第19話
――あの人にここに閉じ込められて、一体何時間経ったんだろう……。
キングサイズのベッドの上で、ただ流れていく時間に歯噛みしていた私は、現在軟禁状態を強いられていた。
閉じ込められた一室は十畳ほどで、四方を囲む壁を見渡すと、ゴテゴテとした前時代的な装飾が施されている。
きっと舞浜辺りのテーマパークでも意識したのだろう。剥がれかけた壁紙は宮殿のような格調高さをイメージしたんだろうけど、残念ながら経年劣化で剥がれかけているせいで、むしろ廃墟ではないかと勘ぐってしまうほど汚れていた。
薄暗い部屋には時計が存在しないので、今が何時かもわからない。外の景色を眺める扉も固く閉じられている。
何度も逃げ出そうとは試みていたけれど、外に通じるのは正面の玄関のみ。
馬鹿正直に脱出を試みても、即座に部屋の外で監視している強面のスタッフに捕まってしまうのがオチだ。
――そもそも、なんで私を生かしておく必要があるのか。
決まった時間に簡素な食事が運ばれてくるところから、今すぐに私を消すとは考えにくい。
「あ~もう……どうして私を生かしたまま監禁するのかしら……考えなさい奈穂子。あんな血も涙も元から存在しない男が、私を生かしといてなんのメリットがある?」
あくまで血縁上は父親にあたるあの男――辻村御幸の手によって、このラブホテルであろう一室に押し込められたわけだけど、あの直情的な男なら自らの手を煩わせるような人間は、例え実の娘だろうと容赦しないはず。
私の夫を何処かに連れ去ったのも、想像したくはないけど彼を消すために、だから、恐らくもう――
「……ダメダメ!弱気になったらダメ!私は娘を守らないといけないんだから」
何度も頭をよぎる度に折れそうになる心を、大事な愛娘を添え木にして立て直す。
何処の誰だか分からない連中に拐われた愛娘は、今現在無事なのだろうか。
無事だとしたら、どこに、誰といるのだろうか――
大事な一人娘を何者かに拉致されてから数ヵ月後――憔悴しきっていた私達夫婦のもとに突如姿を現したのは、それまで居場所を伝えていなかったはずの辻村とその仲間達だった。
「連れていけ」
余計な言葉は語らずに私達は屈強な男達に拘束され、ものの数分で旦那とは別の車で拉致されてしまった。
それきり旦那の安否はわからないけれもど、どうやら辻村の目的は私のようで、いかにもな高級車の後部座席に乗せられるとそのまま車は走り始めた。
隣に座るアイツは、数年ぶりの再会だというのにこれといって見た目の変化はない。
むしろ狂暴さをより増したようにも窺えた。年齢不詳もいいところだ。
「奈穂子。いい加減吐け。お前の娘は今何処にいる」
「知らないわよ。こっちだって急に拐われてテンパってるんだから」
「どんな些細なことでも吐け。そいつは単独犯か、それとも複数か、日本人だったか、それともアジア系か、俺の質問に全て答えろ――」
常に強者の立場に君臨する男だけど、その時だけは焦燥感に駆られているようにみえたのは気のせいだろうか。
矢継ぎ早に続く数えきれない数の尋問に、無事に娘に会うまで死ねないと覚悟していた私は問われるままに答える。
それらの導く答えが私なんかに分かるはずもないけれど、全ての聴取を終えた辻村は何かにピンと来たのか、何処かに電話をかけ始めた。
「――おう、俺だ。お前らこれから歌舞伎町の萬金楼って店の店主と、その家族写真を手にいれてこい。あ?知るか、やり方はそっちで適当に決めろ。出来ないなら盗ってくるなりなんなり好きにしろ」
「その店が娘と何か関係があるの?」
電話を切った辻村に思いきって尋ねてみた。正直殴られるか、それ以上の扱いを受けることも覚悟したけど、奴は窓の外を流れるビル群を眺めながら答えた。
「……その店のオーナーは前々から
「なんで……中国のそんな危ない組織が絡んでくるのよ!娘が何をしたっていうのよ!」
「黙れ」
ゆっくりと
「いいか。お前の娘が拐われてどれだけの月日が立つと思ってんだ。その間にガキはサヴァンの能力を利用されてんだ。それもそりにもよって、俺の情報まで知られちまった。お前がガキを拐われなければ、こんな面倒なことにはならなかったんだよ」
喉元にナイフを突き立てられるような鋭い眼差しから、私は視線を逸らすことが出来なかった。恐怖に体が固まり、何か言葉を発しようにも口内から水分という水分が奪われ、うまく声を出すことすら叶わなかった。
「オヤジ……スマホが鳴ってますよ」
会話を遮った運転手には感謝した。
恐る恐るといった声で辻村のスマホに着信があったことを伝える。
言われた通りにスマホに目を通すと、届いた何かを確認したのか、ニヤリと獲物を見つけたように表情を崩して誰かに電話をかけた。
「――おお、よくやったな。写真は確認したぞ」
誰かはわからなかったが、ほんの少し声が漏れ聞こえる――
「これからこっちに来ないか。食事でもどうだ」
「押――。ご一緒――ていただき――」
――なんだろう。何処かで聴いたことのあるような、懐かしさを感じさせる声だ。
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