第2話 知らない世界へ
「皆はもうすぐ校外キャンプがあるのを知ってるわね?そのバスの座席決めをしようと思いますー!」
担任が騒がしいクラスに声を張って言った。
「えぇぇぇ!?もうそんな時期!?」
「めっちゃ楽しみなんだけど」
「早く行きてぇ」
クラスメイトの声がさらに大きくなる。
そこに担任が水を差すと言ってもいいことを言った。
「水谷さんも今回参加するからそこも考慮してね」
クラスメイトが急に押し黙る。
冷たい空気が教室中を流れた。
「え……。水谷さんって、誰だっけ?」
一人の女子が隣の席の子に囁くのが聞こえた。
「皆は知らないかもしれないね。高一になって始業式しか学校に来ていないから。水谷美雪さんよ。筋骨の手術でしばらく学校に来られてないの」
担任が説明をしてもクラス中はまだ疑問符が漂っているように感じた。
「え、でもさ、水谷さんと隣になりたい人なんていないんじゃない?」
一人の女子が言いにくそうな声音で担任に言った。
「でもね、そういう訳にはいかないのよ。誰か、なってくれる人いるかな?」
僕は雑念なく、手を挙げていた。クラス中が驚いたように僕の方を振り返った。
「河原君、ありがとう。じゃあ、他の人たちは今から座席を決めます。」
担任は安心したかのように口元を緩ませて話を進めた。
その後の座席はスムーズに決まったようだった。
「隣にしてくれた?席」
僕が病室に行くと待ちきれなかったという様子で彼女が詰め寄ってきた。
「うん。なんとか」
「ありがとう〜バスから外には出られないかもしれないけどバスまでは行けると思う。明日、術前検査があるけど、明後日の校外キャンプに支障はないと思うんだ」
「そう。でも、バスから出られないなら行く意味なくない?」
「そうかな〜?でも、行くだけ無駄にはならないでしょ」
「まぁ、そうかもね」
「クラスメイトの顔ぐらい覚えたいし」
彼女が寂しそうな笑顔を浮かべた時、誰かが病室に入ってきた。
友達だろうか。友達にしては身長が高い気がした。
「あ、お母さん」
「え……?」
彼女が呟いた言葉に僕が驚いて彼女の方を振り返ると彼女の母親が首を傾げていた。
「あなたは……どなたかしら?」
僕が口を開く前に彼女が説明をしてくれた。
「あ、彼はね。私の最初の友達だよ」
彼女の満悦の表情を隠せない様子を見て安心したのか彼女の母親は微笑みを僕に向けた。
「仲良くしてやってね。こんな子だけど実はすごく寂しがり屋だから……」
僕は彼女の母親の言葉に小さく頷いた。
「じゃあ、美雪、迷惑かけないでね」
「分かってるって〜じゃあね〜」
彼女の母親がドアを閉めると彼女は「何しにきたんだろうねー?」と不思議そうな顔に笑みを浮かべた。
「心配してるんだよ。君のこと」
「そりゃ、心配かけてるのは分かってるけどね。いつか親孝行してあげたかったなぁ」
彼女がため息とも似つかない息を吐いてベッドに潜り込んだ。
僕はかける言葉が見つからず、その日は彼女をそっとしておいた。
「は〜い!並んで、並んでー!」
ついに校外キャンプの日がやってきた。
校外キャンプは一泊二日で行われる。
クラスメイトの中には大きなキャリーケースを持ってきている奴もいた。
ちなみに僕の鞄はリュックで、学校で使っているリュックより一回り小さいものだ。
特に持っていくものは見つからず、学年通信の持ち物リストに書いてあるものしか入れてきていない。
バスはクラスごとに一台だった。
クラスメイトはどんどんバスに乗り込んでいく。
僕は一つ気にかけていることがあった。
彼女が来ないのだ。
絶対行く、と言っていたのに……。
次が僕の乗り込む順番になった。
僕は後ろが詰まっているので仕方なくバスに乗ろうとした。
すると後ろから大きな声が聞こえた。
「河原君〜!待ってよ〜!」
僕が振り返るとスポットライトを浴びたような顔の彼女がいた。
「遅かったね」
僕が乗りかけていたバスを降りて彼女に声をかけると彼女は少し笑った。
「ちょっと揉めたの。お母さんと。医者は良いって言ってたのに、お母さんが行って何かあったらどうするの?ってすごく心配するから」
「ふーん」
僕が適当に相槌を打つと担任が嬉しそうに近寄ってきた。
「水谷さん!来られたのね。良かったわ!」
「はい。お陰様で。私の席は河原君の隣ですよね?」
「えぇ。そうよ。河原君が隣になってくれて良かったわ」
担任がバスに乗るように促した。
もう全員乗り込んでいるため、僕たちが最後だった。
僕たちがバスの中に入るとクラスメイトが目を見張って囁き合うのが聞こえた。
「え!?あれ、誰!?」
「水谷さんじゃない!?」
「めっちゃ美人じゃん」
「肌の色白くない!?」
僕は席に辿り着くと彼女を窓側の席に座らせた。
僕が通路側に座ると後ろの席の女子が彼女に声をかけた。
「ねぇ。水谷さんだよね!?」
「うん。そうだよ」
彼女は幼い少女のようにあどけない微笑みを浮かべた。
「え〜!?ヤバッ!めっちゃ美人じゃん〜!」
「そんなことないよ〜」
彼女は本当に楽しそうに笑った。
僕は安堵のため息をついた。
僕以外にも話す人が必要だと思っていたから。
しばらくしてから僕が彼女の向こう側の窓に目を移すと、さっきまで楽しくお喋りしていた彼女が隣で寝息を立てていた。
僕は彼女の寝顔を見ながら思った。
普通の人じゃん。病気なんて嘘だよね。
そう思いたかったが、実際僕は彼女の病院にも行っているので嘘だとは思えなかった。
僕は流れていく景色を堪能した。
これからキャンプという謎のイベントで歩くので景色なんて見ている余裕がないからだ。
僕たちが行く所は千葉の南部にあるキャンプ場だ。
祝日や休日、連休は多くの家族で賑わっているらしい。
今回はそこをこの学校が貸し切ってキャンプをするのだ。
僕は床に置いたリュックから[校外キャンプ ~しおり~]と書いてある冊子を取り出した。
スケジュールのページを開くと今日の午後はカレー作りや肝試し、近場散策があるらしい。
僕はそのしおりを閉まって文庫本を取り出し、本の世界へ身を任せた。
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