~卑劣! 男の子が悲しむことのない世界を目指して~

 ポーションタバコ。

 タバコを吸った者にポーションの効果を与える。

 なんとも神への冒涜的なタバコだ。

 発想が盗賊らしいと言える。

 神さまの懐からお金を盗むような行為だ。神官がブチギレて殴り込んできてもおかしくはない。

 そんなタバコを開発したタバ子に俺は開発資金を渡し、告げた。


「煙にポーションの効果を付けられないか?」


 金の詰まった革袋の重さにビビりながらもタバ子は怪訝な表情を浮かべた。


「煙? どういうこと?」

「ポーションの効果範囲を複数に伸ばせるかと思ってな。現状のポーションの使い方って、飲むか傷にかけるか、だろ」


 効果の差異は分からないが、基本的にはそのふたつ。

 飲んでも傷にかけても回復効果は同じなので、状況によって使い分けたりする。気絶した相手に丁寧に飲ませるよりかは、直接傷にぶっかけたりする方が対処は早い。

 あと、戦闘中に飲む暇が無かったりするので、傷にかける方が使い方は多いかもしれないな。

 飲む場合は、単純にノドが潤うということもある。

 まぁ、なんにせよ飲む場合は余裕がある時だ。

 そのふたつ以外のポーションの使い方と言われても何も思いつかない。


「そうね」

「できれば効果が保障されているポーション瓶をまるまる1本、ひとりで使いたい」


 ポーション瓶はそれほど大きくない。内容量は一息で飲める程度。

 まぁ、これで効果が充分に期待できるほどではあるんだが……


「お金が無い冒険者って、節約するだろ。1本のポーションをみんなに分け合ったり」


 傷の程度にもよるが、ポーションを分け合うのルーキーは多い。

 その日の生活費を捻出しないといけない彼らは、余計な出費を抑えたいわけで。

 ポーション1本すらケチりがちだ。


「アタシ、冒険者ごっこはしたことないのよねぇ」


 すっかりと革袋の中身に夢中になっているタバ子だったので、俺は革袋を取り返した。

 避けられるかと思ったが、油断していたらしく簡単に取り返せる。


「あ~ん、アタシの金が!」

「まだおまえの物になっていない」


 ちゃんと話を聞きなさい、とテーブルの上にダイブしてくるタバ子を避ける。


「換金する当てはあるのか?」

「盗賊だよ、舐めないで」

「だったら話を聞け」


 は~い、と気乗りしないような返事をしつつ、タバ子は席へと戻る。


「さてポーションだが――」

「複数人で使えるようにしたいわけね」


 分かってるじゃないか。

 俺は表情をしかめる。


「はは~ん。さてはさてはエラントちゃん。女の子にポーションの残りを渡したけど、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた経験がお有りですのかな? かなぁ?」

「ぶっ殺されたいのか、バタ子」


 なにがタバ子だ。

 おまえなぞ、バターでいい。バタバタどんくさい動きをするバタ子で充分だ。


「タバ子ですらなくなった!? も~、ちゃんと名前おぼえてよ~。アタシの名前は――」

「こうなったら意地でも覚えてやらん」


 革袋から金の粒を取り出し、親指で弾く。それを犬のようにキャッチするタバ子。


「うへへへへ、アタシの名前はタバ子でやんす旦那ぁ」

「ダメな大人だなぁ」


 金に汚い商人みたいな表情を浮かべる。

 これも演技だと思われるので、呆れるしかない。


「で、マジで拒絶されちゃったの、エラントちゃん」

「ぐぅ!」


 いきなり急所をえぐられた。

 勇者パーティ時代にピンチにおちいり、手持ちのポーションを分配した時に賢者と神官の表情が明らかに曇ったのを俺は見逃さなかった。

 この盗賊として鍛えられた俺の動体視力と相手の視線から感情を読み取る能力が憎い!

 俺がなにをしたっていうんだ!

 口を付けてもないし、フタすら開けてないポーションだぞ!

 綺麗だもん!

 ピュアなポーションだもん!

