14. さらば、温泉街!

 翌朝……といっても昼近くになった頃、宿にヨードの弟だと名乗る者が訪ねてきた。


 「貴方がクリス様、ですか。私の兄、ヨードがご迷惑をおかけしました……」


 宿のロビーで話を聞くことにし席に着く。


 彼の名はトーラスと言って、正真正銘ヨードの弟らしい。


 今回の件を警備団にいきさつを聞いて、謝罪をしに来たと言うのだ。瓦礫に埋もれていた金貨二百枚と共に。


 なお、ヨードは牢にぶち込まれ、大人しくしているらしいが……。


 「何でまた? 俺があいつを突きだしたようなもんだろ?」


 「いえ、どちらかといえば感謝をしているんです。兄の暴走を止めてくれて……」


 「? どういうこった?」


 「それはですね……」


 聞けばこの兄弟、貴族に両親を殺されたも同然だったという。この土地ではないが、タチの悪い領主に税の取り立てを厳しくされお金が無くなったらしい。払うものが無いとの話をするとその場で斬られ、亡くなったとか。

 それ以降、お金に執着し、貴族を恨んでいるそうだ。


 だから俺を見て『貴族がー貴族がー』と言っていたのだろう。実際、貴族だと分かるとホテル料金を通常より高く取っていたそうだ。

 さらに成金とはいえ、金持ちである。そうなると、貴族から婚姻の申し出も増えてくる。だが、吐くほど嫌いな貴族になるなど考えられない……そこで結婚相手として見つけたのがセルナさんだった。


 「貴族も悪人ばかりじゃありません。その内に軟化するかと思っていたのですが……止められなかった私のせいでもあります」


 「なるほどな……」


 今後、トーラスが宿を引き継いで切り盛りしていくそうだ。元々副支配人だったそうなので、引き継ぎはなくとも何とかなると、困った顔で笑っていた。


 「でも、少し分からないことがあるので、今から会いに行こうと思っています」


 「……なら、俺も一緒に行っていいか?」


 「え!? 構いませんが……?」


 

 散歩がてらトーラスと歩いていくと、すぐに警護団は見つかった。町の中央にデン! と、大きく建っていた建物がそうだったからだ。


 「こちらです。面会は三十分までとなりますので、お早めに」


 「ありがとうございます」


 

 「トーラス……何をしに来た…… !……クソ貴族も一緒か……」


 「ちょっとホテルについて分からないことを兄ちゃんに聞きたかったんだよ。後、クリス様がどうしても話がしたいって……」


 「俺は話すことなど無い」


 おーおー、口調まで変わってまあ。だとしても俺はこいつに言っておかないといけないことがある。


 「元気そうじゃないか。それだけ悪態がつけるなら大丈夫そうだな。髪の毛は残念な事になったが……」


 「う、うるさい!? 髪の事は言うな! 不愉快だ! とっとと消えろ!」


 「まあちょっと話をしようぜ? ……貴族が憎い理由を聞いたよ」


 「トーラス……!」


 「落ち着け、別にお前をどうにかしようって訳じゃない。どこの領地か知らないが、お前の怒りはもっともだ。俺が同じ立場なら、やっぱり怒ると思う」


 「……」


 「『終わってしまったことだ、もういいじゃないか』なんて無責任な事は俺には言えない。でもな……もしお前がそんな心のまま結婚したら……相手を不幸にさせるだけだぞ? お前の両親は殺されたみたいだけど、お前達は生きている。それは両親が庇ってくれたからだろ? 恨んでいないとは思わない……が、両親はお前達に復讐みたいなことはして欲しくないんじゃないかな……」


 俺の言葉を聞きながらヨードは俯いたまま黙っていたのは意外だった。怒鳴ってくるくらいはしてくるだろうと思っていたからな。

 ま、俺の言いたい事は言った。これで性格が治るとは思わないが、こいつの気持ちは分かる。だけど貴族に楯突いていたらいつか両親と同じ目にあうのは目に見えているから、願わくば余生は大人しく生きて欲しい。


 「それと……こいつを受け取ってくれ」


 「……それは」


 「ああ、セルナさんの借金である金貨二百枚だ。借用書は本物だし、これはお前のもんだ」


 俺は借証書を懐から取り出しひらひらと見せつけながらトーラスに金貨袋を渡す。


 「貴様! 同情のつもりか!」


 「いんや。こりゃお前のだろ? セルナさんは渡せないが、こいつは正当な金だ。悔しいなら……俺より金持ちになってみせろってんだ」


 するとヨードは牢を掴んでギリギリと歯ぎしりをしながら俺につばを飛ばす。


 「……出たら覚えてろよ! ホテルを増やして、お前の領地にも進出してやるからな!」


 「できるものならなーそれじゃ俺は帰る。トーラス、頑張れよ」


 「え、あ、はい……ありがとうございます……」


 「礼なんか言うな! あいつは貴族だぞ! くそ、いいかトーラス、俺が出るまでホテルはお前が仕切るんだ、客を引く時は――」


 「うん、兄ちゃん!」




 ……ちっとはやる気が出たみたいだな。悪態をついているくらいでちょうどいい。誘拐と器物破損(セルナさんの宿ね)が主な罪状らしいから、程なくしたら出てくるだろう。人死にが出なかったのは良かったが、罪は償ってもらいたい。


