02
殴られた。
すぐに立ち上がり、殴り返す。次は組み合って、技をかける。投げ飛ばす。投げ飛ばされる。そのたびに、なんとなく、彼女のことを思い出していた。
「やめ」
指揮官の命令で、やめて整列。
「そういう整列はしなくていいって、何度言えば分かるんだ」
つい、癖でみんな整列してしまう。自分は、整列せずぼうっとしていた。なんとなく、彼女のことを考えている。
「分かっているとは思うが、極秘任務だ。他の隊員が死んだ、あるいは帰還不可能な負傷を負った場合、すぐに近くのやつが燃やせ。骨も残すなよ」
隊員全員が、生身。
過酷な任務ではないが、心を消耗する内容だった。
「おまえらは民間と軍から集められた、最高で最強の人材だ。こんな、どこかも分からない場所で死ぬんじゃない。わかったな。解散。すぐに任務開始」
各々が、藪を切り払ったり木に登ったりして、周囲警戒と索敵から始める。
自分は、何もせずぼうっとしていた。
「よお、坊主。生きてるか」
「隊長」
自分が部隊で最も若いので、坊主と呼ばれていた。部隊の主力も、自分。
「生きてますよ。今のところは」
隊長。にこっと笑っている。歴戦の猛者とは思えないぐらいに、物腰が軟らかい。
「普通の学生なんだってな?」
「ええ。普通の学生です」
電子機器に精通していることを除けば。
「お前以外は、軍属だ。世界各地から集められているし、死線をいくつも潜ってきている。俺もそうだ」
「知ってますよ」
「だがな。正直、みんな震え上がってる。俺も、縮み上がってるところだよ」
「そうですか」
「おまえは、気楽なもんだな」
「ええ。失敗しても死ぬわけじゃないですし」
「そう。そこよ。俺達は、曲がりなりにも自分の命を懸けて戦ってきた。敵同士だったり味方同士だったりしてな」
「はい」
「だがな。俺たちが戦ってたのは、あくまで国とか組織のためなんだ。全人類のために戦ったことなんて、正直、ない。俺たちが失敗したら、世界が滅びるなんて。そういうのは、分からんのだ」
「映画とか、見ないんですか?」
「見るが、あれは事実と異なるだろう」
電子空間の中。
ゆっくりと、索敵が進む。
「隊長は、大事なひとが、いたりしますか?」
「大事なひとか。妻と娘がいる。娘はしきりに軍に入りたがっていて、やめさせるのに苦労してるよ」
「しあわせそうですね」
「まあな。人の命に携わる仕事をする人間は、人の幸せを理解してないといかん」
「いいこころがけです」
「俺に訊いたってことは、お前、大事な人と何かあったってことなのか?」
「いえ。気になって聞いただけですが」
「そういう無意識のところに、本音が出る。話してみろ。お前の大事なひとについて」
「いませんよ。大事なひとは」
「うそつけ」
「恋人もいないですし、家族もいません」
「俺は、嘘が分かるんだ。話してみろ。隊長命令だな」
「適当なことを」
「話せよ。地球の命運を左右する部隊の仲じゃねえか」
「付き合っていたひとが、いました」
「そうか」
「彼女は、人として普通で。普通の生活をするひとでした」
「普通か。いいな。普通は美徳だ」
「この任務を受けたときに、別れました」
「そうか」
「理由も特に言わず、ただ一言、別れてくれって言ったんですけど」
「それは正しい。もうすぐ地球上の発電施設全部爆発するなんて口が裂けても言えんしな」
「彼女。何も言わず、わかったって。それだけでした」
「さびしいな」
「ええ。そこそこ付き合ってきたんですけど、自分と彼女の関係は、一言で終わるような、そんな関係だったんだと思って」
「それでぼうっとしてたのか」
「はい。たぶん」
「彼女が、初めての女性か?」
「いえ。女性自体知りません」
「そうか。そうかそうか。女を知りたいという要求は、強いほうか?」
「いえ。ほとんどないです」
「嘘だな」
「事実ですけど」
「いや。お前自身が気付いていないだけだ。お前の心には、誰かに愛されたい、認めてほしいという要求がある。相当な強さでな」
「そうなんですか」
「これが終わったら、あらためてそのひとに会ってみるといい。別れたからって遠慮はするな」
「そういうの、俺の国では嫌われやすいんですけど」
「じゃあ、嫌われてこい。だめだったら俺がいい女紹介してやるよ」
「娘さんはやめてくださいね」
合図が来た。
「よし。行くぞ」
自分達が失敗したら。
世界が滅ぶ。
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