幕間 私の過ちとできること

「お兄ちゃん……」


私がこれまで言ったこと、お兄ちゃんに言われるまで忘れてた。あんな酷いこと言っておいて……忘れちゃってたなんて。


「ごめ、ん。ごめんなさい。」


伝わらない言葉、それもそのはず。今日から一年話しちゃ駄目って、それがお前にできることだって。最初は冗談だと思ってたけど、お兄ちゃんは本気だった。


「……どうすれば……いんだろ。」


私とお兄ちゃんは、決して仲が悪かった事はない。そりゃ喧嘩の一つや二つはしてきたけど、どっちかがごめんって謝れば終わってた。

でも今日は違う。ごめんって言えたけど、私は何を謝っているのかさえ分かってなかった。なんか謝っとこうくらいだったかもしれない。それほど、いつの日の言葉がお兄ちゃんを傷つけたか理解してなかった。


(駄目だな私、どんどん暗くなっちゃう。)


その時スマホが鳴った、一瞬お兄ちゃんかと急いで取るけど全く知らない番号。そもそも電話なんて、誰がかけてきたんだろう?


「……もしもし。」


[もしもし、えっと、日葵ちゃんの携帯であってる?]


「え!菫さん?」


[そうだよ。ごめんね急に、電話迷惑じゃなかった?]


「いえいえそんなこと!ど、どうしたんですか。」


[……津原くんから聞かなかったかな。]


そうだ。お兄ちゃんとの約束で忘れてたけど、二人は別れたんだった。その事かな、と私は聞いてみる。


「もしかして、別れたって話ですか。」


[うん。私なりにお付き合い、上手にできてたつもりだったんだけど……えへへ。]


「本当、なんですね。」


[うん、もう明日からはクラスメイトでいようって。]


「ご、ごめんなさい菫さん!」


[どうしたの!?]


もしかして私のせい、そう思ってた気持ちがつい口から出てしまった。一度溢れたら止まらない、お兄ちゃんに言ってきた言葉の痛さや今日の会話の事。きっと誰かに聞いてほしかったんだと思う。


「そ、それ、で、わたしっ。」


[……分かるよ。私もさっきまで、泣いちゃってたから。]


「す、すみま、せん。」


[良いんだよ。多分津原くんは、それを考えて私に教えてくれたんだね。]


「……え?」


[問題です!どうして橘菫は、日葵ちゃんの番号を知ってるでしょうか。]


「……わから、ないです。」


[答えはね、津原くんが教えてくれたの。]


「お兄ちゃんが?」


[そう。私たちの別れ話が終わって、立ち去るときに紙を渡されたの。それで、きっと橘さんならって。私も最初は分からなかったけど、勇気出して電話してみて良かったよ。]


「じゃ、じゃあお兄ちゃんは、最初から私の事を?」


[きっと私と別れる話をして、日葵ちゃんにも話をする事になるよね。そこで喧嘩しちゃったら、私が相手になってあげてって事なんだと思う。]


「……お兄ちゃん。」


確かにお兄ちゃんは俺とは話すな、って言ってた。突き放されて味方もいない、一人になっちゃったと思ってたけど。こっそり私の事を考えてくれてたんだ……


[それで……どう?私は力になれたかな。]


「は、はい。すごく気持ちが楽になりました。」


[そっか、良かったよ。でもこれで……日葵ちゃんともお別れなのかな。]


「そ、そんな!もし菫さんが良ければこれからも。」


[……ありがとうね。]


そっか、私は一人じゃないんだ。お兄ちゃんも話せないだけで、こうして味方なんだ。


[それで日葵ちゃんは、これからどうするの?]


「私は……ひとまず約束通り、一年話さないようにしよっかなって。」


[本当に良いの?辛くない?]


