~卑劣! ハイ・エルフじゃなかったら掴みかかっていた~

 無事に転移が完了した。

 学園都市にお姫様ご一行が到着しても、そこまで物々しい雰囲気にはならない。

 なにせ、毎日がお祭り騒ぎ。

 学園校舎はもちろんだけど、街中ですらそれは変わらず、そこかしこで新しい道具や技術などが実験されている。


「なんだ!?」

「爆発したぞ!」


 まぁ、逆に。

 めちゃくちゃ危ない環境であるのかもしれないので、近衛騎士の皆さんは一気に警戒心がマックスになった。


「大丈夫です。日常茶飯事ですから」

「これが!?」


 みんな驚いている。

 無理もない。

 マトリチブス・ホックは王国所属の騎士たち。しかも末っ子姫に仕えるエリートたち、ということで、そのほとんどはお嬢様でもある。

 学園都市の話など聞いたことはある程度で、実際に訪れるのは今回が初めてに違いない。

 まぁ、商人や冒険者でもない限り、ほとんどの人間種は生まれた街や国から出ることはあまりないけどね。

 あとは旅人くらいなものか。

 各地に情報をもたらす旅人は貴重な存在でもあったのだが、最近はそうでもないんだろうなぁ。

 なんて、自分が旅人に擬態しているからこそ思ってしまう。

 おひかえなすって、という挨拶も失われつつあるに違いない。

 パルに出会えたのもギリギリだったのかもしれんなぁ。


「では、物資の調達に行って参ります」


 お買い物係として任命されたメイドさんと、荷物持ちであるマトリチブス・ホックのメンバーがそれぞれ散開していく。大体の場所は伝えてあるので、問題はないようだ。

 そのあたりも訓練されているのだろうか。

 さすが近衛騎士。


「お気をつけて行ってきてください」

「ありがとうございます、姫様」


 堂々と姫様と呼ばれているが、まぁ真っ黒な甲冑を着込んだ王族などいるはずもなく、ましてや学園都市の騒ぎの中だ。

 早々と注目されることはない。

 というか、学園都市の生徒などはそこに王族がいようと貴族がいようと関係なく自分の実験に夢中になる変人ばかりだ。

 不敬だと殺されないことを祈るばかり、なのかもしれない。


「ではヴェルス姫。俺は学園長に話があるので行ってきます。パル、ルビー、問題を起こさないように」


 はい、とパルとヴェルス姫は返事をする。


「問題が向こうからやってきた場合はどうしましょうか? 叩き潰してもよろしくて?」

「ルビーなら遠慮なく叩き潰せるだろ」

「巻き込まれたフリをして黒幕の存在を確かめなくてもいいのかな、と」


 無駄な心配だろう。

 この状況でヴェルス姫を狙ってくる知能犯など存在できないはず。

 仮にいたとするのなら、犯人は身内となるわけで。

 ちゃんとお給料ももらっているし待遇も良いマトリチブス・ホックやメイドさんが、早々と主を裏切るメリットなど、ひとつも見当たらない。


「単なる物資調達にそこまで危険はない。というか、すぐに離れるつもりだしな。遠慮なく叩き潰してくれ」

「了解です。では、わたしはラークスくんのところへ行ってきますわ。浮気してきます。浮気ですよ、師匠さん? 問題ですわよね。叩き潰します?」


 それが言いたかったのか……


「非常に心苦しいが俺が言えた義理ではない。ので。叩き潰しません」

「……つまんないですわ」


 じゃぁ、どうしろと。


「行くな。その一言が欲しいのです」

「――行くな。おまえは俺の物だ」

「ふきゅん」


 なんか変な声が聞こえたな。

 どっから声を出したんだ、ルビー。

 あとヴェルス姫が口を両手でおさえて目を見開いている。あと、マルカさんがフラフラしている。バイザーの奥に見える瞳が潤んでいるし、他の近衛騎士の雰囲気も浮ついたものになった。


「し、師匠さん。そんなのズルいですわ。あぁ、あぁああああ、我慢できなくなってしまいそう! 今から! 今からぁ!」

「ダメ」


 興奮して今にも襲ってきそうになったルビーの首にパルがシャイン・ダガーを突き付けた。

 え、はや……すご……

 マジで?

 つよ……こわ……

 でも凄い。

 パルに惚れなおした。


「――すぅ。はぁ。取り乱しました、ありがとうございますパル。冷静になれましたわ」

「師匠はあたしが一番だもん」

「そのとおりです。順番を抜かすわけにはいきません。でも、今の師匠さんの一言にときめくなと言われると、それは無理ですわ」

「分かる。凄かったよねぇ。胸の奥がきゅ~ってなった」

「分かります分かります!」


 パルとルビーの会話にヴェルス姫が加わって、俺をじ~っと見上げる三人の美少女。


「不意打ちでしたわ。危なかったです」

「私も、自分のことではありませんのに心を打たれてしまいました」

「たまにこういうの言ってくれる師匠ってズルイよね」


 いやぁ。

 半分冗談の半分本気みたいなヤツだったんだけどなぁ。


「そんなに良かった?」


 はい、と三人はうなづく。

 なぜか後ろで近衛騎士の皆さんもうなづいている。


「じゃぁ、今後はやめておこう」


 えぇ~~~、と最大の抗議の声をあげる美少女たちにヒラヒラと手を振って俺はその場を逃げるように後にした。

 なんか恥ずかしかったので。


「ふぅ」


 茶化してきたルビーを茶化し返したつもりだったんだけど。

 やり過ぎだったようだ。

 いや、うぬぼれてはいけない。

 俺がそんなにモテるんなら、勇者パーティを追放なんかされてないもんな。勇者がモテモテなので、戦士といっしょにヒガんでいたのは、まぁ、本気だったけど。

 だって村の女の子とか全員だったよ?

 奥様とかお姉さまとかは別にいいんだけど、明らかに『初恋』って感じの女の子が健気に一輪の花を持ってきて、それを勇者に手渡して逃げるように去っていくんだよ?

 ズルい!

 あんな可愛らしい女の子に想われるなんてズルい!

 超うらやましい!

 と、本気で思いました。

 なんで俺はモテないんだ! と、戦士といっしょにぶぅぶぅと文句を言った覚えがある。

 まぁしかし。

 俺のたった一言で女の子たちがきゃぁきゃぁと騒ぐのは……ちょっと嬉しい部分もある。


「ざまぁみろ、勇者め」


 見たか!

 俺の時代だ!

 俺だってモテるんだぞ。

 しかも美少女だ。

 それも三人!

 弟子と吸血鬼とお姫様!

 と、今も魔王領で頑張ってる幼馴染へ向けて、心の中でガッツポーズした。


「……」


 いや、意味分からんな。俺って本当にモテてるの?

 これって本当に現実か? 夢か?

 幻かもしれない。

 もしかしたら精霊女王ラビアンの加護かも。

 ありがとうラビアンさま!


「――」


 違いますって言われた。

 あ、はい。

 聞いておられたんですね、すいませんでした……


「……」


 とりあえず気を取り直してさっさと学園長に話を聞きに行こう。

 乗り合い馬車に乗って学園校舎へ行き、街中とは比べ物にならないほど騒がしい校舎の中を中央へ向かって歩いて行く。

 木の根を避けながら進んでいくと、いつもの中央樹の根本へ到着した。

 相変わらず紙束と本が散乱している。

 そんな中で、神々しいほど真っ白な存在としてハイ・エルフが静かに本を読んでいた。


「学園長」

「ん? やぁ盗賊クンじゃないか。前に会ったのはいつだっただろうか。もうすっかり忘れてしまったねぇ。私も年かもしれない。引退が近いのではないだろうか」

「年なのは事実だなぁ」

「失礼だな盗賊クン。こんなにカワイイおばあちゃんに、年齢を実感させる言葉を放つとは。私がハイ・エルフでなければ怒っているところだったぞ」

「怒るとどうなるんだ?」

「盗賊クンとは口も聞いてあげない」

「そいつは困る」


 俺は、降参だ、とばかりに両手をあげてヒラヒラと振った。

 ハハハ、と楽しそうに学園長は笑う。


「どうぞ座りたまえ。ただし本の上に座ることは許可できない。これは大切な記録と記憶を文字としてまとめたもの。人間種が手に入れた最大限の発明であり、叡智の結晶とも言えるものだ」

「そんな叡智の結晶を床に適当に置いておかないでください」

「大昔は棚に納めていたんだよ」


 でもね、と学園長は悲しそうに目を伏せた。


「重みで崩壊した。本の雪崩というものを最初に経験したのはこの私だと自負している。まぁ、当時の紙は羊皮紙であったり、まだまだ分厚い物だったりしたので、本のサイズも大きかったのが原因だけど。それがきっかけで良質な紙の開発を急がせたことは有名だろう?」


 いや、ぜんぜん知らん。


「そんなことより学園長。聞きたいことがある」

「ほう! 質問かね!」


 嬉しそうに目を輝かせるハイ・エルフ。

 もしも見た目通りの年齢だったらとてもカワイイのだが、残念ながら人類最古のハイ・エルフであり、ババァもババァ。百周ぐらいまわってしまった可愛さなのが残念だ。

 しかしそんな可愛さを感じている場合ではない。


「質問ではなく詰問と言いたいくらいだが」

「おっと、穏やかではないね。詰問か。拷問される覚悟は持っておいた方が良いかもしれない。盗賊には捕縛術というものがある。相手を拘束する技術ではあるが、それはある種の美しさを伴うことを私は知っているよ。こう、縄が食い込んでいく姿は芸術性すら感じる。あれを開発した者は天才だったに違いない。敬服するよ。では、やってくれたまえ」

「やらん」

「なぜ!?」


 それは俺が捕縛術を使えないからです。

 使えたとしても、やりませんけどね!


「トゥルトゥル縛り、とか経験してみたかったんだけどなぁ……どれだけ暴れても縄が解けない鉄壁の捕縛術。レクタ・トゥルトゥルに匹敵する堅牢さ、だと伝わっているので、むしろ破りたくなってくるのだよ。お願い、私を縛って」


 嫌です。


「ひとりでやっててください」

「ひとりでやってると変態みたいじゃないか。一緒に変態になってくれよ、盗賊クン」


 お断りします。

 相変わらず話が長いというか、反れるというか。

 俺は手をヒラヒラと振ってさっさと本題に入ることになした。


「砂漠の女王陛下から連絡がありました。遠隔会話装置で」

「そうか。わざわざその報告に来てくれるとは義理難いねぇ。どんな内容だったのか教えてもらえるかな?」


 ニヤリと学園長は笑った。

 つまり、話すまでもなく内容を知っているわけだ。


「その前にひとつ」


 なにかな、と分かってるくせに学園長はわざわざ俺に言わせる。

 はぁ~、とため息をひとつ吐き出し、俺は学園長に告げた。


「情報が漏れてるぞ。転移の腕輪の件も知られている」

「出どころはすでに潰した。だが、一度降ってしまった雨を再び天に戻すことはできない。世界の外へ流れた海の水と同じだ。果ての地に降りて戻ってきた者はいないね」


 すでに対策はしたようだが……すでに手遅れだったらしい。

 流出した情報は、どうやっても元の形には戻らない。

 噂と同じだ。

 一度流れてしまった噂をゼロにするのは不可能である。

 学園長は肩をすくめた。


「遅かれ早かれ、いずれは来る未来だ。その最先端を私たちだけが歩むわけにもいくまい。今はまだ細い枝だが、太い幹となり、やがては盤石な根となる。この中央樹のような技術になることは間違いない」

「それは分かっているが……エルフの秘匿はどうなる?」

「うむ」


 学園長は深くうなづいた。


「盗賊クン……いや、プラクエリス。ひとつ頼みがある」


 本名を呼ばれ、俺は息を飲んだ。

 重要な話らしい。

 学園長も真面目な表情を浮かべている。


「ちょっとエルフに謝ってきて」

「ふざけんなババァ!」


 胸ぐらを掴み上げて叫びたかったが、なんとか我慢した俺を誰か褒めてくれ。

 なぁ、勇者。

 俺も頑張ってるよ!

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