第4話鏡

三の話


『鏡』



(冷えてきたなぁ)

携帯電話のデジタル時計を見ると、もう夜の九時近くになっていた。やはりこの季節は夜がふければふける程寒さが増す。

だがそれを気にも留めずに二時間近く紙束を読み続けていた事になる。

そう言えばスーパーで買ってきた食品も出しっぱなしだったことに気づく。

キッチンの冷蔵庫に食品を入れに行くついでにお湯でも沸かして温かいスープでも飲もうと思い、コタツから出た。

体が寒さと、ずっと同じ姿勢だった後遺症かギシギシする。

それと足のしびれもおぼえたので、ゆっくりと移動する。



カチッ



ボッ!


ガスコンロにヤカンをのせて火に掛ける。

そして用意したカップに粉末スープの元をあける。


カタカタカタカタ……

北風が吹いているのか窓が音をたてる。

それと道路に植えられた植物が揺れて、それらが街灯に照らされて窓にうつりこむ。


変な文章を読んでいたからか、その影のうねりが妙に不気味なモノに見えてくる……


(くそっ、胸糞が悪い…)


自分の臆病もさることながら、紙束を残したであろう『元』彼女へのイライラも増してくる。



ピィィィィィィィィ……!


鬱々と考え事をしている間にお湯が沸き、ヤカンの口がけたたましい音をたてた。

それで我に返り慌てて火を止めた。

スープの元の入ったカップにすぐにお湯を注いだ。

台所は湯気が這い上がってくるし、外が不気味に感じて居心地が悪かった。

熱々のカップを持ち、早々にコタツに入り込んだ。


だが私の目はいれたスープにではなく、コタツの上の紙束に注がれている。

押し入れをあされば漫画や小説が有る。だが私はまたその紙束を手にとっていた。

何故だか分からないが、読まなければならない様な気がしていた。




ーー『鏡』


古来より鏡は不思議な物とされてきた。日本の神話では『八咫之鏡(やたのかがみ)』が有名だろう。日の光を浴びて輝く事から、神の化身として奉られたようだ。

他には真実を映し出すモノとみなされたり、あの世と繋がる入り口とされたりもしている。

学校等の怪談では、合せ鏡はしてはいけないと言う内容のモノもある。

無限に映る鏡の像の中に自分の死後が映る為とされたり、特定の日時に合わさると、悪魔が這い出して来るともされる…

鏡とは最も身近に有り、不思議なモノの一つでもあるのだ……ーー





文章から目を離す。部屋を不自然な程くまなく見てみる。


鏡は無い。


ホッとする。

まさかこんな身近な物について書かれているとは思わなかった…

てっきり自分に対する当て付けばかりかと思っていたが、紙束のタイトル『妖怪考察』と有る通り怪談めいてきた。

人間意地になることもある。

怖くても目をそらさないとか、自分の言ったり思ったりした事を覆したくなかったりとか。

謝りたくないとか……

兎に角訳もなく意地になり、また文章に目をおとした……




ーー鏡は聖と邪が混ざりあったモノの様に私は感じた。

私の周りで見聞きした話も、その両方に根ざしているからである。

私は高校を卒業して、県外の専門学校に通う事になった。目指す仕事が有ったので心が躍った。


そんな時に祖母が御守り代わりにと渡してくれた物が有った。


小さな手鏡だった。

私は祖母に聞いた。

「何でこれが御守りなの?」

祖母は言った。

「鏡はね、昔から悪いモノが覗くと自分の恐ろしい形相が映り、逃げ出すと言われているんだよ。特にお前は怖がりだしね。

都会に一人で出すのも気が引ける……だからこれを御守りと思って持っていなさい」

そう言った。


鏡ならそこら中に有る。下手をすれば道を歩いていても見付ける事が出来る。それなら道のそこかしこが御守りだらけだ。

私の考えを読んだのか祖母が続けた。

「鏡と言っても何でも良いと言うわけじゃないんだよ。心の込められたモノじゃないとね。

でないと逆に悪いモノが住み着いてしまったりするのさ……お前には話しておこうかね」

そう言って祖母は昔話を始めた。



「昔この村にそれはそれは強欲な婆さんが居たのさ。余りに強欲過ぎて家族にすら愛想をつかされてね。

とても寂しがっていた人だった。

根は悪い人ではなかったけれど兎に角執着心の強い人でね。怒った時なんかは鬼のような顔だったよ……

だけどひょんな事からお祖母ちゃんと話すようになってね。家によく来るようになったのさ。

それだけならどうってことは無い話だけれど、お祖母ちゃんがまだ若い頃にもう八十近い人だったから明くる日にポックリと逝ってしまったのさ。

お祖母ちゃんは嫌な予感がしてね。神棚と仏壇とお経で清めた手鏡を玄関や家中の大きな窓に吊るしたのさ。

そしたらその日の夜中にね。

『ギャァァァァァァ!』

って叫び声がしたんだよ。それはもうこの世のモノとは思えない程の金切り声さ……

その声は誰のモノだったと思う?」

そう言って私の顔を覗く……


「…死んだそのお婆さん?」

私はそう返した。


「そうだよ。その人は寂しい人だった。おまけに執着心も強くて欲深かった…

だからお祖母ちゃんも一緒に冥土にさらって行こうとしたんだろうねぇ…

今思い出しても寒気のする経験さ……」

そう言って話を区切った。


今思ってもうちの祖母は中々の話し手であったと思う。もう何年も前の話だけれど未だに覚えている……それほど鬼気迫る話しぶりだった。


だから私はその話は未だに信じている。決して軽々しく嘘をつく人では無かったし。

それによく言っていた。


「お前ももしかしたらよく分からないモノに出会う事が有るかもしれない…

でもね、軽々しく言うんじゃないよ?

それで嘘つき呼ばわりされて泣く時も有るんだから…」

そう悲しそうな顔をして私に言ったのも覚えているから……



その話の最後に、私は気になった事を聞いてみた。

「もしその人みたく悪くて死んだ人が鏡を覗いたらどんな風に映るの?」と。


祖母はこう教えてくれた。

「それはね、自身が『鬼』に映るのさね」




あれから五年位経ったろうか。手鏡はいつの間にか手元から消えていた。

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