女神が作り直す前の世界

「先生は僕一人が分かってればそれで良いって言うけど、正直、僕はそれじゃ駄目だと思ってる。僕に今の話を教えてくれた時の先生は本当に嬉しそうで、本当に悲しそうだったから」ザックは続けた。「セヴォン、本書いてるんでしょ。ソーレから聞いた。難しい言葉をたくさん使った凄い本だって……今の話、本にして広めてよ」


 今でこそ定説となっている上記の話だが、その出典はこの晩だった。セヴォンはこの希少な証言の意味が自身の勝手な脳内補完や校正のせいで変わる事を恐れ、一言一句違えずに記録した。そのようにして完成した、後に『』と呼ばれる事になる走り書きを何度も読み返す。


 正直、半信半疑だった。


 セヴォンは兼ねてから女神の存在やその偉業に対して懐疑的な立場の人間だったが、それでも眉唾な話だと思っていた。しかし、サミュエルが聖コールリッジの生まれ変わり──と言うか本人であると仮定すると、不思議と腑に落ちる部分もある。彼が歳を数えるのに飽きたと零していたり、常人とは異なる感性や道徳観を以って日々を過ごしている事、見て呉れはセヴォンと同い年であるにも関わらず、まるで人生を何回も経験したかのような知識量と諦観の念を抱いている事──その全てに、妙に納得がいく。


「いや……」


 貞潔の象徴である聖人には息子がいて、しかも、女神の眷属ではなかった。                                                 

 勿論これだけでも信じ難い話だが、セヴォンはこれとはまた別の事実に頭を悩ませていた。


「……?」

「え?」

「さっき、僕は人間なんかじゃなくてロボットだって言ってたでしょ。ザックは──君は機械なの?」

「ああ──」ザックは聞かれ慣れているのか、特に臆面もなく答えた。「そうだよ。僕は生まれた時からずっと機械。僕の背丈と髪が全く伸びてないって、自分で気付いてたじゃん。随分時が進んだ筈なのに、ちっとも見た目が変わってないからって聞いたんでしょ。この硬くて冷たい肌の下に血は流れてない。目も乾かないから、瞬きも要らない。だから死体のフリが上手いの。先生に頼めば爪も伸びるようになるし、肌だってもっと人間に近くなる。どうして先生がそうしないのか、教えてあげようか。先生は僕のオリジナル── 14歳で死んじゃったザック・コールリッジ君の姿を記憶してるからだよ。先生の思い出の中のザック君は真っ青で冷たいし、瞬きしないし、冷たくて、硬い──だから、僕もなの」


 以前、サミュエル・カーター、もといコールリッジの短所として『一々話が長い』というものを挙げたが、この欠点は彼の息子にも受け継がれているようだった。行き過ぎた短所は最早長所である。セヴォンはザックが自身の身の上を話すのに用いているプログラミング、AI等の単語について何一つ理解できなかったが、例によってとりあえず全て書き留めておいた。遠所で再会したルイにこの記述を見せた際、ルイはすんなり理解したので驚いた。驚くセヴォンに対して、ルイはこう話した。


 ──『王国ジュヴァンに女神が降りてきてから、世界がガラッと変わったからなぁ。カガクが発展した所為で消えてた魔法とか妖精が復活して、俺たちの暮らしもその時代まで逆戻り。逆に、今度はカガクの方が無くなった──遠い過去の、失われた知識になったってワケよ。コール師匠せんせいの魔法嫌いはこれが原因だな。あの人と、あの人嫁さんはカガクの権威だったから。女神にぜーんぶ取られて消されちゃってさあ……気の毒だよな。だが、女神さんは一つ見落としてた。あの人は。流石は俺の師匠だよ。あの人は女神が消したゲンダイギジュツを全ッッ部牢記して、要塞の中に入れたんだ。つまりだな、あの病院の中には俺たちも至れる筈だった──女神降臨がなかったパターンの「」が広がってんだよ』ルイは興奮気味に続けた。『度肝を抜かれたろ?喋る人型の機械に、触らなくても自動で開く扉。食糧を凍らせるでけぇ金庫みたいなのと、よく分かんねえパソコンとかいう機械!俺たちの先祖はアレを使いこなしてたんだぜ。すげぇよなあ。まるで、異世界の人間だよ』

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