~卑劣! 裏世界は利権と権利には厳しい~

 学園都市へ転移する。

 と言っても、さすがにこの大人数で学園長のいる中央樹へ転移するわけにもいかない。絶対なんか事故とか起きる。本とか紙束だらけだし、メイドさんが着地できるわけがない。

 ので、先に頃合いの場所を探るために俺だけ学園都市へ転移した。

 大人数がいきなり転移してきたとしても目立たない場所、なんてものは年中騒がしい学園都市の中にあるはずもない。

 まぁ、逆に大人数が突然現れたとしても、学園都市では誰かの実験だと思われなくもないだろうが……安全には安全を。

 というわけで、学園都市から出た海岸の岩場の陰を発見。

 目印というか記憶しやすいように、投げナイフを岩の上に置く。

 何も無いよりマシだ。

 パルとは違って、俺の記憶なんて曖昧なものだからなぁ。


「おぼろげな記憶で転移するとどうなるんだろうか」


 咄嗟に転移しないといけない状況が今後発生するかもしれない。

 その時のために実験しておきたいけど……気持ち的には実験したくない。

 深淵世界に放り出されたれどうなるか分かったものではないし、岩や壁の中に転移してしまったらどうなるのか分かったものではない。

 一応、勇者に転移バックスタブを喰らわせた時は単なるナイフでさえ鎧を通ったのだが。


「自分の身体の場合はどうなることやら」


 岩が押し出されるのか、こちらの身体が押し出されるのか。

 はたまた、融合してしまうのか。


「恐ろしい」


 想像すらできない現象に身震いすらできやしない。

 ぜひ改良型の転移の腕輪には安全装置を付けてもらいたいところだ。

 なんて思いつつ、しっかりと岩場の陰を印象付けて学園都市へ移動する。さすがに転移の腕輪のチャージが終わるまで岩場でぼ~っとするのは時間がもったいない。

 パルやルビーを連れてきても良かったのだが、その場合はなんとなくヴェルス姫を仲間外れにしてる気がしたので。

 ひとりぼっちでお留守番をするわけじゃないけど、パルやルビーとはあらゆる意味で立場が違うので当たり前といえば当たり前だが。

 それでも仲間外れはダメでしょ。

 勇者パーティでほぼ別行動を取っていた俺が言うのもなんだが。

 さみしいものだよ?

 アウダとヴェラの3人でゲラゲラ笑いながら旅をしていた頃が懐かしい。


「あれは何年前だ?」


 それこそ勇者パーティ時代で、賢者が仲間になる前だから……少なくとも学園都市に来る前の話だ。若かったなぁ~。魔王領で3人でちょっとした冒険ができたのが嬉しかった。

 魔王を倒したら、また3人で旅ができたらいいなぁ。


「それはパルとルビーが許してくれないか」


 まぁ、ふたりが許してくれたとしても、世間が許さないか。

 勇者は『勇者』として祀り上げられるだろうし、戦士は王様になる夢を叶えられるかもしれない。それこそ、勇者だって王様や王族になる可能性はある。

 そんなふたりと気楽な旅ができるか?

 絶対に無理だよなぁ。

 あと賢者と神官が勇者の第一夫人と第二夫人になるだろ?

 そうなると、おいそれと連れ出すこともできないと思う。きっと賢者のことだから転移の腕輪を無効化する結界とか開発してくるに違いない。


「ふむ」


 堅牢な勇者の城からどうやって勇者本人を連れ出すか。

 勇者誘拐計画。

 これは盗賊の腕が鳴るというものだな。

 なんてことを頭の中で思い描きながら学園都市内を歩く。冬となった今でも、変わらず騒がしい学園都市。肌寒さは感じるものの、パーロナ国よりは温かいようだ。

 まぁ、それでも。

 筋肉研究会が上半身裸で湯気を放ちながらジョギングしている姿は名物でもあるが、異常だとも思える。女性が混じってるのが不思議だなぁ。

 彼らの研究はいつ終わるのだろうか。

 完成品を見てみたいものだ。

 さてさて、そんな筋肉の塊たちを横目に、やってきた乗り合い馬車に乗り込む。今日の乗り合い馬車は異様に低い。車輪が窓の横にあるようだ。どんなコンセプトで作ったんだこれ?

 そのくせガタガタと揺れる振動は少ない。

 乗り心地を求めたらこうなったんだろうか?

