Vincit qui se vincit

金鶴雨仁

【序幕】プロローグ

女神が作り直した世界


  ある日、女神様が地上に降り立ちました。

  自分が作った世界をもっと近くで見たくなったのです。

 「遥か彼方の星が、すぐそこに落ちてきた!」

  人々はあまりの美しさに首を垂れ、

  その奴隷となる事を誓いました。


  女神様は、まず街を歩きました。

  するとどうでしょう。

  己の信徒たちは民を虐げ、

  悪虐の限りを尽くしていました。

  懸命に生きている貧民の方が、

  何倍も、何倍も、美しかったのです。

 「これこそが民のあるべき姿だ」


  世界は女神が作り直しました。 ──作者不明『女神奇譚』より

 

  ◇


「えー……はい。この当時の貧民の生活を参考にして国が作ったのが、あー……」

 クラスの大半が船を漕ぐ中、その少年は唯一マトモに授業を受けていた。丁寧にノートを取り、付箋を付け、マーカーでラインを敷く。他人の話を聞いてそれを記録する行為に、少年はある種の楽しみを見出していたのだ。

『でもよ、実際あったと思うか?こんな話』

「あったから教科書に載ってるんだろ?何言ってるんだ」

『いや?俺が思うに、これは昔の人がテキト〜に書いた話だね。それを発掘した現代人がマジで信じて、「歴史」なーんて大そうな名前にしやがっただけよ。だいたいなあ──』

 少年は授業中に起こるこの手の問いを大抵無視するが、現在席が隣の男─一条ルイからの疑問に関しては比較的耳を傾けた。ルイは赤い髪に黒のメッシュ、ロクに締められていないネクタイとなかなか学のなさそうな見た目をしているが、その様な生徒から飛び出るは時として凝り固まった考えを再定義することがあるからだ。現に少年は、今し方問われたという途方もない疑問の海に足を取られてしまった。


『で、そん時妹がよ……って、おーい。学者サマ?また怖い顔してるぞー』ルイはそんな少年の気質を揶揄し、少年をと呼ぶ。『ダメだこりゃ。せんせ〜、こいつまた地蔵みたいになってまーす!』


 静かな教室にルイの声が響く。

 最後尾からの声かけとなると生徒の一人や二人……いや、殆どの生徒が眠りから覚めそうなものだが。誰も目を覚まさかったし、教師も反応しなかった。


 当たり前だ。

 一条ルイは既に死んでいる。

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