第7話 身内だってのによく分からない

「あ……えっと、お帰り。」


「ただいま日葵。あれ?バレー部の活動はないのか?」


「……うん。」


「そうか。まあたまの部活ない日だし、ゆっくり休めよ。」


「ちょっと話したい事があって。」


「なんか話す事あったか?俺個人としては何もないし、部屋でのんびりと午後を」


「菫さんの事だよ。」


は?て顔してたと思う。なんで妹から元カノの名前がポンッと出てくるんだか。いやまあ確かに?日葵は橘にベッタリというか、かなり懐いてたからな。気にはなるってもんか。


「橘さんが何だよ。別に俺は他人になったが、お前なら話そうと思えば話せるだろ。」


「いやいや!そもそも学校に行けない時点であたし接点ないし、兄さんが彼氏だからって会えてたのに!」


「じゃあ今度橘に連絡先渡しといてやるよ。」


「で、でもさ。元カレの妹って……なんかあれじゃない?」


「あー気まずいかもなあっはっは!」


笑って誤魔化しとけば良いやと思った俺は笑いながら退散を


「じゃ、じゃないの!!そんな話したくて、早く帰ってきてないから!」


やだびっくり。妹の叫びなんていつぶりかしら、と立ち止まって聞くしかないと悟る俺。やれやれだぜ…


「じゃあ手短に頼む。」


「……ご、ごめんなさい!」


「……ん?」


「え……?」


「すまん思い当たる節が1つもないんだが。」


「いやそのぉ、兄さんと菫さんの事で……えっと。」


「そこでお前が何を謝るんだ。」


「えっと、常日頃から兄さんには酷いことを言ってたって改め」


「酷いことってのはなんだ?」


「いやほら、月とすっぽん!だとか。兄さんにはもったいない!だとかさ。」


「それは事実だろ。身内のお前から見たって、なんならそこら辺を歩いてる知らない人だって考えるはずさ。このカップルは釣り合ってないってな。」


「そんな事ないよっ!菫さんは、兄さんといる時凄く楽しそうだったし」


「楽しいって橘さんが言ったのか?」


「い、言ってないけど……」


「日葵の憶測で決めちゃいけないだろ。元カレの俺からすれば、大抵橘さんはにっこり良い顔してたぞ。それ以外見たことねえ。」


「それは兄さんだから」


「じゃないな。クラスにいても二人で遊ぼうって予定が邪魔された時も俺が馬鹿にされてる時も、何時だって橘さんはにっこり笑顔だ。」


「さすがに言い過ぎなんじゃないの……菫さんがそんな人には見えないよ。」


「聞くけど、お前は橘さんの何を知ってて、何を見たんだよ。」


「そりゃ兄さんの彼女だってこと!それに兄さんと楽しく過ごしてたこと!」


「他は?」


「他?」


「ああ他だ。その程度の情報やら見間違いは、さっき言ったそこら辺の知らない人レベルの情報だぞ。」


「んと……他には……」


「ないだろ?」


「じゃ、じゃあ兄さんは」


「ないよ。」


「え?」


「これっぽっちも新しい情報は提供できない。他人よりは長い時間を過ごしただろうが、橘さんは何一つ俺に教えてくれなかった。なんなら家も知らねえ。」


「ど、どうして。」


「分不相応なお付き合いをしようとしたからだろ。橘さんからしても、こんな男に言ったところで欲しくもないだとか、いつも一緒にいる浅原の方が良いとでも思ってたんだろ。」


「浅原さんて、いつも菫さんと来てた人だよね。」


「ああ。俺の家に上がってきて、女子トークだから津原は部屋っ!て言ってたあいつだよ。」


「……」


「彼女連れてきて一人部屋で何すんだよ?なあ?」


「私に聞かれても。」


「お前も後半は乗っかってたよな。兄さんには内緒~とかなんとか。」


「そ、そうだけど……本当に兄さんには言えないことだったの!」


「浮気の話でもしてたのか?」


次の瞬間にはビンタされてた痛い。実の妹ビンタとか……いや何も感じないわ。


「そんな酷いこと!何で言えるの!」


「いやさ、今ピーンと来たんだ。女子で集まって俺はないって話題になった。それで橘は別の男を見つけたわけだよ!それを知ったお前は毎日のように、兄さんにはもったいない!もっと身の丈考えなよ~なんていじりを始めたわけだ。」


「そ、そんな事私」


「言ったぞ。ここで逃げるなんて甘えは、俺は許さないからな。お前も浅原もそうだが、俺は全部嫌な記憶として残してる。こうも言ってたよな?テレビに出てる俳優を指差して、この人とか菫さんとお似合いかもね~って。」