 不思議だなぁ。

 静かに馬車に揺られて街の東へ移動する。そのまま目的地である『知識の墓場』へ到着した。

 木造の建物で窓枠にはガラスがない、そんな飲み屋。

 俺は遠慮なく中へと入った。


「いらっしゃい! だが、まだ営業時間外だ旅人さん」

「あぁ、それはすまない。逆さまにしたエールと殻に裂け目ができなかったピスタチオが欲しいんだが、今すぐは無理か?」

「なんだそのみょうちくりんな注文は? まぁせっかく来てくれたんだ。ナイショにしておいてくれよ。そっちの扉の奥で食べていってくれ」

「助かる」


 店員にお礼を言って案内された扉をくぐる。

 その先は倉庫になっており、棚のそばにある目立たない扉を開けて中へと入った。

 木造から石造りの部屋へと変わり……中は気だるい盗賊たちの巣窟になっている。

 学園都市の盗賊ギルドだ。

 今日も今日とて、健康に悪そうな怪しい煙がただよっている。


「おにょ!」


 目の前に漂ってくる煙を手で払っていると奇妙な声が聞こえた。


「お兄さんじゃん。久しぶり~!」


 嬉しそうに駆け寄ってくる有翼種の女の子。

 なんか衣服がピンクとかオレンジでけばけばしいのだが? なんだその肩からななめにかけているポシェットは。小さすぎて何もアイテムが入らんだろう。

 なんというか痛々しさを感じる姿だった。


「タバ子か」

「誰がタバ子じゃい! ちゃんと名前おぼえてよ、お兄さん」

「おまえを妹にした覚えはない」

「いや、これは娼婦を参考にした客引きという意味での、お兄さん」

「下手くそか」

「うい」


 認めんなよ。


「なにしに来たの?」


 テンションが急降下したようにタバ子はスンとなって質問してきた。

 もしや怪しい薬物の煙でも吸っているのだろうか。

 近づきたくない。


「盗賊ギルドに用事があるやつなど、二種類だろう」

「つまり暗殺か覗きね」


 盗賊ギルドの使い方が狂っている。

 特に後者。

 覗きって言うな、覗きって。


「情報収集だ」

「だったらこっち」


 タバ子が俺の腕に抱き付こうとするので、ひょい、と腕を上げて避ける。しかし、そこは相手も盗賊。腕が避けたと分かると、すかさず俺の胴体へと狙いを変えるがその程度の動きに俺も負けるわけがなく。

 席に座ってる他の盗賊たちに迷惑にならないようにテーブルの隙間を逃げ回った。


「ちょっとぉ! 乙女が抱き付こうとしてるんだから受け入れなさいよ!」

「何を考えている。用件を言え。話次第では協力してやる」

「……ほんと?」

「嘘は言わん」


 タバ子は途端に明るい雰囲気を消し、ちょっとダウナー気味の表情を見せた。テンションがマイナス側へと移動したようだ。

 もしかしたら、これが本来の顔かもしれない。

 化粧のおかげで明るい雰囲気があるのだが、ぎょろりとした目玉が俺を見ているような気がした。

 これだから盗賊職の女っていうのは怖い。

 怖いというか、信用ならない。

 はじめから隠しもせず陰鬱な雰囲気をただよわせているゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディさんの好感度が勝手にアップしていくようだ。

 もちろん、タバ子のこの雰囲気も嘘の可能性がある。

 盗賊スキル『みやぶる』を使用しても、簡単に見抜けないので。

 どれだけ注意しても、足りないことはない。


「アタシさぁ、困ってるのよ。あぁ、立ち話もなんだし座ってエラントちゃん」

「ちゃん付けはやめてくれ」

「アタシのことタバ子って言うんだもの。アタシも好きに呼んだっていいよね」


 有無を言わさぬ雰囲気。

 タバ子は席に座ると、どうぞ、とすすめてくる。

 仕方がないので座る。


「で、何に困ってるんだ?」

「お金」

「……よし、話は終了だ」

「あ~ん、待って待って待って!」


 途端に雰囲気が戻るタバ子。

 やっぱりこっちが素か?


「身体でも売ってこい。おまえならそこそこ稼げるだろ」

「やだやだやーだ! お金を貸してくださいお兄さま!」

「誰がおまえの兄だ、っつってんだろうが」

「そういう意味じゃなくて、客引きだって言ってるでしょ!」

「本物の客を引いてこいよ!」

「むーりー!」

「なんでだよ!」

「アタシは、ほら、清純派? で、売ってるし?」

「タバコの煙を吐き出してる女が清純派を名乗るな。ババァが」

「ひどっ! エラントちゃんは今、全人間種の女性を敵にまわした!」

「おう」

「認めた!?」


 ロリコン舐めんな。

 全員爆ぜろ。


「もう、やだやだやだやだやだ~!」


 ついにタバ子はテーブルに突っ伏してバタバタと叩き始めた。

 なんだこのダダっ子は。

 ひとつも可愛くない。


「何があったんだ?」


 仕方がないので近くにいた盗賊青年に聞いてみる。


「代々的に売り出した新商品の権利を豪商に全部奪われたんですよ、こいつ。適当にやってるからこうなる」

「あぁ~、そいつはご愁傷様。どんな商品だったんだ?」

「ポーションのタバコだ」


 ほう!

