『おたのしみいただけましたか?』


「なにがだ。しぬほど走ったんだぞ。死ぬかと思った俺」


『あなたは、自分のことを、一人だと思っていますね?』


「実際、ひとりだろうが」


『だから、他のひとにも、孤独を求めるんです。他者に孤独を求めるのは、とても悲しく、つらいことです』


「さっき生まれたばかりのプログラムが、知ったふうなことを言うな」


『いえ。あなたが打ち込んだプログラムですから。あなたのことは、分かります。あなたは、ひとりでいたい。でも、彼女といたい。そういう、アンビバレンスな感覚が。自分の心に傷を付け続けている』


「それの何が悪い」


『あなたは、ひとりではない。ひとりではないのですから。自分を大事にして、生きるべきです。さあ。目覚めて、謝罪しなさい。あなたが捨てた、あなたを大事に思うひとに』


 目覚めた。


「うう」


「おはよう。起きた?」


「ここは?」


「ホテル」


「ホテル?」


「あなたが、眠っちゃったから。仕方なく、ここに」


「何時だ」


 彼女に、抱きつかれている。


 時計を見ようとして。


 ベッド横の灯りが、ばちばちと弾けた。


「いだだだ」


 早く謝罪しろと、急かしているらしい。


 彼女。こちらを、見ている。


 いたたまれなくなって。


 彼女を、抱きしめた。


「ごめん。ひどいこと言った。ごめん」


「ほんとよ。ひどい。もう、言わないでね」


 ホテルの一室で。


 ただ、抱きあう。


「ごめん。俺。何も、言えないんだ。ごめん」


 任務のことは。言えない。


「汗だくで、わたしにぶつかってきたこと?」


「これからも。言えないことは、増えると、思う。だから。ごめん」


 また、ばちばちと何かが弾ける。


「いだだだ」


 なんだ。喋れというのか。俺に。


「どうしたの?」


 彼女。抱きしめられたまま。

 自分の首もとを、なんとなく舐めている。


「くすぐったい」


「あなたの味がする」


「あ、汗が」


 彼女から離れようとして。


 また、ばちばちした。今度は足元にぶつかったスピーカー。


「いたいな。さっきから。なんなんだ」


「ごめんなさい。知ってるの。すべて。ほんとだったんだね。発電所のニュース」


「あ」


 あのやろう。俺とだけ話せるわけじゃないのか。


「だから。我慢しなくていいよ。話したくないなら、話さなくていい。わたしがいる。ひとりじゃ、ないよ?」


 涙が。出てきた。


「ねえ」


 抱き合ったまま。そろそろ、自分が汗っぽいのではないかという危惧が強くなりつつある。涙も、止められそうにない。


「ごめん。シャワーを浴びたいんですが。離れていただけると」


「だめ」


 彼女。抱きついたまま。


「一緒に入る」


 首筋から、頬に。自分の涙を、舐めている。


「しょっぱい」


 彼女。舌を出して。笑った。

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