~可憐! 路地裏孤児の少女~

 お腹がすいていた。

 死ぬほどお腹がすいた。

 死ぬほどお腹がすき過ぎて、もうお腹がぐ~って鳴ることもなくなった。


「……」


 今日は晴れだ。

 でも。

 空じゃなくって、地面を見下げる。

 食べ物が落ちていないか。

 食べられる虫が歩いていないか。

 ずっと下を向き続けて生きている。

 春になって、ようやく夜に眠れるようになったけど。

 今度はお腹がすいて眠れなくなった。

 良く分からないけど気が付いたら街がおかしくなっている。

 なんだか荒れていて、人が少なくなって、食べ物のゴミが少なくなって、路地裏での取り合いが激しくなった。

 えっちなお店が並ぶ色街はいつも以上にケンカが増えていて、危なくて近づけなくなった。

 あたしじゃ大人に負けるから。

 路地裏からどんどん追い出されて、表通りに行くしかなかった。

 物乞い。

 自分で食べ物を探すんじゃなくて。落ちている食べ物を拾うんじゃなくて。捨てられた生ゴミをあさるんじゃなくて。

 誰かに恵んでもらうのを待つだけの毎日。

 嫌な視線を向けられる。

 拒絶の視線を向けられる。

 侮蔑の視線を向けられる。

 それでもあたしは死にたくないから。

 お腹がすいて、フラフラでも。

 なんとか生き残るために。

 今日も街の入口の近くで人を見ていた。


「……」


 街から出ていく人、街に入ってくる人。

 色んな人がいる。

 でもそのほとんどが商人と冒険者で、普通の人は滅多にいない。

 いるとしても、出ていく人ばかり。その誰もが豪華な馬車だったから貴族なんだと思う。

 そんな貴族に物乞いなんかしたら、すぐに殺されてしまう。

 目の前で大人に殴られて、そのまま動かなくなって死んだ子どもを知ってる。

 貴族に声をかけるのは危ない。

 どんなにお金持ちでも、近づいちゃダメだ。

 あたしが近づくのは、冒険に成功した感じの冒険者。気が大きくなってるから、あたしみたいな小さい子どもに恵んでくれる可能性が高い。


「……いた」


 見つけた。

 ヘトヘトに疲れた感じで、それでも満足そうな笑みを浮かべている冒険者グループにあたしは近づいた。


「……おねがいします。なにか食べ物を……」


 のどが貼り付いた感じがして、上手くしゃべれなかったけど。

 そう伝えると、冒険者たちの表情がくもった。

 せっかく気分が良かったのに、台無しだ。

 そんな視線があたしを見下ろしてくる。

 視線が怖い。

 不快だと言われなくても、目だけで分かった。

 怖い。

 おそろしい。

 剣で斬られなくても、殴られたり蹴られたりしそうだ。


「これでも食ってろ、小汚いガキめ」


 地面に落とされる乾燥した肉の破片。

 食べ残しなのか一口しかない物を目の前で捨てられる。まるでゴミでも捨てるような感じだった。

 それでもあたしは、それを拾って逃げるように大通りから去った。

 背中に突き刺さる嘲笑のような視線が嫌だった。

 逃げる。

 あたしはずっと逃げてきたんだから。今日も逃げる。視線から逃げる。

 路地裏に入り、乾燥肉を見た。

 嬉しい。

 久しぶりにゴミじゃない食べ物だ。


「おい」

「ひっ」


 しまった。

 お肉に夢中でまわりを見てなかった。

 気が付けば、目の前に男がいた。汚い身なりに痩せ細った身体。ぎょろりと目玉が大きく開かれていて、今にも倒れそうな男だった。

 でも、あたしより大きくて力がある。

 あたしの肉を狙っていた。


「よこせ」

「やだ!」


 慌てて逃げ出すけど、髪の毛を捕まれる。痛い。ぜんぜん洗ったりしてないからギチギチになってるあたしの髪。そう簡単に切れたりしないから、逃げられない。

 ぎゃ、と叫びたかったけど我慢して、あたしは反転。


「この!」


 男の足を思いっきり踏んだ。悲鳴をあげて髪を離した瞬間に、あたしは再び逃げる。

 逃げる逃げる、逃げる。

 逃げれば、死にはしないから。


「クソが、パルヴァス(チビ)め!」


 後ろから男が叫んだ。

 チビでいいもん。

 お腹いっぱい食べて、大きくなってやるんだから。

 なんて思いつつ、さっさとお肉を口の中に入れた。硬い。めちゃくちゃ硬い。のどがカラカラの状態で乾燥肉なんて食べられたもんじゃないけど。

 でも。

 美味しかった。

 欠けらみたいな乾燥肉だけど。

 美味しい。

 ……だけど、ぜんぜん足りない。


