第3話座敷わらし
二の話座敷わらし
座敷わらしとは、子供の姿の妖怪で、座敷わらしの憑いた家は富み栄え、出ていった家は没落する……存在自体が幸せの塊の様なものと伝わる。
だが一説では、昔間引きされて殺された子供(土間に埋められて死んだ子供とも)が座敷わらしとなり、家に憑き祟り殺すとも一部地方では伝えられていると言う。
そうでなくとも、たぶんに子供らしく、走り回ったり悪戯したり等もすると言われている。
一部地方には、座敷わらしの憑いた旅館が有るとされ泊まり客にいたずらっ子をするらしい。だが、悪戯をされた者はおもちゃを用意して座敷わらしに感謝を示すと、代わりに幸運をもたらしてくれると言う。その旅館の件の部屋は数年先まで予約で一杯らしい。
「あ。これ聞いたことある」
座敷わらしは有名な妖怪だ。更に福を呼ぶところが誇張されて、会いたいと言う人間も多い……いや、私も会いたい…
ふと自分の部屋に視線を移す。何もない部屋。その真ん中でコタツに入りながら『元』彼女が残したであろう紙束に目を通す自分…数日前迄は荷物に溢れていた部屋。
「見るだけでも福が付くなら私だって見たいさ」
見たい。それは誰もが思うだろう。幸福。安直に考えたらお金だ。それがあれば大抵の事が出来る。こんな寂しい部屋からでて、都会の真ん中にマンションを買って遊んで暮らしたい……誰もが一度は思うだろう。
それが恋人と別れて一人寂しく部屋に取り残された者なら特にだ。
くしゃっ
気が付くと紙束ゆ握り締めていた。
嫌になる。ただでさえ今が嫌なのに、嫌な想像をして更に自己嫌悪がつのった。
「あっ」
ちょっとした閃き。物を見る角度を変えるような……そして私は気づいてしまった。
「復讐」
何故こんな紙束が置いてあったのか…それは『元』彼女の遠回しな嫌がらせだ。こうやって私の自己嫌悪を煽る為にこんな分厚い紙束を用意したのだ!そうに違いない!
私はそう断定した。
一の話は『かなだま』だった。よくは分からなかったが、金目の話だった様に思う。二の話が『座敷わらし』、これは幸運をもたらす妖怪……
つまり私には運も金も無いと言いたいわけだ!
胸糞が悪くなる。それでも私はその悪趣味な復讐の紙束に視線を戻した。
全部読みきってから…その意味する所を的確にあげつらって文句を言ってやる為に……
ーー私の実家の話を少し挟んでみる。
縁起の悪いもの。『四辻』。四は死。異界への入り口とされて嫌われる。
『踏み切り』。一本に敷かれた道(レール)。霊道ともされ自殺も多い。
更にその下には『川』。顔も覚えていない幼なじみが溺れて亡くなった。更に戦争中の空襲の時は死者であふれかえっていたとか。
裏手には『墓地』。更に地蔵が沢山並んでいる『火葬場』跡まで揃っている。
しかもお隣さんは『お寺』さんだ。勿論そこにも墓地がある。
上に上げた物が、全て我が実家の四方にある。
我が家は曰くのある物に囲まれた、言わば住める場所ではない所……他の人に話しても作り話だと言われてしまう程呪われた様な立地条件……
私の父の太股にはケロイド状の傷がある。子供の頃に野良犬に食いちぎられた跡だ。
父には兄が居たが、先に噛まれた兄は狂犬病で亡くなった。同級生の折ってくれた千羽鶴は意味をなさなかった。
父には弟が居た。近所でも評判の優しい子だったと祖母が言っていた。だがその子も流行り病で亡くなった。
そんな中、もし私なら破滅を選んだかもしれなかった。
こんなちっぽけな命なんて無いのが良いと…そしてこんな縁起の悪いものだらけの土地からも出ていきたくなったろうと。
だがそれから不思議な事が起こった。正確には父の弟が亡くなってからだ。
いや、奇跡とかではない。単なる変化…努力だと誰もが言う。
父の父。私の祖父は鳶職。呑む打つ買うの昔ながらの勝負師。そんな祖父に仕事が舞い込んだ。戦後の復興期の建設ラッシュ。それを乗り越え父を高校まで出した。