 警備団を後にして、俺は再び宿へと戻る。


 さて、後は……



 ◆ ◇ ◆



 「あ、クリスさんお帰りなさい。どこか行ってたんですか?」


 宿に帰ってくると、玄関先でにセルナさんと出会う。


 「ちょっとね。それより少し話があるんだけどいいかい?」


 「? ええ、恩人のクリスさんなら全然いいですよ! なんですか?」


 ロビーへ戻り、適当に腰掛けるとセルナさんがお茶を出してくれた。誘拐騒ぎの後だというのにニコニコとしている。


 「それで……何ですか?」


 「まずは世話になった礼だな。俺達はもうすぐ自分の領地に帰るし一度きちんとお礼を言っておきたかったんだ、ありがとう」


 「そ、そんな……宿屋はそういう場所ですから改めてお礼を言われる程じゃありませんよ」


 と、言いながら、先程までのニコニコ顔が嘘のように曇っていた。分かりやすいなあ。


 「ウチの両親も楽しかったみたいだし、ここで良かったと思う」


 「は、はい。ありがとうございます……そうですよね、帰らないといけないですよね……」


 ぶつぶつと俯きながら何か言っているセルナさんに俺は深呼吸をして言う


 「ふう……やっぱり目の前にすると緊張するな……セルナさん色々すっ飛ばす事、申し訳ない! もしよかったら俺とけ……俺とけ……俺とけ」


 「オレトケ? 妖怪か何かですか……?」


 「怖いな、それ……じゃない! 俺と、結婚、してくれないか……?」


 我ながら汚い顔で迫ったと思う、鼻息を荒くしてセルナさんの肩を掴んで目を見開いていたからだ。一瞬キョトンとした顔でセルナさんが俺の顔をじっと見たあと「結婚……」と呟き、一気に顔を真っ赤にした。


 「えええええええ!? 結婚!? 結婚ってあの結婚ですか? 殺人現場とかにあるやつじゃないですよね?」


 「血痕な。違う! 俺と一緒になって……くれ、って事だよ……」


 冷静になって言うとそれはそれで恥ずかしいな……前世ではこんなことなかったし……するとセルナさんがふうっとため息をついた。


 「嬉しい、です。私も同じ地球出身のクリスさんとなら、と思います。でも、この宿を捨てることはできません……」


 「お母さんとの思い出があるから?」


 「それもありますけど、お父さんを一人にして家を出る訳にはいきません。なので、申し訳ありませんけど……」


 「……実は親父さんからも頼まれていてさ。セルナをよろしく頼むって。もちろんそれだけじゃない、俺はあの世であった時から気になっていたんだ」


 「お父さんが?」


 すると観葉植物の影から親父さんが泣きながらひょっこりと顔を出した!? うええ!?


 「お父さん!?」


 「ありがとう、セルナや。お前は自慢の娘だ。でも、お父さんの事は気にしなくて。お前は好きに生きていいんだ」


 ……感動的なシーンだが、一体いつからそこにいたのか……俺は思わず目を細めて親父さんを見ていた。


 「でも、平民の私が貴族に嫁ぐなんてクリスさんのご家族が何て言うか……」


 「大丈夫よ! 私も元々平民の出身よ!」


 今度は受付カウンターから母さんが顔を出した! よく見れば通路の角には父さん、二階の階段にはフィアとクロミアが……!? 二人の目がかなり怖いんだがどうした……?


 「え、ええー……?」


 そしてこの状況には流石のセルナさんも目を白黒させていた。勿論俺もだ。


 「母さん一体いつからそこに……」


 「細かい事は気にしなくていいの。セルナさん、あなたの気持ちはどうなの? ウチのクリスはとりあえず体が丈夫だし、お金はかなり持っているわ。後、体が丈夫だし」


 身体とお金しかないのかよ!? 被ってるからな! 他は無いの? 優しいとかさ……。


 「……い、いえ、私なんかで良ければ……ハッ!? お、お父さんを置いてはいけません!」


 ぶんぶんと首を振って拒否をするセルナさん。俺の事が嫌いって訳ではなさそうなのは安心した。すると親父さんが肩に手を置いて言った。


 「なあに。お前が居なくても宿を守って見せるさ、ここは母さんとお前との思い出の宿だからな! 借金がなくなったんだ、誰か雇って盛り上げる! ……だから、心配しなくていいんだよ」


 「お父さん……!」


 「宿の従業員については私からも紹介させてもらいたいと思っていてね。改装もこの際してみようじゃないか。息子の嫁の実家ならなおさらね」


 「父さん……」


 何だろう、周りから固められて行っているのがものすごく納得がいかない。が、ここまで来たらもう一度言うしかない。


 「セルナさん、俺と結婚してくれますか?」


 親父さんと抱き合っていたセルナさんが俺に向き直り、泣き笑いの顔で俺の差し出した手を取りながら力強く答えてくれた。


 「はい!」



 こうして俺は死にに来たはずの温泉地で、同郷の転生者セルナさんを嫁にすることになった。


 セルナさんはまだ挨拶や引っ越しの準備などがあるということで、俺達だけで一旦戻り、後日改めて迎えに来ると約束して温泉街を後にしたのである。



 めでたしめでたし!



 ……とは、行かなかったんだよな……主に階段から俺達を見ていた二人のせいで……。





 ◆ ◇ ◆



 オルコスの目論見通り、セルナと結婚することとなったクリス。


 階段から見ていた二人とは?


 そして、衝撃のラストまであと少し。


 次回『ハイライト? あんなのは飾りです』



 ご期待ください。


 ※一部予告と内容が変更になる場合があります。予めご了承ください。 

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