~卑劣! 君の名は、彼らはさまよう~

 領主から盗賊ギルドの場所を聞いた俺は、素直にお礼を言って部屋から出た。

 また美人メイドが案内してくれる。迷うはずがないのだが、まぁ勝手なことをしないための予防だろう。

 そもそも館にいる人間の気配が極端に少ないのは、やはり昨今の豪雨事情が影響しているのかもしれない。

 この美人メイドを残して、他は『おいとま』してもらったのかもしれないな。


「……」


 そのことを聞こうと思ったが、やめておいた。どうせメイドの口から真実が語られることはない。

 主人の失敗を客人に語るメイドなど、それこそ『おいとま』して正解なのだ。だからこそ、優秀なひとりが残った可能性もある。

 美人メイドに案内され玄関口まで戻ってきた時、彼女は扉を開ける前に振り返った。


「わたしからもひとつ、質問してよろしいでしょうか?」

「ん? かまわないが」


 なんだろう?

 メイドから客人に質問してくるとは、よっぽどの事だ。

 そもそも勝手な行動みたいなものは極力控えているのがメイドという立場だ。主人の客人に対して失礼を働かない為、というのが主な理由だと思うが……

 果たして――彼女は、極単純な質問を俺にぶつけてきた。


「お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「あっ」


 そういえば、まったく名乗っていなかった。

 旅人という呼称を受け入れていたので、相手から名前を呼ばれていない感じがしなかった。

 加えて、領主も俺のことを初めは不審者と思っていたからな。

 名前を聞く、なんていう当たり前の行為が後回しにされてしまった結果、名前を名乗る機会を失ってしまった。

 もっとも。

 今更、俺は本名を名乗るつもりもないし……

 本名は捨てたかった。


「そうだな。エラントとでも呼んでくれ」

「エラント(彼らはさまよう)……ですか?」


 言葉の意味に、美人メイドの眉毛が困惑の形にゆがんだ。

 彼らはさまよう。

 さてさて、個人の名前を指すのにこれほど不可解な名前はないだろう。自分なのにあなた、みたいなものだ。しかもそれが『彼ら』と複数形にもなっている。


「分かりました、エラントさま。旦那さまにそう伝えておきます」

「あぁ、よろしく」


 深く頭を下げる美人メイドに手をあげて、俺は領主の館を後にする。そのまま門まで進むと門番のふたりにも挨拶しておいた。

 その際に、


「おまえさんは何者だったんだ?」


 と、聞かれたが。


「ただの善良な住民だ」


 と、うそぶいておいた。

 もっとも――今の俺はまだ何者でもない。盗賊でもなければ旅人でもなく、一般人ですら無いし、住民でもなかった。

 唯一の間違いが『善良』といった具合か。

 まぁ、悪人だと名乗るより、よっぽどマシだろう。

 嘘も方便、と『義の倭の国』の言葉がある。

 門番にも手を振って領主のお屋敷から出たところで、俺は視線を確認する。


「まだ付いてきてるな」


 それなりの距離をあけてはいるが、確実に俺を見ている視線があった。気づかれない程度で視線の主を確認する。


「あの少女か」


 街に入る際に見てきたボロ布を着た少女。

 そんな彼女が、まだ俺を見ていた。


「……ふむ」


 どうやらただの物乞いではなさそうだな。ただの物乞いで、ここまで追いかける理由もない。それこそ中央通りで座り込んでいた方がまだ可能性が高い。

 物乞い以外の目的で俺に近づく理由は……


「分からん」


 まぁ、どんな目的があるにしろ付きまとわれるのは面倒だ。

 さっさと逃げるとするか。


「……」


 俺は足早に領主の館から離れていく。

 視線の少女は慌てた様子で俺を追いかけてきた。

 尾行としては下も下。へたくそを通りこして逆に罠を疑うようなレベルだ。


「むしろ罠か?」


 いや、その可能性は低い。

 言ってしまえば、もうこの街には縁が無かった。それこそ、いま領主と縁を結んだところで、俺の存在はまだまだ旅人と変わらない。

 なので、街に入ったところでマークされているのは、かなり無理がある。

 少女が俺を見つけたのは偶然だろう。

 その目的がなんであれ、俺を追いかけているのは偶然以外に考えられない。


「……」


 今も、俺を見失わないように懸命に注意しながら付いてくる。裸足で、痛みを感じることなく、俺へと付いてきていた。


「……はぁ」


 俺は大きくため息をついた。

 このままでは永遠にあとを付けられてしまう。

 まぁ、話だけでも聞いてみるか。

 もしも、ただの物乞いだった場合、宝石の処分場所がひとつ決定するのはありがたい。

 孤児なのは間違いないので……


「うーん」


 孤児か。孤児だよな。

 俺もこの街で、孤児として生きてきたんだ。


「あぁ」


 そう考えてしまったら、無碍にする気が消失してしまった。


「だったら」


 声をかけやすい場所に誘い込むか。

 俺は適当な路地を探して出来るだけ富裕区から下へとおりていく。

 少女のボロ布をまとった姿では、それこそ富裕層の住む区画をでうろつくのは危ない。孤児というだけで物取りの疑いをかけられたりするのは、まぁよくある話だ。

 だからできるだけ位置を下げ、居住区までやってきた。

 頃合いの路地を見つけると、俺はあからさまに走って角を曲がってみせる。


「さて、釣れるかな?」


 路地を進み振り返ると……よしよし、少女が付いてきた。

 俺は急停止し、反転する。

 路地は一本道であり、隠れる場所など無い。


「うわわ!?」


 少女は俺の姿を見て慌てて立ち止まり隠れる場所を探すが……もう遅い、と諦めたようだ。


「――……うん」


 逃げる様子のない俺を見て、少女は近づいてくる。

 黄色い髪に見えたが、どうやら洗っておらずギスギスに汚れている金髪のようだ。下手をすれば銀色にも見える。

 年齢は十歳ぐらいだろうか。もしかすると、もう少し上かもしれない。栄養が足りていないのは明白で、普通の少女と比べないほうが良い。

 顔立ちは整っているが、それを台無しにするように汚れている。でも、その蒼く澄んだ瞳は汚れきってはいないようだ。

 希望を見ている。

 なぜか、俺はそう感じた。

 ボロボロになった布を身にまとっているだけで、それは服ではなかった。ボロ布は穴が開いていて、そこから素肌が見えるということは、服を着ていないようだ。

 貧乏……どころではなく、極貧以下の姿をした少女だった。

 そんな少女が、俺に向かって堂々と歩み寄ってきた。


「なにか用か?」

「……」


 俺はそう聞いてみるが、彼女の返事はない。

 さて、物乞いか、それ以外か。

 少女は意を決したように――俺の前に座った。

 膝を立て、俺を見据えるようにして彼女は叫ぶ。


「お控えなすって!」


 そう声を高らかに。

 少女は俺へと申し付けた。

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