 ……と、若い頃のトラウマがよみがえってしまった。

 ちょっとつらい。


「うわぁ、ごめんねエラントちゃん。ほら、アタシの吸った後のタバコ吸っていいよ」

「ゴミは捨てろ」

「失礼な。アタシってばそこそこモテるんだから、吸い殻なんて目玉商品よ! 欲しい人、手をあげて!」


 盗賊ギルド内がシーンと静まり返った。


「ほら、みんな恥ずかしがって手をあげられない。しょうがないからエラントちゃんにあげるね」


 俺の前にタバコの吸い殻が捨てられたので、丁寧に灰皿に捻りつぶしながら捨てた。


「そんな悪意を込めるような捨て方しなくても」

「悪意を込めた」

「だからエラントちゃんはモテないのよ」

「おまえに何が分かる、ババァが」

「ひっど! ギルマスに言いつけてやる!」


 言いつけてどうなるんだよ……俺は学園都市の盗賊ギルドに所属してないぞ。


「まったく話が進まん。理由はどうあれ、複数人で使えるポーションってのは需要はあるはずだ」

「モテない男子のためにも、必要そうね」


 言い方は悪いが……うん。ホント、そのとおりだと思います。

 みんなでポーション煙を取り囲めばさ、男女の仲もちょっとは良くなるんじゃないかな。

 若者よ。

 俺たちおじさんの悲しみの屍を越えていってくれ。

 あと、打算的な目論みもある。

 タバ子のやっていることはポーションの加工であり、それはつまり神への冒涜に繋がるものであり、神殿ブチギレ案件である。

 しかし、もしもこのポーション加工が成功し、世に認められれば……

 それはエクス・ポーションの存在を公表しやすくなるのではないだろうか。

 作り方を伏せるにせよ、発表するにせよ、今までにない形のポーションがある、という神殿への前準備というか、なんというか、そういうものになれば良い。

 もしくは。

 徹底的に神殿がポーションの加工を認めない、というスタンスを取ってくるのかどうか、みたいな実験にもなるだろう。

 それでタバ子が叩き潰されるかどうか、見ていればいい。

 まぁ、こいつのことだ。

 危なかったら、それこそポーションタバコの権利を奪い取った豪商になすりつけるだろ。

 神殿と世間の反応を見て、エクス・ポーションをどうするのか。

 良い社会実験になるかもしれない。

 社会実験って言葉、こういう使い方であってる?

 まぁ、いいや。

 しかし、どっちにしろ。

 どうあがいても時間遡行薬は公表できないけどね。


「でも煙にポーションの効果か~。どんなのを想像してるの、エラントちゃん」

「タバコみたいに煙が出て、それを吸ったり浴びたりすると効果が出る。そういうの作れないか?」

「それって、お香みたいな感じかも」

「お香か、なるほど」


 いわゆる良い香りをする物で……そういえば、お香がなにから出来ているのかまったく知らないな。

 あまり入浴の習慣がない地域で、体臭を誤魔化すために使われていることも多いし、甘い香りで娼館に使われていることも多い。

 そういえば催淫効果もあるとか聞いたことがあるが……雰囲気とにおいに頭がクラクラしているだけではないか、なんて思う。

 いや、その、ほれ、実際に使ったこともないので何とも言えない。


「お香は専門外か?」

「うんにゃ、興味はあった。ちょっとオシャレじゃない、お香って。女の子が大好きだと思うよ。柑橘系のにおいとかポーションに付いてたら人気出そう。いい機会だからやってみたい」


 ようやくまともな前向き発言があったので、俺は革袋をもう一度タバ子に手渡した。


「よろしく頼む」

「権利はアタシが9でエラントちゃんが1ね」

「いいぞ」

「いいの!?」


 冗談で言ったつもりだったんだろうが、充分だ。むしろ権利などいらない。

 お金に関しては、もう何も心配する必要がないんだよなぁ。

 なにせ黄金城をクリアしたので。黄金取り放題なので。換金するのが面倒だけど。贅沢な悩みなので口には出してはいけない。


「危ない橋だからな。俺の名前は出さないでくれ。神殿に追われたくはない」

「あ~、確かに」


 タバ子も微妙な表情を浮かべる。


「神への冒涜とか言うけどさ、神さまってそんなに見てるものなのかなぁ。いや、否定するわけじゃないよ? 私も神に祈る時あるし。でも世界って広いから、こんなピンポイントを見てると思う?」