「うぅ」


 中途半端に食べたせいで、余計にお腹がすいた気がする。

 だからまた表通りで人を観察した。

 出ていく人、入ってくる人。

 しばらくぼ~っと見てた。

 そしたら、旅人が入ってきた。赤いマフラーみたいな布をスカーフみたいに首に巻いた男の人で、バックパックを背負ってる。すごいくたびれた感じの服装だった。

 髪の毛も伸びたままって感じで無精ひげも生えてる。

 年齢は、おじさんって感じかな。

 でもそこまで老けてるんじゃなくて、青年ではない大人っていう雰囲気。

 歩き方が普通と違って、なんだか奇妙。もしかしたら、荷物が重いのかもしれない。なんとなく分かる。

 旅人なら保存食を持ってるはず。

 街についたんだから、いらない保存食をくれたりしないかな。

 なんて思って旅人を見てたら、視線が合った。

 警戒されてる。

 でも――なぜかその旅人からの視線は怖くなかった。

 不快とか侮蔑みたいな感情が乗っていない。

 本当に単純にあたしを見ただけ。


「……」


 旅人だからかな。

 あたしみたいな孤児に、そんなに思う事がないのかもしれない。

 嫌われていないならチャンスだ。

 あたしは、保存食がもらえるかもしれない、と思って旅人についていった。そしたら旅人に話しかける人がいた。何を話してるのか分からなかったけど、とりあえず後ろをこっそり付いて行く。


「え?」


 そしたら、すごいことが起こった。

 旅人が何かを指から出したと思ったら話しかけた人が転びそうになった。で、その時に旅人は財布をスった。しかもしかも、スられた人はそれに気付いていない。

 泥棒だ!

 でも、ただの泥棒じゃない。

 盗賊スキルを使う、盗賊だ!


「すごい……!」


 旅人みたいに見えるけど、旅人じゃない。

 この人、盗賊だ。

 旅人のフリをしているニセモノだ。


「……」


 あたしはそのまま旅人の後ろを付いて行く。

 路地裏で見たことを思い出す。

 宿屋の窓の下にいた時、窓の中で商人と旅人が話しているのを聞いた。

 それは、旅人の掟のようなもの。

 旅人とは各地に情報をもたらす歓迎されるべき人物であり、旅人をおもてなしするのは常識であり、名誉なこと。

 だから宿を無料で貸したり食べ物をあげたりする。

 そのかわり、旅人は世界でどんな物があったのか、どんなことが流行っているのか、どこの国の人間が悪いことをして、どんな国の人間が善人だったのか。

 それをお礼に話すみたい。

 でも。

 無料で旅人をおもてなしする、と分かったらニセモノの旅人が現れる。タダで泊めてもらって、タダで食事をして、適当な嘘を言うニセモノ。

 そんなニセモノと本物を見分ける方法がある。


「仁義を切る」


 あたしにはさっぱりだったけど。

 たぶん、それは暗号みたいなもので。

 本物とニセモノを見破るための、自己紹介の挨拶みたいなもの。

 一言でも間違えば、即アウトなやり取り。

 宿の窓から、あたしはそれを見た。

 緊張感の漂う部屋の中だった。


「……」


 仁義を切る。

 これなら、あの旅人がニセモノだっていうのを証明できる。

 そしたら食べ物を――


「いや、違う」


 今日の食べ物をもらうだけじゃダメだ。

 明日の食べ物も欲しい。

 ん~ん。

 それだけじゃない。

 これから先のずっとずっと先までの食べ物も欲しい。

 それと、安全に眠るための場所が欲しい。

 ……あと。

 優しくしてくれる人が欲しい。


「弟子にしてもらおう」


 盗賊の弟子になったら。

 あたしもスリとか泥棒とか、そういう方法を教えてもらえる。

 そうしたら、きっとひとりでも生きていける。

 ひとりぼっちは嫌だけど。

 でも、お腹が空いて死にそうなのより、よっぽどマシだ。


「よし」


 あたしは旅人を追いかけていく。

 ぜったい。

 ぜったいぜったい、なんとしても弟子になってやるんだから!

 断られても弟子になってやるぞ。

 なんなら、誘惑してでも……痛いのは嫌だけど、殴られるよりマシだと思うし、なんでもやっちゃう!

 でも。


「う~ん?」


 この身体じゃ無理かな。

 でもでも!

 ホントの本気でなんでもやるんだから。

 あたし、もう逃げるのはこれでおしまいにする!

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