収入は村一番だと父の母、私の祖母は誇らしげだった。
祖母は新聞配達と子育てを頑張った。勤勉な人で、賞状を新聞社から貰った。初めての賞状。涙を流した。
私の父は、狂犬病を免れた。それから人生を駆け抜ける。仕事に誇りを持ち、嫁を娶り子をもうけた。
ここからはその祖父母と父母の血を継ぐ私の体験だ。
私はなんてことはない落ちこぼれ。勉強も運動でもいつもビリ。将来に夢は有ったが勇気はなかった。
だがある日、家で暇をもて余して腐っていた私は、あることに気が付いた。
「何でこんな所に?」
それは小さな手形だった。
私の部屋に続く階段の絶対に届かない場所に『それ』はあった。
初めはシミだと思おうとしたが、どうみても『手形』。それも子供の。指紋と迄はいかないが、手相の皺も見える。
次は足音だった。夜中に裸足のベタベタと言う階段を登る音がする。違う部屋の親のイビキすら聴こえる静寂の中……
泥棒かとも思ったが、その足音は突然聴こえなくなった。確か夜中の二時位。冬場だったけれども、冷や汗をかいたのを覚えている。
そんな事が何度も続くと、この家には『化け物』がいる。そう感じた。その時の私は中学一年生。人生経験の少ない私の想像力では『化け物』……それしか思い浮かばなかったのだ。
季節も変わり夏。中学二年生。そして夏休み。だが私はちっとも嬉しくなかった。未だに聴こえる走る足音。閉めたはずのふすまが開いている。ベッドで寝ていると揺すり起こされる。恐怖が一日中潜んでいる家。
引きこもり気味だった私は外に出ることに決めた。今までは口下手で友達ともろくに約束も取り付けられず不貞腐れて帰り家に入り浸って居たが、背に腹は変えられず、おずおずと学友の和に加わった。
市営のプールに行ったり、友達の家で対戦ゲームをしたり、家が怖いから友達数人とパジャマパーティーもした。
あっという間だった。夏休みが過ぎていく。
夏休みが終わりに近づいた頃、祖母が育てた畑のスイカが食べ頃になった。
夏休みの終わりともなると、宿題の追い込み。友達とも遊べなくなっていた。
だから久しぶりに家に長居した。自分の家なのに久しぶりに…
「お前切ってみるか?」
父が大玉の立派なスイカを抱えて台所で言う。
「それは自信作でねぇ」
祖母が顔をほころばせながら言った。
「遊び以外もやってみな」
祖父が私の背中を押すように言う。
後ろでは母がスイカを乗せる皿を布巾で拭いている…
「初めてだからうまく出来るかな」
私が言う。実は家族との団欒も久しぶりだったと気づいた。祖父は歳を誤魔化して今も働いているし、父も残業で深夜にいつも帰る。母は家事と子育てとパートでてんてこ舞い。祖母は畑仕事と近所の寄り合い。
私は、そんな私をかまってくれない家族を避けていた。
変な足音や、付けられる筈のない場所の子供の手形。話しても信じて貰えなかったのもある。
それ以前から、学校から帰ると部屋にこもる日々。
家族皆で台所に居る。こんなの何年ぶりだろう……
私はスイカを切った。
中学生が抱えるのが大変な大きさのスイカを切った。案の定。ろくな形にならない。何せ包丁は初めて持った。父がスイカに向き合う私の隣で怪我をしないように見守る。
祖父は台所の椅子に座って、ニコニコしてスイカを待っている。祖母はスイカにかける塩の用意。母は人数分の食器の用意。
『えへへ』
かわいい声と、パタパタという足音が後ろからした。
とっさに振り返る。
するとそこには
白い綺麗な着物を着た男の子が優しく微笑んでいた。
その子はまばたきの間に見えなくなった。
『お化け』
だけど怖くなかった。
家族は気づいて居ないみたい。
母が用意した皿は五枚。
私はもう一皿出して貰った。
それに不恰好なスイカを乗せて、スプーンを付けた。