「わりと見られてると思うが?」

「あれ!? エラントちゃんって信心深いほうだったの?」


 意外だ、とタバ子の視線を俺は受け入れた。


「神殿の孤児院で育ったからなぁ。神さまじゃなくて精霊女王のほうだけど」


 そっちか~、とタバ子は肩をすくめる。


「あと冒険者みたいなことをしてたからな。ポーションには世話になった。死にそうになった時のポーションのありがたみを知ってしまうと、神に感謝する気持ちが分かるぞ」


 うんうん、と周囲でもうなづいている盗賊が何人かいる。

 というか君たちヒマなの?

 俺たちの話を聞いているのは別にいいんですけど、言いふらさないでくださいよ?

 そのあたり、盗賊の良心に期待しますけど。


「冒険者か~。一回やっといた方がいいのかなぁ」

「その年齢でルーキーだと、おばさんとか言われて馬鹿にされるかもしれないから気をつけろ」

「誰がおばさんだ! アタシまだ若いもん!」

「何歳なんだ?」

「レディに年齢を聞くとは何事だ!」


 怒られた。

 でもぜんぜん怖くも恐ろしくもない。

 そう。

 年齢を聞かれて答えないヤツは、漏れなくババァだ。12歳やそこらの者は必ず教えてくれる。さすが純粋なる少女たちだ。美しい。


「エラントちゃん嫌い」

「嫌いで結構。お香の開発、頼んだぞ」

「はいはい、やりますぅ。定時連絡とかどうやればいいの? エラントちゃん全然学園都市にいないじゃん」

「学園長に伝えてくれ。そしたらこっちに繋がると思う」

「げぇ」

「なんだ、嫌いなのか学園長」

「あの人ってば、話が長い」


 まぁ、それはそうなので仕方がないというか、なんというか……


「こらえてくれ。無駄遣いしてもいいが、金が無くなったら言ってくれればいい」

「してもいいんだ……アタシ、ダメな女になりそう」

「安心しろ。もうすでにダメだ」


 なんだとう、と叫ぶタバ子に手をヒラヒラと振って、席を立ち上がる。

 さてさて当初の目的を遂行しよう。

 俺は奥のカウンターまで移動すると、俺らの様子を見守っていたギルドマスターのふたりに声をかける。

 イウストラムとシニストラム。

 双子……ではなく、三つ子のギルドマスターだ。


「「こんにちは、エラントさま」」


 そろって聞こえる声はまったく同じで、耳がおかしくなったように聞こえる。

 天然の幻惑装置のようだ。

 双子ってのは恐ろしい。


「今日はどのような」

「用件でしょう?」

「情報を買いに。『ディスペクトゥス』について伝わっている情報を何でもいいので教えてくれ」


 俺は革袋をもうひとつ取り出しカウンターに置く。

 それを持ち上げるイウス、もしくはシニス。

 どっちがどっちかさっぱり分からん。


「これでは多すぎますが」

「それほどまでに深い情報を探せ、ということでしょうか?」


 俺はうなづく。


「探れる程度は探って欲しい。噂程度の物は今教えてもらえるか」

「「わかりました」」


 双子は同時にうなづく。

 さて、どの程度ディスペクトゥスの噂が伝わっているか。

 きっちり把握しておこう。

 まぁ結論から言うと、だいたいは真実が伝わっており、黄金城関連の話が追加された程度か。

 地下迷宮をクリアした、という話は伝わっていないので大丈夫だと思うが。

 この金での支払いがどう影響していくか。

 よくよく周囲には考えて欲しいもである。

 もちろん。

 俺がディスペクトゥスのエラント、という情報と紐づけられていることが前程だが。

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