~卑劣! ワイロで出し抜く領主の館~
俺の育った街はそれなりに大きい。それなりに大きいが故に、貧富の差が出てしまう。
成功した者と失敗した者。
と、明確に分けられる訳ではないはずだが……
「ふむ」
それらが明確に分けられてしまうのは、まさに住む場所にも表れていた。
石階段を登っていくと、段々と風景が変わっていく。雑多な街並みはやがて整然と整えられた綺麗な世界へと変わっていった。
それと同時に、そこを歩く人間の質も変わっていく。
「視線も、か」
俺はつぶやき苦笑する。
下の方では、俺みたいな旅人風の姿はまったく目立たない。それこそ大荷物を抱えた商人にも見えるから、気にする者は少なかった。
しかし富裕層の住む区域に入ると、嫌でも目立ってしまう。ひそひそと俺を見て話をする姿もあった。
あの類の視線は、どうにも神官と賢者を思い出して嫌だ。
それとプラスして……
「まだ付いてきてるな」
街の入り口で俺を見ていた少女は、まだ俺を尾行していた。もちろん、俺に言わせれば尾行にもなっていない。
視線を気取られるようではまだまだ盗賊として甘い……という感想は、幼い少女に向けるには酷な話だ。
まぁ、気にしないようにしてさっさと移動してしまおう。
目的地は分かりやすい。
遠目からでもスキルを使わなくて一発でわかる。
この街で一番大きな屋敷だ。
「ふぅ」
子どもの頃に遠くから見ていた屋敷を目の前にして、どうにも記憶とつながらない気がした。
まぁ、路地裏の孤児院で生きていたような子どもが、こんな所まで来れるわけがない。
はっきりとした記憶がある訳でもないので、当たり前といえば当たり前か。
「止まれ」
そんな街一番の建物……つまり、領主の館を見ていると声をかけられた。
いわゆる門番というやつだろう。軽装備に身を包みながらも、しっかりと槍を構えた男がふたり。
怪しいヤツは絶対に通さないぞ、という気迫で俺を見ていた。
「ここは領主の住む場所だ。旅人が来る場所じゃないぞ」
「あぁ~。ちょっと領主さまに挨拶したいのだが」
ダメ元で頼んでみるが……
「約束はあるのか?」
俺は首を横に振った。
「それじゃぁダメだ。さっさと立ち去れ」
「そこを何とか頼むよ」
そう言いながら俺は門番の懐に近づく。
スキル『影走り』の応用だ。
相手の呼吸の隙を突き、一気に駆け抜けるスキル。こういう時にも役に立つ。
「なっ――!?」
驚く門番の手を握ると、俺はそこに宝石を持たせた。小さなものだが、それなりの価値は有しているはずだ。
「こ、これは……ほ、本物なのか……?」
「まぁまぁ。こういう時にニセモノなんか渡すわけないでしょ」
「お、おい。そんな堂々と……」
もうひとりの門番が注意しようとするが、そんな彼にも俺は宝石を握らせた。いい加減に重くてうんざりしている手切れ金の一部だ。
使える時に使ってしまった方がいい。
なにより、こういった汚い使い方が賢者と神官の望みだろうさ。
「領主さまに挨拶したいんだ。いいかな?」
俺は念押しのように門番に言った。
「は、話は聞いてやる。ダメだと言っても返さんからな」
「もちろん」
門番のひとりが屋敷へ駆けていく。
「やっぱり本物なのか……?」
「だったら、こっちの方がいいかな」
俺は追加でお金を握らせてやる。
宝石や金は大量のお金を持ち歩くと仮定すれば便利なものだが、それも多すぎれば毒になる。最低限の宝石を売り払って旅費にしていたので、それを門番に渡してやった。
「な……いいのか?」
「いいさ。遠慮なくもらってくれ」
「お、おまえさんは貴族か何かなのか? いや、もしや大商人だとか……」
その質問に、俺は肩をすくめて答える。
「ただの旅人だ」
もっとも――
ただの旅人が大金を持ち歩いている訳がない。
門番は信用しなかったようで、俺のことをマジマジと見つめた。
正解は、勇者パーティを追い出された盗賊だ。
なんてことは言えるはずもない。
ましてや、こんな金で生活したくもない、とも言えるわけがない。
「お、おい旅人……いや、旅人さん。許可が出たぞ。領主さまが会ってくれるそうだ」
「そいつはありがたい」
門番が大きな門を少しだけ開けてくれる。本来は馬車が通れるほどの門なのだが、まぁそこまで開ける必要はない。
屋敷までの広い道。
両側に広がる穏やかな庭園を見物しながら、領主の館へ向かった。
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