第2話妖怪考察二
タイトル
『妖怪考察』
一の話。
『かなだま』
かなだまとは。空を飛ぶ金銀財宝の精と伝わる。人に悪させず、逆に見るだけでも幸運をもたらすものなのだと言う。
好きな本にこう言う一文があった。
『思い出してみてください。貴方もきっと不思議なモノに出会っている筈ですから』
単純だが、自分の記憶をおもちゃ箱をひっくり返した様に探してみた。
すると、保育所時代の記憶に行き当たったのだ。
そう。私も妖怪に出逢っていたのだ…
「なんだこれ」
良く分からない。走り書きされた文章にはそう書いてあった。てっきり恨み言が書かれていると思った私は拍子抜けしていた。
だけれども私は暇だった。考え事をしたくないので逃避する様に紙束の走り書きの文章に目を戻した。
『確証を持って、それを妖怪と言えるかどうかと言われると言えないかもしれない』
何分保育所時代の事だから、私がいくらハッキリ記憶していても誰も信じてはくれなかったし、大人になった今でも信じては貰えていない……つまりは現実と少し違うモノを私は見ていたのではないのかと、都合の良い仮説を立ててみた。
私が見た光景は、空を黄金虫の大群が旋回し続けるというモノだった。
実家の庭には渋柿の細い木があって、その木の枝に実が付き始める頃になると決まって夕方にその大群が現れるのだ。
種類は様々。緑や黄色や黒いのや、大きなのや中くらいのや小さいのや……だけど決まって黄金虫。
子供心に何故カブトムシやクワガタが居ないのかと残念に思っていたのを覚えている。
だけれども、嘘でも錯覚でもない。その黄金虫の渦の中に虫取網を掲げるだけで、なんの苦労もせずに何匹も捕らえることが出来たからだ。
じゃあ妖怪でも何でも無いじゃないかと言われるだろう。確かにその通りだ。
だけれどもその時の私は恐ろしくツイていた。
母はスーパーの抽選会には必ず私を連れていった。一等は無理にしても、必ずと言って良いほど二等や三等は当たったものだ。駄菓子屋の当たり付きのお菓子も最高十回連続で当たったりもした。
他には、近所に祭りの出店の元締めさんが住んでいたのだが、その人が犬の散歩をしていて、私を見付けると決まって「失敗したんだ」と言ってりんご飴をくれた。
子供だったから気が付かなかったが、早々失敗もしないだろうし、毎回持っているわけもない。どうやら私のために用意してくれていた様なのだ。
大人になりそれに気付いたが、その方は引っ越されていてお礼は言えずじまい。
繰り返し思う。私はその時ツイていたのだ。
前述でカブトムシやクワガタが欲しいなぁと言っていたが実はそれも半ば叶っていた。何故かは分からないが、冬になると自分の部屋に続く廊下のフローリングがカサカサと音を立てる。不思議に思って覗くと、クワガタが一匹歩いているのだ。それも冬場に毎年。友達に自慢したのを覚えている。
だけれども何故冬場(実家は雪国だったので虫は普通居ないだろう)毎年捕まえられたのかは未だに理由付け出来ない。
それに他にも理由のつかない事はあった。私も小学校に進学した。
すると小学校の中庭をヤドカリが歩いていたのだ。
小学校は海に有るわけではない。だけれども中庭の隅をトコトコ歩いていた。私は好奇心を抑えきれずに捕まえた。
当然珍しいので騒ぎになる。ちょっとした人気者。それだけの騒ぎになっても、「私が逃がしてしまった」と名乗り出る生徒が居なかった所をみると、誰かが逃がした訳でも無いようだ。だからと言って、雲の様にわいて出たとも考えにくい。……これも未だに謎である。
それでも諺にある。『身に余る幸運は身に付かぬ物』
クワガタは越冬出来ずに半月で亡くなり、ヤドカリもヤドの大きさが合わなくなり、ヤドを探して殻の中身を出した状態でやはり半月程で亡くなってしまった……捕まえた黄金虫も同様。
だから私は眺めるだけにした。夕方の紅い光に照らされて美しく光る黄金虫の渦を…
今でも覚えている美しさ。
だがそれももう観られない。
渋柿は渋柿。食べる者も無く、私が小学校四年生位の時に父親が切り倒してしまった。
親に言ったことがある。
「黄金虫の群れが観たいから切らないで」と。
すると親達は不思議そうか顔をするのだ。「何の話?」と。
必死に説明した。父さん達も観たでしょうと。
「いいや。そんなのは観たことがない」と父は言う。
「この子は変わってるから」と母が言う。
「ノコギリ持ってきたぞ」と祖父が顔を出す。
「毛虫が多くて困った木だった」そう父が言い、女性の細腕の様なか弱い渋柿の木はあえなくその命を消された……
気が付くと祖母が私を抱き締めていた。
「お前は優しい子だ」
祖母は言う。
「あの木は私の子供が産まれた記念に植えたんだよ。その子はお前位の歳で病気で死んでしまったけれど……」
祖母が泣いているのが分かった。
「お前が観たものは信じるよ。あれは死んだ私の子供からの贈り物だったんだから」
祖母はそう言って、切られた木の切り株の前に立ち尽くしていた私の手を引いて家に入れた。
贈り物
私には未だにその意味は分からない。だけれどもそれ以来、私に目を見張る程の幸運が舞い込む事は無くなった。
だってもう…
『贈り物』はなくなってしまったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます