第3話 君の願い

僕が前を見ると担任がマイクを取り出して生徒たちに呼びかけていた。

「はい、今日は待ちに待った校外キャンプです!バスが到着するまでまだ時間があるのでレクリエーションをしたいと思いま〜す!」

小学生か、と僕は心の中で毒づいた。

クラスメイトは担任の言葉に盛り上がった。

「いえーい!」

「せっかくだから、しりとりとかしようよ〜」

「え〜映画見ようよ〜」

バスの中がどんどん声で埋め尽くされていく。

すると今まで寝ていた彼女が担任の大声と生徒たちの騒ぎで目を開けた。

「今、何してるの?」

眠そうに目を擦りながら彼女は僕に聞いた。

「レクリエーションだって。映画かしりとりかって議論してる」

「わぁ。私レクリエーション、一回してみたかったの〜せっかくなら皆でできるしりとりがいいなぁ」

彼女は小声でそう言った。

するとそれを聞いた後ろの女子が大きな声で担任に言った。

「先生―!水谷さんはしりとりの方がいいみたいですー!」

クラス中が声を出した主の方を向く。

「そうなの?じゃあ、全然来られてない水谷さんの意見を取り入れてしりとりにしてもいいかしら?」

担任が戸惑いを帯びた口調で生徒に聞いた。

「いいよ〜」

「じゃあ、帰りは映画ねー!」

生徒の中で多数決をとっても反対の者は数人しかいなかった。

「良かったね!」

担任に提案した女子が彼女に向かって言った。

「うん!ありがとう!」

彼女は満面の笑みをその女子生徒に向けた。

「じゃあ、しりとりを前の人から始めます!交互に言っていってね。知ってると思うけど『ん』はついちゃダメだよ。じゃあ最初の人、お願いしますー!」

担任がマイクを放して最初の生徒に言った。

「りんご」

「ゴリラ」

と続いていく。

僕は順番を待った。

彼女は今か、今かと自分の番を待ち構えている。

と言っても僕たちの席は後ろの方なので順番が周ってくるまで少し時間がかかるかもしれない。

僕は先程まで開いていた本を閉まい、彼女の方を見た。

彼女は嬉しそうだった。

バスに乗れたことも、クラスメイトと話せたことも、クラスメイトが自分を受け入れてくれたことも、レクリエーションをできたことも。

彼女にとって最高の思い出になるのではないか、僕はそう思った。

すると前の席の女子が彼女に言った。

「次、水谷さんの番、『も』だよ」

「分かった、『も』ね」

彼女はしばらく考えた後、思いついたように後ろの子に伝えた。

「次は『も』だよ」

「え!?君は何にしたの?」

僕が驚いてそう聞くと彼女は悪戯っぽく笑いながら言った。

「え?『もも』だよ」

「君って相当ずる賢いね」

僕がそう言うと彼女は笑った。

「ねぇ、河原君、次『し』」

僕の番がやってきたらしく後ろの席の人が僕に声をかけた。

僕が何にしようか考えあぐねていると隣の彼女が言った。

「しまうま、でいいじゃん。そんなに考えること?」

僕は彼女が言ったことをそのまま前の人に伝えた。

僕は後ろの子と楽しく話している彼女を横目で見ながらリュックからまた文庫本を取り出した。

読みかけの文庫本からしおりを取り出すとバスが急に大きく前後に揺れた。

僕が何事かと前を見ると時間表示がされているモニターに急停車の告知がされていた。

「はーい!皆さん、聞いてください〜!」

担任がマイクを持って大声で言った。

「今、渋滞に嵌ってしまったため、到着時間が遅くなる見込みがあります〜!いつ渋滞から解放されるか分からない状態ですー!」

「先生―!今どこですかー?」

男子生徒が担任に聞いた。

「今?ちょっと待ってね……」

担任もどうやら自分がどこにいるか分からないらしく運転手に確認していた。

「今、千葉の中部まで来たみたいですー!」

キャンプ場まで渋滞がなかったら三十分程で着いたらしい。

渋滞のため、着く時間が十五分程ずれ込むと担任は言っていた。

「私、バスの外に出たいなぁ」

彼女がそう独り言のように呟いた。

「出れば?医者には良いって言われてるんでしょ?」

「ううん。良いって言われてるのはバスに乗るまで。外に出て一緒に行動することは禁止されてるの」

彼女が寂しそうに笑った。

「でも、出たいの。一回でいいから皆と一緒に外で遊びたい」

彼女の願いはささやかなものだった。

僕はそんな彼女が可哀想になり、どうにかできないか、と考えた。

「ねぇ、君。お願いがあるんだけど」

「何……?」

彼女は小声でこう言った。

「お願い。私も外に出たい」

僕はそれで全てを飲み込んだ。

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