第68話 檻の中の鳥

「ほらここだよ?良かったね~津原くん、愛しの女の子の家だよ?」


「馬鹿なこと言うな、あんたなんかどうでもいい。そっちがここを指定してなきゃ、そこら辺の空き地の方が魅力的だ。」


「もぉ照れるにしても冷たいよ?まあでも、私の家に上がったって事実は……消えないね。」


「なんだそれ気持ち悪い。」


今のところ悪態の1つ言えてるが……ここが橘の家。別れてから見るなんて、あの頃の俺には想像もできなかったが。

そして家を見た瞬間、俺の頭に引っかかってた疑問が解けた。明かりが点いてない暗い家を見て。


「二人っきりで話ができる、なるほど。誰も住んでないみたいだ。」


「私が住んでるし、ちゃぁんと両親といるよ?ただ帰りが遅いだけ……そだね、あと2時間は帰ってこないよ。」


「へー。」


「ま、まさか津原くん?誰もいないからってもう?や、やっぱ男の子って」


何か言ってるが無視だ。変わらずネジが足りない気がするが、どうしてこいつは、あたかも恋人同士のように話すんだ?


「さ、入って入って♪男の子いれるの初めてだから……私も緊張ぎみなんだよ?」


「知るか。俺はさっさと帰りたいんだ、玄関で聞いて良いならあんたの家なんて入りたくない。」


「……ねえ、知りたいの?知りたくないの?」


瞬間、どこまでも暗闇が広がる瞳が、俺を見た。


「知るために来た。」


「じゃあ入りなよ、私もまだ優しくしてるんだから。」


「参考までに聞きたいが、乱暴なあんたはどうするんだ?」


「それはお楽しみにしようよ。ここで話すのも良いけど、私はお部屋で話したいから。」


それ以上の会話は無かった。俺は開けられた扉をくぐり、そして背後で鍵がかけられる音を聞いた。それは防犯のためか、俺を逃がさないためか。

俺の横を通り進む橘さん、その後ろを着いていく。この家には……住んでるって気配が無い。人が住む場所にはいるなって感じる何かがある、ここには何もない。2階への階段を上がりすぐの部屋、その扉が開けられた。


「はぁいここが、橘菫のお部屋です♪」


「……」


「どしたの?とりあえず座って?」


「あ、ああ。」

 

勉強机と寝るためのベッド、ただそれだけ。俺は女子の部屋を知らないが、目の前の光景は異様にしか見えない。漫画も何もない。


「ん?どうしたの?」


「正直に聞くが……なんだこの部屋?」


「何って私の」


「分かってるだろ。こうも中身の無い部屋、俺は人生で見たことがない。」


「見れば分かるでしょ?これが私、この部屋が私なの。」


「だとしたらあんた、相当不気味だが。」


「そうかな?そうかもね!」


笑顔だ。これまでも何回か笑った顔は見てきた、それと比べると今のこれが本当の橘さんかもしれない。笑い顔に恐怖を感じる。


「笑っ、てるんだよな。」


「だって津原くんがお部屋にいるんだもの、楽しいじゃない♪」


口元は笑ってるが目が笑ってない、言葉では笑っているが心は笑ってない。辞書で笑うと引いたものを、演じているような感覚。

これ以上橘さんに踏み込むのは危険、さっさと俺の用事を済ませて帰った方が良い気がする。


「ここまで来てやったんだ、俺の用事を果たしてくれ。」


「ん~しょうがないけど……伸ばしたら津原くん逃げちゃいそうだし。じゃあ、どっちが良い?これからの津原くんか、これまでの津原くんを私に教えてた人か。」


「……まずは答え合わせをしたい、あんたと繋がってた奴を教えろ。」


「まぁ分かりきった話の方が?安心できるよね~。」


「先に言っとくが嘘は無しだ、今後二度と話したくもない。」


「心配しなくていいよ……この部屋にいる私は良い子だから。」


そうして橘さんは自分のスマホを取り出し、やり取りの一番上を見せてきた。予想通りの名前が見えた。


「は~い答えは日葵ちゃんでした!」


「……だろうな。」


「まあそんな反応だよね、はぁ使えなかった。せめて最後まで怪しまれずに、ここで見たこともない津原くんが見れたらなぁ。」


「橘さんと俺の共通の知り合いなんて、片手で足りるくらい少なかったからな。」


「でもほら?日葵ちゃんって良い子を疑うなんて」


「知るか。俺はあいつなんてどうでもいい、だから疑ったし一番怪しんだ。」


「結構冷たいんだね津原くん。」


「悪いか?」


「んーん。まあ日葵ちゃん以外、津原くんを教えてくれそうな人いなかったし。」


「あいつ以外は口が固いからな。」


「最近は真祐美ちゃんもそっち寄りだし、私の友達だったのになぁ。」


「あんたが壊したんだろ、最後まであった友情って奴を。」


「そっかな?」


あれだけしといて普通に言ってみせる、これが橘菫なんだと思った。


「まあ日葵ちゃんは便利だったよ。やっぱ同じ屋根の下ってのが強くてね?誰が来たとかいつ出掛けるとかぜーんぶ分かっちゃうの。そ~れ~に~?いつから帰ってないのかも伝わるわけ。」


「それで俺が帰ってないから帰り道にいたのか。」


「それも津原くんが頼りそうな、人のね?」


「日葵がそこまで」


「それは私だよ。この前君たちとぶつかった日、分かっちゃったんだぁ。あのグループ?ていうのかな、集まりを一番大事にしてる人。というか津原くんを、かな。」


「……それが朱音か?あんな少しで分かるもんかね。」


「真祐美ちゃんの時真っ先に噛みついて、しかも手元の機械に頼らずに……ね。」


「よくご存じで。」


「日葵ちゃんから聞いたんだ~。仲良しなんだってね?中学からのお知り合いとか。」


「他にも二人いたがな。」


「あえて、でしょ?女子の家に泊まったとかなんとか、私に響きそうな動きしちゃってさぁ。」


「嫌いになってくれたら一番なんだが?」


「……まあ良いよ、こうして2人になれたんだし。」


「は?」


改めて考えるが、ここは相手の土俵だ。どこを塞げば良いのか、何をすれば邪魔になるのか分かりきっているだろう。ドアは1つ、そこに立ってる橘菫。


「気味の悪いこと言うな、無理にでもどかして外に出れるん」


バチバチっと音がした、橘さんの手元から。


「……今日この場所を選んだのも、全部私の考え通り。ねえ、帰れると思ってたの?」


「ここがあんたの家である限り、俺は帰れるさ。」


「真祐美ちゃん……だね?津原くんが頼るなら、もうあの子しかいないもんね~。」


「それでこれからの」


「先に言っておくね?」


橘菫は、まっすぐに俺を見ながら言ってきた。




「ここ、私の家じゃないの。」

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