「う、嘘でしょ……」


「言ってたわよ?」


「うえっ母さん。何時からいたの?」


「さっき叩いたような音したからね、ちょいと覗きに来たわけ。」


「……私……言ってた?」


「あんた忘れたの?俳優さんがお似合いって言った後、進士に頑張れだのなんだの。」


「あー母さん。今日の夕飯なに?」


「ハンバーグ。とりあえず日葵、自分の発言には責任持ちなさいよ?よく分かんないけど。」


「ありがと母さん。」


「あと進士、あんたはそのまんまでも十分男だと母さん思ってるからね。」


「はっはー嬉しい限り。」


たまたま来た母さんの援護に感謝しつつ……あれ本当に話分かってなかったな。言ったか言ってないかをはっきりさせて、気持ちよく帰っただけだわ。発言には責任、家では小さい頃から言われてたなぁ。


「と!言うことだ。責任ある発言として受け止めたって訳で、俺は忘れてなかったぞ。」


「……私。」


「んまあ軽はずみとは言え、お前は兄さんをぼこぼこにしたわけだ。分かる?」


「……」


「黙りかよ。むしろ浮気じゃなきゃなんなんだ?ただのガールズトークなら俺を仲介せず、お前らで勝手にやってくれれば良かったんだよ。」


「いや……」


「彼女が家に来るって浮かれて部屋掃除して、誰が来ても良いように整えてた俺はピエロか?」


「違う……」


「そんなピエロを三人で笑ってたんだろ?今さらどんな言葉を使おうが、俺はそう思う。ぶっちゃけ流れが掴めて来てからは、お前らのトーク中俺外で遊んでたから。」


「……え?」


「気づいてないんだろ?母さんに聞いてみろよ。お前らが部屋に入ったら、俺は着替えて他の友達なり本屋なりゲーセンなり。いろいろ遊んでたんだぜ?」


「本当なの?」


「一回でも……たった一回でも誰かが俺の不在に気づいて、咎められたらやめるつもりだったさ。結果は?20戦20勝0敗。ずいぶんトークで楽しんだのか、俺はいらないって証明されたさ。」


「私……全然」


「知らなかった?だろうな。橘さんっつー愛しの元カノも気づかないんだ。これで何が恋人だよ。それに加えて日葵の発言にも後押しされて、しっかり身分を知ったのさ。」


「い、今さら遅いかもだけどっ!キツく言ったのは……本当にごめんなさい!発破をかける……というか。兄さんにそこで止まって欲しくないって言うか……」


「は?」


「兄さん彼女ができたって、あんな美人さん連れてきて。逃しちゃいけないって……彼氏になったからって」


「自惚れるなってか?」


「そうじゃなくて」


「よーするに日葵が常日頃言ってた悪口は、俺に対する愛の鞭って訳か?」


「菫さんに捨てられないように、兄さんに酷いことを言ってたのは……自覚してる。でもそれで!兄さんが自分を磨いたりとか。」


「はあ……」


聞いてるのもアホらしくなってきた。つまり俺に鞭うって、彼氏になったからって止まるな。もっと磨いてふさわしくなれって発破してたつもり?なのか。


「だから……その……」


「なあ日葵。お前さっきごめんなさいとか言ってたよな。」


「う、うん!ごめんね兄さん、もうあんな」


「許すつもりはない。」


「え」


「当たり前だろ。自分が相手をどう傷つけたかも分からない奴だったとは、かなり幻滅した。」


「ほ、本当に悪気はなくて」


「悪気はなくても楽しそうだったよな。いつも人を馬鹿にして、けらけら笑ってたじゃねえか。」


おっと図星で何も手札が失くなってしまったようだ。仕方ない、ここは兄として助け船を出してやろう。


「そうだ日葵、お前を許したいんだが条件がある。」


「な、何!?頑張るよ私、何でもしてみせるから!」


「一年俺と話さないこと。」


「……何?」


「今からぴったり一年。家でも外でも俺に話しかけるな、例え来ても無視する。お前と一年も会話しなければ日葵のしたこと……まあ最悪妹がいたってことも忘れて綺麗さっぱりになれると思う。」


「いくらなんでも」


「責任持てよ……な?さっきやってやる!みたいに言ったのはもう嘘か?」


「……」


「じゃあな日葵。これから一年お前は俺の中から消えてくれ、そしたらこの傷は癒えていくはずだから。」


華麗にターンして手を振りながら、暖かいハンバーグが待っているだろう食卓へ向かう俺。どのみち顔は見るんだから忘れることはないだろうが、一人の時間が欲しいのよ俺だって。

この後はいたって簡単。飯食べて?風呂入って?ぐっっすり寝ましたよ……日葵?あいつも食卓には来てたぞ。まあ約束は守ってるあたり、一年頑張ってくれるんだろ。母さんは何も聞かず、父さんは遅くに帰ってきてビール飲んでた。



親父の疎外感すごいな。

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