家族が不思議な顔をする。
だけれど祖母は私に言った。
「有り難う」
皆でスイカを食べた。ただそれだけなのに嬉しかった。そして、皆で食べる事に幸せを感じた。
それから数年がたち、私は成人した。あの夏休み以降家族の仲はなかなか良好。一人息子の私が夢を追い、県外に出ることにはなったけれど、たまに電話をする位には仲が良い。
そして一人で暮らして思うのは、家族の大切さ。あのスイカが無かったら家族は散り散りだったかもしれない。
まとまる切っ掛けは、多分あの『お化け』だったのだと思う。私が家を怖がって家に帰らなくなった時、心配した家族は家族会議をしていたと後々祖母から聞いた。「愛情は目には見えない。だけど手を繋ぐだけで解りあえる時もある」と、祖父がそう言ったと。
私はその時の夏休みで友達とも更に仲良くなった。
一人暮らしをして、数年振りに帰郷することになった。今回の帰郷は、残念ながら葬式の為…祖母が亡くなったのだ。
地元に帰ると、家族より先に友達が車で迎えに来てくれた。
もしあの夏休みが無かったら、私には『知り合い』は居たかもしれないが、『友達』は居なかったかもしれない…
「乗れよ」
友達が言う。
「有り難う」
私はそう答え助手席に乗った。
「ん?俺の顔に何か付いているか?」
運転しながら友達が言う。
「いや、そうじゃないんだ。昔を思い出してた」
「はは、お前は高校出たらすぐ県外に行ったからな。積もる話もあるか」
運転しながら友達が言う。葬式で帰ってきた私に多分気を使ってくれているのだろう。学生の時の様に気の置けない様に接してくれる。やはり有り難いなぁと思った。
葬式はつつがなく終わった。火葬も終わり、実家の仏間に骨壺を祖父と運び入れた。
仏間には真新しい祖母の遺影。その隣に白黒の遺影が二つ並んで飾ってあった。
「この白黒の二人は誰?」
祖父に聞く。
「ああ、オラと婆さんの子供だ。お前の父さんの兄ちゃんと弟だ」
「初めて見た」
「ははは、お前は昔から怖がりで仏間には近寄りもしなかったからなぁ」
祖父が空元気で笑った。
「確かお前が中学生の時にもお化けが出たって言って、婆さんにしがみついてたっ」
今となっては恥ずかしい事を祖父は言う。そしてその事を思い出した時にふとある事に気が付いた。
「この子だ」
「うん?」
私は小さい子の写った白黒の遺影を指差した。覚えている。確かにこの子だった。
「僕が見た子は……」
少しの間
「……病弱でなぁ。ずっと寝たきりで死んでまった…この子は、幸せじゃったのかオラにはわからね」
思い出させてしまったのか、祖父は少し寂しそうな顔をして仏間から出ていった。
私は無神論者だ。だから、天国や地獄も良くは知らない。だけれど絶対にあの時のお化けはこの子だったと言える。
(寝たきりでなぁ)
祖父は言った。
(いや、今は元気にしてるよ。何せ走り回ってたし。そして家族思いのいい子だよ)
しかもその夏休み以降不思議な怪奇現象はなりを潜めた。小さな『手形』もいつの間にか消えて無くなっていた。
だけどやはり思うのだ。幸せを運んでくれたのは、姿の見えない、だけれど心の温かいもう一人の家族だと。
自分が死んだ後もきっと守るために家に残ったんだ。
座敷わらし……本当にそうなのかは分からない。だけれど私は信じたい。
その優しい優しい…お節介なかわいい男の子を。
見えない手で、祖父や祖母や父や母や私を支えてくれたのだと。
『有り難う』
六枚目の皿にスイカを盛ってテーブルに置いた時、祖母は私に小さな声でそう言った。その時は意味は分からなかったけれど……今なら分かるのかな……
仏前で手を合わせた。
庭先で、子供のはしゃぐ声が聞こえた気がしたーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます