぁー、という声を漏らし、口をぽっかり開けたまま眺めるアイル。


その光景に、ソラノ、そしてベルヴィアさえも「わたしの、わたしの分は!?」と催促し始める。


「とんでけー!」


受け取った結晶を、ソラノが小さな手と体全体で、空に押し込むように投げれば、



ひゅるるる〜〜、ぱぱぁん。



「ひゃ〜〜!」


空には、紅い花が咲いた。


ベルヴィアは結晶をしばらく不思議そうに上から下から横から眺めた後、手から離すことなく打ち上げる。



ひゅーーー、ぽぽぽぽ。



「はぁー……」


乱れ桜のように、薄紅の花が、夜空というキャンバスを彩った。


実際の花火は、きっともっと花火技師たちの苦労を滲ませ、完成するものだろう。


熟練の花火技師が作った花火には、一発で数十万の額がつくということも耳にしたことがある。


今の自分の作業にそこまでの価値は感じない。


この花火結晶を初めてつくった時はそりゃ苦労したけど、新たな魔法を考えているのだと思えば、苦にはならなかった。


それ故に、誰もが幸せ。


「眺めてるだけじゃ面白くないだろ〜? ほら」


未だに結晶を持ったまま躊躇っているアイルを、促すように優しく撫でる。


そんなアイルは結晶とにらめっこしながら、勇気を出すように、一度こくりと頷き、


「えい!」



ひゅーーー、どぱぁん! ぱらぱらぱら・・・。



比較的大きな音を立てて打ち上がった花火は、咲いたあとも火花を散らせ、余韻を残した。


打ち上げる前は緊張の面持ちだったアイルの瞳に、明るく輝く、花火の色が映る。


一歩を踏み出した末に、見えたその景色は、きっと幼い子供の脳裏に鮮明に焼き付くことだろう。


何気ない家庭の日常の一コマもかけがえのないもので、子の成長を見守る親にとっては、それがどんな宝石よりも価値のあるもの。


子は成長の過程で、様々なことを脳に刻み込んでいくだろうが、記憶の片隅に、こんな日常があったことを焼き付けてほしいと親たちは願った。


「パパー、まだあるー?」


「そこにいっぱい置いといたよ」


「わー、たくさーん!!」


そんなはしゃぐ子供たち+妻の姿を傍目に、縁側に腰掛けながら、置いてあった書類に目を落とす。


その内容はまったく頭に入ってこないけれど。


ただ耳に入ってくる家族の声が、えも言われぬ安心感を与え、心地よかった。


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