「辛い、です。でもお兄ちゃんはもっと、辛かったはずですから。」


[そっか、強いね日葵ちゃんは。]


「菫さんはどうするんですか?」


[私はね、実はまだ津原くんを諦められないんだ。自分で思ってるよりも私、津原くんが好きみたいで。]


「菫さん……」


[だからね、私は諦めないよ。ひとまず津原くんに駄目なところ聞いて、治したいなって。普通のクラスメイトになっちゃうけど、そこから仲良くしてまた一緒になりたい。]


「菫さんも、強いですよ。」


[そうかな……]


「お兄ちゃんはすっごく優しくて、いい人です。」


[そうだね、でも私はそれに甘えてたのかも。]


「……私も。お兄ちゃんならって、普通なら駄目なこと言っちゃってた。」


[私たち、似てるね。]


「で、でもどうします?お兄ちゃんに新しい彼女さんとか、別の人ができちゃうかも!」


[……ねえ日葵ちゃん。]


そこで菫さんが提案したのは、今後の私を決める大きな一言だった。


[日葵ちゃん、津原くんの様子とか私に教えてくれない?]


「え?」


[話せなくても、側にはいれるんだよね。私は多分避けられちゃって、何かあっても気付きにくいと思うの。でも日葵ちゃんなら、部屋での様子とか食事中の津原くんに近いよね。]


「そ、そうですね。家族ですから。」


[日葵ちゃんを利用する、そんな風に聞こえちゃうけど。津原くんが何を話してたとか、誰か家に来たとか。ちょっとした話が聞けたらなって。今の私じゃ津原くんの側なんて、いれないから。]


そう悲しそうに言う菫さん。そうだ、別れちゃった一因は私にもあると思う。そんな私が二人の間を持って、また結ばれることがあれば。


(その時はお兄ちゃん、許してくれるかな。)


してしまった事への罪滅ぼし、壊してしまったものを直す。そんなもしかしたら、へのキップが今目の前にある気がした。


「……分かり、ました。私は菫さんに協力します、させてください。」


[……良いの?もちろんこっそりだから、話せないし見てるだけ。それで私に様子を伝えるだけだよ?]


「……どっかで、どっかで菫さんがお兄ちゃんと仲良くなったら。」


[なったら?]


「私の事、どう思ってるのか聞いてください。」


[……分かった。]


「それだけで、充分ですから。」


こうして私たち秘密の会合は、定期的にされることになった。お兄ちゃんと菫さんは仲直りしたらしく、友達くらいに戻っているらしい。

私の話もしてるそうだ。日葵が辛そうで、あんなこと言ってしまって申し訳ないとか。日葵は自慢の妹で~なんて恥ずかしい話を。


「す、菫さん!お兄ちゃんが女の子を」


そうして今日、お兄ちゃんが人を連れてきた。一人は男の人で、前に風邪の時来ていた顔だ。そしてもう一人は真祐美さん、三人で部屋に入っていく。


[落ち着いて日葵ちゃん、聞こえる範囲でいいから。]


電話からは落ち着いた菫さんの声、分かる範囲で伝えるよう、頑張らなくちゃ!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……思ったより簡単だったな~。」


通話を切りながら、私は画面を見る。今の今まで話していた津原日葵ちゃんを、可哀想な子を。


「私が番号貰って?元気付けに電話だってさ。」


誰に言うでもなく、独り言みたいに言う。そんなわけないのにね、番号は前にお邪魔した時にこっそり見ただけ。真祐美ちゃんも日葵ちゃんも、2人揃っていなくなるのが悪いよ。まあお茶とかお菓子を用意してくれたんだけどね。


「……嘘って便利。」


多分津原くんは、本気で日葵ちゃんを怒ってる。それこそ言葉通り、一言も話さなきゃやっと許してあげるくらいにね。妹なのに、私より分かんないのかな。


(なぁんてね。人は弱ってる時、聞こえの良い話があればそっちに傾く。このシナリオほど、日葵ちゃんが信じたいものもないよね。)


後は適当に仲良くなったとか言って、日葵ちゃんの話をしていたと創作するだけだ。それだけで向こうは可愛い可愛い協力者でいてくれる。


「これから頑張ってね、可哀想な日葵ちゃん。」


電話帳に登録した名前に、思わず口づけをしちゃう。だってこうも上手く話が進むのは、神様が頑張れって言ってくれてるんだよね。





だから日葵ちゃんが報われなくても、仕方ないよね。

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