 それはなかなか面白そうな商品だな。

 しかし――


「良く神殿が許したな。ポーションは神の奇跡だろ? それをタバコにしようだなんて考えは冒涜だ、とか何とか言われそうだが」


 エクス・ポーションを作る実験でさえ隠れてこそこそとしなければならなかったのに。

 そんなポーションタバコなんて売ろうものなら、タバ子の存在すら危ぶまれそうだというのに。

 まぁ非合法的なアイテム扱いなんだろう。

 盗賊ギルドでのみ買える商品、という感じだろうか。


「お兄さん、一本吸ってみる?」

「あるのか?」


 どうぞ、とタバコをくれるタバ子。一本受け取ると、手のひらが上を向きっぱなしになった。


「はいはい」


 代金はいくらか分からないので、下級銀貨を一枚乗せておく。


「足りない」

「大目に払ったつもりだが?」

「足りない」


 ジトっと粘つく視線に睨まれてしまっては気分が悪い。


「分かった分かった。これでどうだ」


 ポケットから革袋を取り出し、中見を適当に掴む。そのままタバ子の手のひらの上にジャラジャラとこぼした。


「ふぎゃ!?」


 驚いたタバ子は慌ててこぼれ落ちた物を集めた。

 もちろん金だ。黄金城から持ち帰ったもので、まだまだたくさん有る。割りと細かい物もあるので、使いどころが難しい。


「お、お兄ちゃん!」

「――誰がおまえの兄だっつってるだろうが」


 危ない。

 タバ子が幼女だったらもっと金の粒を与えているところだった。

 危ない。

 というか、この『お兄ちゃん』と呼ばれる行為に俺は物凄く弱いのではないだろうか。素人のパルに見破られるくらいだし。いや、路地裏で生き残ってきたパルだからこそ見破られたのかもしれないが。

 というか、逆に見破れてないタバ子に疑問がわいてくる。

 まぁ、自分の手のひらに大量の金が降り注いでしまったらそれどころじゃないか。


「エラントちゃん!」

「もう吸っていいか?」

「は、はい! どうぞ私の火をお使いください!」


 タバ子が人差し指を立てて魔法の火を灯す。タバコを吸いつつ、火に当てて――火をつけた。

 ポッと赤くなったところで顔を引き、す~っと吸い込んでみる。

 味は――苦い。

 いや、ほのかに甘さがあるな。

 スっとした清涼感のようなものもある。

 口内の煙を更に吸い込むと、ポーションを飲んだ時のような感覚があった。怪我をしているわけではないので、どこか回復するわけではないが。


「どうどう? 美味しいエラントちゃん」

「もともとタバコを吸わんので、美味しいかは分からん」

「カッコ付けないの?」

「盗賊がタバコのにおいさせる訳にもいかんだろ」

「逆にタバコのにおいを付けないといけない時もあるじゃん?」

「それはその時に付けろよ。においを取る方が大変だろ。そうだ、においを消すタバコを作ればいい。それなら女性にも売れるだろ」


 このポーションタバコでさえ苦味があるし、タバコ独特のにおいがある。

 それらを排除できれば、売れるんじゃないか?


「簡単に言うな、素人め」

「急に偉そうになったな。開発資金を提供してやろうと思ったのに」

「ど、どどど、どこを舐めましょうか? 靴? 靴でいいですか?」


 テーブルの下にもぐりこんできたタバ子の顔面を靴の裏で制しておく。

 良かった。

 ルビーだったら舐めるのは靴じゃなくて――あ、いえ、なんでもないです。


「エラントちゃん、マジで開発費提供して! なんか作るから。できたらいっぱいあげるから」

「タバコに興味ないからいらない」

「そこをなんとか」


 土下座をしそうな勢いでタバ子は頭を下げる。

 たぶん土下座というものを知っていたら土下座をしていたくらいに、タバ子は必死だった。

 ポーションタバコの権利を奪われたのが相当に悔しいのだろうか。

 ……というか、ポーションタバコが作れたんだったら、エクス・ポーションタバコが作れるよな。

 むしろ時間遡行タバコも可能か。

 タバコを吸っていたらみるみる若返ってしまい、そのうち消えてしまう。

 怪奇現象じゃねーか。

 恐ろしい。


「……いや、待てよ」


 俺は革袋ごとタバ子の手の上に乗せた。


「タバ子、マジで開発して欲しいものがある」


 思いついたアイデア。

 俺はそれをタバ子へと伝えるのだった。

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