~卑劣! ふるさと納税で厄介払い!~

 貴族の館には何度か足を運んだことがある。

 それは勇者パーティとして招かれた時もあったし、招かれざる客として侵入したこともあった。

 いずれにせよ、その感想としては……


「立派なものだ」


 高い天井にふわふわのカーペット。飾ってある絵画は一級品だろうし、調度品として飾られている剣や鎧も一級品なんだろう。

 残念ながら俺にその価値は分からない。ナイフしか扱ってこなかったからな。


「いらっしゃいませ、旅人さま」


 俺が館の中を観察しているとすぐにメイドがやってきた。予定にない客だ。対応が遅れるのも無理はない。

 しかし、さすがは貴族が雇うメイドだ。美しさは飾ってある絵画に負けていない一級品。シックなメイドドレスが似合う大人の女性だった。

 もしかしたら、彼女自身もそこそこ地位の高い者の娘なのかもしれない。

 しかし――

 残念ながらそんな女に興味がないので、これまた彼女の価値は俺には見いだせなかった。


「どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 案内してくれる美人メイドにお礼を言って彼女の後を歩く。足音を殺そうと思わなくても、ふかふかのカーペットで消えてしまうのは少しばかり笑える状況でもあった。

 奥の階段を登り、二階へ移動する。

 その際に感じたことは『静かすぎる』こと。

 領主の館とは言え、住んでいるのはひとつの家族だ。それにも関わらず、人の気配がまったくと言って良いほど感じられない。

 執事はおろか使用人の姿もなく、メイドたる彼女の息遣いと衣擦れの音のみが館の中に響く。


「……」


 これは、事前に聞いていた情報が思った以上に影響を及ぼしているのかもしれない。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか……美人メイドはそのまま廊下を歩き、とある一室の前で止まった。


「旦那さま。お客様をお連れしました」


 ノックをして呼びかけるが……返事はない。それでも美人メイドは澄ました顔で待ち続けているので、俺も素直に待った。

 秒数にして四十五ぐらいか。一分は経っていない時、中から返事があった。


「入ってくれ」


 その言葉に応じて、美人メイドが扉をあける。そのまま彼女は顔を伏せて、一歩も動かない。

 俺が先に入れってことか。


「失礼します」


 素直に部屋の中に入る。

 そこは……いわゆる仕事部屋だろうか。大きく立派な机に数々の書類が置かれていた。手前には対面するソファがあり、真ん中にはテーブルがある。

 貴族らしい体面を気にする部屋ではあるのだが……いかんせん、忙しさというものが全面に出ているような部屋だった。


「長年門番を勤めている者がどうしても、と言うんでな。普段から簡単に会えると思うなよ、旅人」


 机の奥から声を聞こえる。

 そこには、疲れ切った顔の男がいた。

 貴族然とした豪奢な衣装に身を包んでいるが、目の下にはクマができており疲労が目立つ。なにより無精ひげが疲れの深刻さをより表していた。

 貴族――それも領主ともなると、見た目さえ影響を及ぼす。むしろ客人に見せてはいけない姿のはずだ。

 それにも関わらず、こんな姿を見せたのは俺が『旅人』だと思っているからだろう。国から国、街から街、村から村。一か所に留まらない旅人だからこそ、見せてもいいと判断したのかもしれない。

 まぁそれも仕方がない。


「私は忙しいんだ。つまらん用件だったら、それなりの覚悟をしてもらうぞ」


 領主は俺をにらみつけ、椅子から立ち上がる。その際に腰をかばう素振りを見せた。

 おそらく、座りっぱなしの作業が続いているのだろう。貴族の中には腰痛に悩む人間は少なくない。


「えぇ、大丈夫です。もしも、くだらないと感じたらそこの剣で斬ってもらっても構いませんよ」


 俺は親指で自分の首と共に示す。

 儀礼用の剣がそこに飾ってあった。

 装飾付きの剣だが、斬れないことはないだろう。


「ふん」


 鼻を鳴らし領主はソファに座る。俺は彼の対面に立ち、背中の大荷物をテーブルの上へと置いた。想像以上に重い音がしたので領主は不審な顔をしてテーブルの上の大荷物を見たが、すぐに俺へと向き直った。


「それで、何の用だ旅人」

「この街に住もうと思っていまして、挨拶に来ました」


 俺が冗談っぽく言うと領主の眉毛がみるみる上がっていく。怒りの度合が見て理解できるとは便利な眉毛をしているものだ。

 あと一押しで俺の命が無くなるので、さっさと怒りを鎮めてもらおう。

 昔から神の怒りを鎮めるのは貢物と決まっている。


「聞けば領主さまは金貸しをやられているとか。街で新しく商売をはじめる者に金を貸し、その金利を頂いている」


 それがどうした、と領主さま。


「ですが最近、その領主さまが大変お金に困っているとうかがいました。なんでも、不幸が重なったと」

「……」


 おっとっと。

 領主さまの眉毛が怒りを通り越して平坦に戻ってしまった。


「貴様は自殺しに来たのか? だったら私のストレス発散に役立ちたいようだな」

「まぁまぁ」


 俺はにこやかにテーブルの上の大荷物を示した。


「実はこの街は俺の故郷でして。そんな故郷がどこかの知らない領主に治められるのも気分が良くないので、領主さまに協力することにしました」

「一体なんだというんだ?」


 領主は疑いながらも俺の荷物を乱雑にあける。


「これは……」


 もちろん中身は金塊だ。

 それひとつで人生が十回は買えるという代物がゴロゴロと詰まっている。なんなら領主の財産すらも超えた金額が、テーブルの上に置かれていた。


「新しく造り始めた橋が流されたそうで。公共の橋は領主さまの厚意で作られるらしいのですが、運悪く豪雨に襲われた。なにもかも流された上に更に運悪く亡くなった職人の家族への補償。隣街への利便性を取った初期投資が、とんだマイナスになってしまったようで」


