第4話 新たな気持ち、君の言葉

「じゃあ、一列に並んで〜!」

担任はバスから降りた生徒たちをまとめるのに必死だった。

生徒たちはそれぞれ、いつもと違う景色を見て騒いだり、長時間のバスに疲れて伸びをしている奴もいた。

僕は彼女に手を貸しながらバスを降りた。

彼女は外に出ると大きく深呼吸した。

「気持ちいい〜!」

すると彼女を見つけた担任が血相を変えて急いで駆け寄ってきた。

「ちょっと、水谷さん、大丈夫なの?親御さんからは外に出ないようにって言われてるのよ?」

青く硬った顔とは対照的に彼女は淡々と言った。

「大丈夫です。もし具合が悪くなったら自分で対処できるように色々持ってますから。本当に具合が悪い場合は先生に言って病院に行きます」

彼女が真剣な眼差しでそう言うと担任は折れたのか「良いわ。でも体調が悪くなったらすぐに言うのよ?」

担任は僕が隣にいるのも忘れて饒舌になり、列の方に戻っていった。

「先生ったらさ〜私が病気のこと分かっちゃうじゃん〜もし、君が私の病気のこと知らなかったらどうするんだろうね?」

彼女は笑いながらそう言った。

僕は苦笑して列の方へと彼女の手を引いていった。



僕のテント班は男子編成で組まれているので彼女と同じテントにはなれなかった。

でも、彼女のテント班にはバスの中で喋っていた生徒もいるみたいなので少し安心した。

僕は荷物を下ろすとテント全体を見渡した。

テント内はかなり広く場所が取られており、十人入っても十分な広さだった。

「なぁ、河原はさ、水谷と友達なのか?彼女か?」

突然同じテント班の山崎が僕に話しかけてきた。

「いや、友達でも、彼女でもないよ。ただの知り合い」

そう言うと彼は何故かホッとしたような表情をし、テントから外へ出ていった。


「とりあえず、クラスごとに近場散策です。このクラスからなので適当に並んで早く出発します」

担任が生徒達に説明している。

「友達できたよ。ありがとう」

彼女が喜びを隠せない様子でそう言っていた。

「別に。僕は何もしてないから」

彼女はリュックを背負い直しながら前へ進む。

「途中でおやつ休憩をとります。それまでは散策なので大自然を満喫してくださいね」

担任が旅行ガイドみたいに生徒の方を向いてそう言った。

「わぁ!リスだぁ!可愛い〜」

彼女がリスを指差しながら言った。

「確かに。リスは東京のど真ん中にはいないからね」

僕がそう言うと彼女は大きく頷いた。

「本当に楽しい〜なんか久しぶりにこんなに歩いたなぁ」

彼女がダウンコートを深く着込むと身震いをした。

「寒いね。なんか冬にキャンプって珍しいかも」

彼女がそう言ったのにも無理はない。

普通は暑い夏などにキャンプをするものだ。

でもこの学校は冬にキャンプを行う。

僕も鳥肌が立つのを感じてコートを彼女同様深く着込んだ。

それから三十分程歩いた後、テントに戻った。


「カレー作りは行動班で行ってもらいます!それぞれのテーブルに材料が置いてあるからレシピを見て作ってください!先生、味見に行きますからね〜」

僕は彼女と一緒にテーブル付属の椅子に座った。

行動班は六人編成で女子三人、男子三人だった。

さっき、水谷美雪のことを彼女かと聞いた山崎もいた。

「じゃあ、係に分けるから。ちゃんと聞いててね」

グループリーダーが僕たちに指示を出した。

「私はお米を炊く&洗う、白石さんは野菜を切る&洗う、河原君と水谷さんはカレールーを入れてかき混ぜる、山崎君はシンクを片付ける、藤田君はゴミが出たら回収し、先生の所にまとめて持っていく。分かった?」

役割分担を発表され、僕たちは指示された通りに動き始めた。

グループリーダーがしっかりしているため、効率的に終わらせることができそうだ。

「でもさ、カレールーを入れてかき混ぜるのって最後の段階だよね?」

彼女がレシピを横目で見ながらそう言った。

「そうだね」

「じゃあ、手伝おうかな。小野さん、手伝うよ」

彼女はグループリーダーに声をかけて隣で洗ったお米を研ぎ始めた。

小野さんはありがとう、と小さく微笑んだ。

僕は白石さんを手伝おうと近くに寄って声をかけた。

「手伝おうか?」

「あ、ありがとう。じゃあ、人参切ってくれる?もう洗ってあるから」

僕は人参を切りながらそっと彼女を盗み見した。

彼女は小野さんと楽しそうにお米を研いでいた。

僕は不格好に人参を切りながら隣を見ると白石さんが手際よく玉ねぎを切っていた。

僕は肉も筋に沿って切った。

どんどん順調に進んでいくカレー作り。

他班がまだ野菜を切っている段階で僕たちの班はカレールーを入れることになった。

「じゃあ、入れるよ。私が入れたら君がかき混ぜてね」

彼女がそう言い、カレールーを数個入れる。

僕は素早くかき混ぜ、満遍なくカレールーが溶けるまで混ぜた。

「ちょっと変わってくれる?」

腕が疲れたので彼女に変わってもらうことにした。

彼女はカレーの香りを吸い込みながら長い息を吐いた。

「病院食のカレーって美味しくないんだよね」

彼女が周りに誰もいないことを確認して僕に言った。

「へぇ。僕も小さい頃食べたことあるけどあまり美味しくなかったな」

「そうなの。カレーってたまに出てくるんだけど、不味くて食べられないんだよね」

彼女はカレーの鍋を押さえてかき混ぜながらそう言った。


結局僕たちの班が一番先に終わった。

僕がテントに戻るとまだ誰も戻っていなかった。

きっとほかの奴らはカレー作りに勤しんでいたり、肝試しに参加しているのだろう。

僕はテントの外に出た。

星が綺麗な夜だった。

外に出ると彼女が男子班のテントの近くにいた。

僕が近寄ると彼女はびっくりしたように大袈裟なほどに飛び跳ねた。

「わ!びっくりした。なんか言ってよ」

僕は黙ったまま彼女が見つめている視線を追った。

無数の星が夜空に瞬いている。

「私ね、告白されたの」

彼女が突然僕に向かってそう言った。

「え……!?」

僕が驚いて隣を見ると彼女は夜空に浮かぶ満天の星を見上げていた。

「山崎君に告白されたの。さっき、カレー作りが終わって戻る時。……私が何て答えたか知りたい?」

僕は迷わず、頷いていた。

「ごめん、って断った。他に好きな人ができたからって」

「そう……」

頭を殴られたようなショックが全身を貫いた。

僕はショックだった。

何がそんなにショックなのか僕自身も分からなかった。

彼女は無言で星に手を伸ばした。

僕は躊躇せず、彼女の手に自分の手を重ねた。

彼女は何も言わなかった。

僕は何も言わなかった。

すると突然隣で鈍い大きな音がした。

誰かが倒れるようなそんな音であった。

彼女は手と足を無造作に投げ出して倒れていた——。

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