第69話 思い込みの強さたるや

「……冗談にしちゃ笑えないな。それが本当ならここは何処で、あんたはなぜ鍵を持っている。」


「正確に言うとね、今住んでる家じゃないの。馬鹿な話って聞こえるだろうけど。」


「訳が分からないな。」


「ここはちゃんと両親が持ってる。譲り受けた?なんて聞いたけど、ようはずっと続く橘家の財産って感じ。」


「確かに馬鹿馬鹿しい……そこまでする理由は?」


「単に思い出だよ。それにたま~に来て掃除しとけば、中身は綺麗だし。」


「そんな誰もいない家に呼ばれた俺は、どうなるんだよ。」


橘の手元で光る、音の鳴る物。いやぁスタンガンですね多分?テレビで見たことあるなぁははは。


「まあ座りなよ。」


「座るか、俺は帰る。」


「座りなって。」


「ふざけるな俺は」


急に突進してくる橘と手元のスタンガン、とっさに倒れるように尻餅をついた俺。明らかな敵意と攻撃に、俺は先程までの橘とは違う誰かを見た。


「少しは私の言葉、聞いた方がいいよ?起きた瞬間縛られて、何もできない方が良いの?」


「……大人しく座ったとして、次は?」


「お話しよっか♪」


俺に選択肢はなかった。諦めて床に座ると隣に橘が、離れようにも手元の武器が許してくれなさそうだ。全く嬉しくない。


「早く話してくれ。」


「そんなせっかちさんは嫌われちゃうよ?」


「じゃあ大いに嫌ってくれ、それでさよならしようぜ。」


「……」


バチバチッ!と無言の脅し。


「それ鳴らしたら俺がなんでもすると?」


「さあ、でももし気絶なんてしたら……分かるかな?意識ない津原くんに、私何をするんだろうね?それに津原くんのスマホ、大事な人達との繋がりとかさ。」


言いたいことは伝わった、嫌というほどに。


「じゃあお話しよ♪津原くんの好きな食べ物は?」


「……は?」


「だ~か~ら~、好きな食べ物は?」


意味が分からなかった。なんだそれ?そんな会話当にして……なかったっすねはい。あれおかしいな、元恋人なんだけどな。


「肉じゃが。」


「ふぅん、じゃあ嫌いな食べ物は?」


「トマト。」


「子供みたいだね、可愛い。」


「悪かったな。」


「ううん。後は」


「なあ、なんだこの会話?この後の想像出来るけどよ、まるで自己紹介みてえじゃんか。」


「何って、お互いを知るのって大切だよね?」


「他人同士でそこまで知らんくても」


「私たちまた付き合うんだよ?」


何言ってんだ、と素直に思っちまった。大声で否定してやろうかと思った。


「……それだけは無いだろ。」


「どうして?」


「何処からその自信出てくるんだ?」


「なんだかんだ話聞いてくれるし、今日だって無視して帰れば良かったじゃん。」


「話聞かねえとスタンガン、俺の知りたい事話すとか誘ったのはあんただ。」


「あはは!でもさ、本当に嫌なら……て考えちゃうよね。」


「じゃああの帰り道、あんたを無視したらどうなってたんだ。」


「う~ん。後ろからバチっと、かな?でもその時は私1人じゃ運べないから、どうするか困っちゃうかもね。」


こいつ平気で襲う計画バラしたんですが、あの時の俺判断は悪くなかったか。つかあの時から持ってたのかよ。


「んで付き合うだと?あんたは俺が好きなのか?」


「……好きだと思う?」


「知らねえよ、それも分からないのに俺を恋人にすんのか?」


「難しいよねぇ好きって。誰かに言われて気付いたり、失くしたら分かったりさ。」


「哲学語るなら他所でやれ。」


「私は好き、だったんだよ。その気持ちが分からないだけで、ちゃんと好きで付き合ってた。」


「俺もだった、だ。終わった事だし戻るつもりもない、俺はしっかり好きな気持ちをぶつけきった。もう空っぽだよ。」


「空ならまた入れればいいんじゃない?」


「容器ならもう捨てちまった、替えを作る気もゴミを漁るのも気分じゃない。」


「じゃあさ、またそんな気分に」


「ならねえ!!」


俺は今何と話をしてる?橘の形を模した人形か?どうしてこうも話が繋がらない、分かり合えない。俺は人間と会話してるのか?


「びっくりした~、急に大声出してどうしたの?」


「あんたがどうかしてるんだろ!?ハッキリ言う、つか前にも言ったはずだ。あんたの恋は他の誰かとやってくれ!」


「私が津原くんが良い、て思ってるのに。」


「知るかんなもん、俺は次の恋はあんた以外が良い。」


「……しばらく恋愛は良いんじゃなかったっけ?」


「揚げ足取るのが趣味なら満足したか?俺は絶対にあんたとは」


「ふ~ん。」


お?なんだやっと納得したか、少しは話が通じる部分もあ


「誰を人質にすれば、津原くんは頷くの?」


「……あ?」


「あ~言い方が悪かったかな、ごめんね。誰が不幸になれば、津原くんは私を見るの?」


ふと、前に橘と皆とで話した場面を思い出す。俺が橘と付き合わないと不幸がなんたら、もちろん濁して言ってるわけで、その中身はきっと。


「お前……」


「今日一番に熱い視線だね♪」


「ここに誰も来ないってんなら、一発くらい殴っても良いわけだよな。」


「あ~止めといた方がいいかも?」


そう言って視線を動かす橘。そういえばこの部屋は、いやこの家に来てから暗かったな。そして全てが橘の計画なら……


「カメラでもあるわけか。」


「やっぱり気持ちが通じてるみたい、暗くてもちゃんと撮れるんだって。」


「はっ、仮に使われてもそっちの脅しが先だろ。」


「音声は撮れないんだ~。だからどうだろう?私が津原くんを家に招いたら、部屋で襲われそうに」


「それが成立するわけあるか。」


「そうかもね。でも話は広がっちゃうかも、津原くんが私を襲ったって。家に上げろなんて脅しされたとか?」


「……」


音声がないとどう見えるだろう。そもそもカメラの配置を知ってる橘は、手元の武器をうまく隠してる可能性がある。その場合、話してて急に暴力を振るった俺を世間がどう見るか。


「でもあんたを気絶させて、データ消したら終わりだろ。」


「その場合後で事件にならないかな?私が殴られたって警察に言って、その上バックアップを編集した動画を出したり。」


「じゃあ俺が先に警察へ」


「なんて言うの?元カノの家に上がったら脅されて、思わず殴っちゃいました?」


この家、すんごく居心地悪いんですけど。

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終わるからって悪いことじゃないだろ? ハム @rememberme

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