 急流で有名な河川に橋をかけようとしたが失敗した。

 それだけならば単純な話だが……単純で終わらないのが大人の世界だ。そこにかけた費用も人材も、すべてを失ったと考えるならば、領主さまの目の下のクマも理解ができる。

 当面は橋の再建どころではない。

 マイナスを取り戻すことさえも下手をすれば不可能になってしまう。

 もっとも――

 そのマイナスを取り戻すのに領民の税を上げるという方法があるのだが……俺が手に入れた情報では、領主はその方法を取っていないという。

 だからこそ、俺はここに来たとも言えるし、その方法を取る前に間に合ったとも言えた。


「領主さまに寄付する……します。さっきも言ったとおり、この街は俺の故郷なんですよ」


 そこで領主は初めて俺の顔を見た。

 いや、目を見たと言うべきか。

 忙しさに忙殺されて……二重表現か?

 まぁいい。とにかく、頭を抱えていた懸案事項が一気に解決する方法を渡されて、ようやく瞳のにごりが取れたらしい。


「な、なにが目的なんだ?」


 領主はうろたえるように俺を見た。

 それも当たり前か。

 大金を超える大金を目の前にして、それを寄付すると言われれば不思議に思うのは無理もない話だ。


「簡単に言えば領主さまの後ろ盾だな。です。恩を売っておいて損は無いです」

「ま、待て待て。この金塊の量では……それこそお前が領主という立場にだって、お前が私を影で操ることもできたはずだぞ」


 確かに。

 でも――


「俺にとって、それは無意味なことです」


 無意味なこと……と、領主は天を仰いだ。

 まぁ、見上げたところで見えるのは立派な天井だけだ。空を見上げたところで神様が笑っているだけかもしれない。


「なぜ寄付なんだ? 貸すという手もあるぞ」

「あまり言いたくないですが、その金を持っているのは俺にとって嫌な物なんだ。なんです。あ~、え~っと……上手く言えないんですが、見たくもないお金は領主さまもあるんじゃないですか?」


 手切れ金とか、と俺は肩をすくめて言った。


「お金の価値は同一だぞ。綺麗も汚いも無い。金貨一枚の価値は、間違いなく金貨一枚だ。銅貨でもそれは変わらない。まぁ、金の価値は変動するが……いや、そんな問題じゃぁない」


 領主さまは何か言いたげではあるが、いろいろと手を動かした結果、肩をすくめて大きく息をはいた。


「本当に良いのか?」

「はい」

「あとで返せ、と言うんじゃないのか?」

「返せ、と言えば返せるんじゃないですか。領主さまなら可能でしょう」

「……すぐには無理だ」

「分かってます。というか、言うつもりはないですから」

「分かった」


 領主さまは立ち上がり、テーブルの上に手をついた。


「ありがたく、頂戴する」


 そして、深々と頭を下げた。


「これで職人の家族に、もう一度支援できる。更に言えば、橋職人を呼ぶことができ、橋の再建も可能になる。そうすれば街道も敷かれ利便性があがるはずだ。そうすれば、必ず金は返せる」

「返さなくてもいいって……いいですから。気にしないでください」


 領主さまは頭を下げ続けた。

 まったく。

 貴族が平民に頭を下げるなんて、誰かに見られたらどうするつもりなんだか。というか、美人メイドがめちゃくちゃ見てるじゃないか。

 しかも瞳に涙をためている。

 なるほど。

 彼女も、うすうすと行く末を覚悟していたのかもしれないな。


「そうだ。ひとつだけお願いしてもいいですか? あ、いや、ふたつかな」

「あぁ。なんだ、聞かせてくれ。恩を少しでも返せるのなら」


 それなら、と俺は提案する。


「俺は……私はこの街の孤児院出身ですので。できれば、孤児院への出資を増やして欲しいんですが」

「可能だ。むしろ減らさねばならぬところだった。それを含めて感謝する」


 再び領主さまは頭を下げた。


「そうか……良かった。です」


 できれば孤児の数をゼロにして欲しい。なんて願いは、不可能だ。どうやっても、どんなに対策を取ったとしても、孤児の数はゼロにはならない。

 だったらせめて、孤児院への出資を増やしてもらおう。

 それがお金であっても、直接的な服や食料でもかまわない。

 手厚いとまではいかなくても、それなりの出資があれば……俺みたいな盗賊スキルを使う子どもなんて、もう二度と生まれなくていい。

 賢者や神官に嫌われる力など、本来は忌むべき力など……無いほうが良いのだから。


「それで、もうひとつの願いとは何だ?」

「あぁ」


 俺はそろそろ部屋を出るべく立ち上がる。あとは軽い話題なので、そうかしこまって聞く必要もない。

 どんな街でも必ずある組織。

 そして、貴族ならば必ず縁のある組織でもある。

 その場所を、俺は領主さまに聞いた。


「盗賊ギルドの場所を教えてくれ」

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