~卑劣! 帰郷を狙う詐欺男~
街に入る許可が出た。
ようやく故郷の土地を踏めた時には、俺は大きな息を吐いていた。背中の大荷物のせいなのは間違いない。死体を背負っているほうがまだマシだ。
旅人として魔王領手前からここまで戻ってきた。あちこち移動してきた行きとは違って、帰りは早かった……
「十年ぶりか」
勇者といっしょに旅立ち、勇者といっしょに戻ってきたかった故郷だが……それもこれも叶わない話になってしまった。
まぁ、もとより無理な話か。
あいつが帰るはこんな街じゃなくて王都の方だ。
なにせ、人間界を救った英雄になるんだから。
「……」
いかんいかん。
まだ吹っ切れていない。
もう俺は勇者とは関係のない一般人だ。それこそ旅人風情というやつだな。もう世界の行く末なんて気にせず、気楽に人生を謳歌しよう。
さてさて。
大荷物を抱えた俺に明確な視線を送るのは……ふたり、か。
ひとりは少女だ。
金髪……かと思ったが、違った。銀色……いや、黄色い髪の少女であり、その姿はみすぼらしい。おそらく孤児の類だろう。ボロ布に身を包むようにして、こちらを見ている。靴も履いていない少女だった。
物を恵んでもらえるかどうか、俺を物色しているのか、はたまた……
で、もうひとり。
「やぁやぁ旅人さん」
「ん?」
視線を向けていた男が、俺の隣にスススと近寄ってくる。身長が低く、大きな鼻が特徴の男だった。
もうしばらくは泳がされると思っていたが……ここまで早く行動を起こすとは思わなかった。
まったく。
早い男は嫌われる、とベッドの上で聞いたことがないのかねぇ。
「この街は初めてかい? なんなら案内するぜ。いい宿を知ってるんだ。それともまずは食事にするのかな。安くて美味い飯屋の情報なら任せてくれよ」
へへへ、と人懐っこい笑顔を見せる小男。
なるほど、チンケな詐欺を狙っているらしい。
案内してもらうと、後から案内料金を要求する。そんなバカらしい商売だ。旅人を見ては声をかけているのだろう。成功率は一割にも満たなそうだ。
「十年ぶりぐらいに帰ってきたんだ。案内は必要ない」
「十年!? そりゃ長い旅だ。しかし旦那、十年も留守にしてりゃ街は相当に変化しているぜ。しかも旦那はまだ若い。小さい頃とは変わってるのは当たり前だ。ここはひとつ、俺に案内させてくれよ」
「必要ない」
とは言うが……小男はしつこく離れない。
このまま付きまとわれても鬱陶しいが、周囲に助けてくれる人はいそうにないな。自警団らしき存在は見当たらない。
「はぁ……」
どうやら自分で対処するしかないようだ。
「なぁ、旦那。絶対に損はさせないぜ」
そう言って小男が俺の前に出ようとする。最後の手段のとおせんぼって寸法だが、逆にチャンスだった。
スキル『影縫い・最弱バージョン』。
魔力の糸を生成し、それを小さな針の穴に通し固定する。小男のズボンを通し、針を石畳の隙間である目地へと刺さるように指で弾いた。
本来は魔物を拘束するくらいに丈夫な糸を生成するのだが、今回は目に見えないほど弱い糸にしておく。
「んお」
地面とズボンが縫い付けられたことにより、小男は少々つんのめって、転びそうになった。それでも魔力糸はすでに切れているので、転ぶところまではいかない。
「おっと」
俺はそんな小男を支えてやる。
そこでもうひとつ、スキル『ぬすむ』を使用。
まぁ、スキルというか単純な話がスリだ。そりゃ神官さまも賢者さまも俺を嫌うよなぁ、という卑劣な技である。
小男のポケットから、とりあえず入っていた物を抜き取っておいた。確認するのは後だ。
「しっかり前を見て歩かないからだぜ、兄ちゃん。それとも疲れているのかい? 仕事疲れをしてるようなヤツから案内してもらうのは申し訳ないからな。またの機会にしておくよ」
「お、おう……?」
小男は納得できない表情を浮かべながら自分の靴やズボンを見ていた。
まぁ、そこは腐っても盗賊ってわけか。
歩き方で一目で分かる。
あの小男は盗賊職だ。まぁ、それが分かるように歩いているレベルではあるので、あまり優秀なタイプではない。
「おっと、当たりだな」
ポケットから抜き取った物は財布だった。盗賊がマヌケにも財布をスられるとは、あいつにとっては今日は厄日だな。
「さてさて」
すぐに気づかれるだろうから、俺はさっさと人ゴミに紛れておく。
素早く、それこそ足音も立てずに移動し、人の流れに乗っておいた。
「まずは領主の館だな」
十年前の記憶を頼りに、俺は富裕層が住む地区へと足を向けた。
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