~卑劣! 浮気してもいいよ、罠だけど~
遺跡にある広々とした場所。
そこで拠点の設営をメイドさん達が完了させてくれて。
遺跡の奥、モンスター討伐も終了した。
全員そろって休憩をしたところで主要メンバーを選出し、デザェルトゥムの街に移動する。
「ホントに冬でも暑いんですね、師匠」
「季節がある国に住んでると不思議だよな」
空を見上げると、青空が広がっている。心無しがその青に赤が混じっている気がするのは、砂漠の砂の影響だろうか。
なんにせよ、冬とはまるで縁のない国なのは確か。
砂の起伏だけが永遠と続いている世界に、雪は無縁のようだ。
もたもたしていると水分不足で干からびてしまうので、さっさと街に入って日陰に入りたいところだ。
「ふぅふぅ。足が遅くて申し訳ありません。砂遊びをもうちょっとしておくべきでした」
二度目でもヴェルス姫の歩くペースは遅い。
まぁ、砂遊び程度で砂漠をスムーズに歩けるようになるのなら、今ごろ盗賊は空だって飛んでいる気がするけどね。
「おおぅ」
ちなみにルーランも苦労しているようだ。
元より砂地を歩く訓練など無かっただろうし、ぶかぶかの全身甲冑。問題なく砂漠を歩けるほうがおかしいというもの。
そういったメンバーに配慮したペースで歩きつつ、無事にデザェルトゥム国に入る。
相変わらず日中は人気が少ない。
みんな地下にもぐっているので変に目立たなくていいが、それでも商人たちの姿はある。
俺とパルとルビーはいつもの仮面を付けた。
オーガを模した角付きの仮面が俺で、パルは口元を覆った牙付きの物。ルビーは顔の右半分を隠した物だが……気分によって左右を変更しているらしい。ほっぺにはハートマークの形で穴が開いており、肌が見えている。
仮面はいわゆる『看板』だ。
宣伝、大事。
ディスペクトゥスをよろしく。
ついでに魔王討伐に協力してくれそうな人との縁を繋いでくれたら嬉しい。
なんて思いつつ、前回と同じように宮殿へと入った。
平民でも普通に入れる宮殿なので無駄な段階を踏まなくていいのは助かる。炎天下の中で確認待ちなどされたら、ヴェルス姫なんか鎧の中で蒸しあがってしまいそうだ。
「ふぅ、暑かったです」
宮殿の中、ようやく日陰に入れたところで、お姫様はバイザーを開けてパタパタと顔をあおいだ。
「姫様、危険です。バイザーをおさげください」
「少しくらい良いではありませんか」
「敵地に乗り込んだ。それくらいの感覚でいてもらわねば困ります」
大げさですわね、と言いつつもヴェルス姫はバイザーを下げる。
王族ってのは大変だなぁ。
まぁ、パーロナ国に戦争を仕掛けるメリットなど砂漠国にはひとつもないので襲われることは皆無だと思われるが。
それでも国から一歩でも外に出れば、『お姫様』としての安全など露ほども無いことは自覚しておいたほうが良い。
「ベルちゃんの安全はあたしが守るから安心してね」
「頼もしい。さすがパルちゃんです。ルビーちゃんは守ってくださいます?」
「守って欲しいですか?」
なに聞き返してるんだ、この吸血鬼。
素直に守ってやれよぉ。
「ほどほどに怪我を負ったり、安全に誘拐されたりして、師匠さんが必死にベル姫を守ってくださるのと、わたしが敵を完膚なきまでに叩き潰す。どちらがいいでしょうか?」
「安全に誘拐したり、痛くない程度に怪我をするほうでお願いします」
「承りました」
「承るな、ルビー殿」
即刻マルカさんに否定されている。
きゃらきゃらと笑う三人の美少女たち。
他国の女王の城でノンキなものだ。
なんて話している間にも宮殿内を進み、女王陛下のおわす奥までやってきた。
通路に立つ衛兵が俺たちの姿を見ると槍の切っ先をこちらへと向ける。
「止まれ」
他国の姫に向かって無礼な、という声が出ないことに安堵しつつ俺たちは足を止めた。
「この先は女王陛下のおわす一郭。用件なければ通ることは許されん」
「ディスペクトゥスです。女王陛下に来るように言われました」
「うむ。しばし待たれよ」
話は通してあるらしい。
槍を向けたのは、そういうルールなのだろう。恐らく、他国の王が来ても同じようにしろと命令されているに違いない。
下手をすれば王が激昂するかもしれないが……それはそれで女王の都合の良い口実にされてしまうに違いない。
女王陛下に逆らうことなかれ。
余計な手間と仕事を押し付けられたくなければ、大人しくしているのが一番だ。
「どうぞこちらへ」
通路の奥からやってきた衛兵に案内され、部屋へと通される。
前回と同じ部屋だ。
ここで全ての武器を外して預けなければ、女王に謁見することは許されない。
「師匠さまから武器がいっぱい出てくるのでびっくりです。抱き付いたら怪我をしてしまいそうですわ」
武器を持っていないヴェルス姫は俺の武装解除を楽しそうに見物していた。
「ははは、後ろからは特に気をつけてください」
「そうですね。では、師匠さまから抱きしめてくださいね」
「え、いや、はい」
うふふ、とヴェルス姫は嬉しそうに笑う。
可愛らしい。
抱きしめたい。
「見て見て、ベルちゃん。あたしもこれだけ持ってるよ」
「まぁ! パルちゃんもすごいです。パルちゃんがこっそり手渡してくださった針は心強いものでした。伝説の剣にも匹敵しますわ」
「んふふ~。勇者の剣より強いかな」
「きっと」
なんてやり取りを微笑ましくながめつつ、ようやく武装解除完了。確認してくれる衛兵がナイフの量にドン引きしている。
「これで全部でしょうか?」
「あぁ。間違いなく全部だ」
「怪しいですわね。一度全ての服を脱いで確認したほうが良いのでは? わたしが手伝いますので師匠さんはこちらへ。ぐへへへへ」
「ぐへへへへじゃねーよ」
俺の身体をまさぐり続ける吸血鬼を引き剥がす。衛兵さんが苦笑してるじゃないか。ドン引きされなくて良かった。
武装解除が終わると謁見の間へと移動する。
「中に入り、段差の前で止まること。そこで片膝を付き、許可が出るまで顔を上げてはならぬ。良いか?」
それらの注意を受けて俺たちは移動した。
膝を付き、頭を下げ女王の到着を待つ。横長の玉座には前回と同じく美少年が待機しており、団扇を持ち神妙に女王を待っていた。
「あらお美しい。ふひひ」
今回の美少年はルビーの好みだったのか、怪しい笑みを浮かべている。ちょっぴり困った顔を浮かべる美少年。ウチの吸血鬼が自由ですいません。
迷惑をかけるのはやめなさいルビー。
いや、もう、ほんとマジで。
しばらく間っていると奥の扉に反応があった。
「レジーナ・ヴェーニット。ヴィデーテ、ヴィデーテ」
という美少年の声のもと、扉が開き――女王陛下が謁見の間に入ってくる。『女王が来る。慎め、慎め』という意味だったか。
俺たちはしっかりと頭を下げた。
女王の歩くペタペタという裸足の音が聞こえ、玉座に座る音も聞こえた。
「顔を上げよ」
その声に少しばかり嘆息してから、俺は顔をあげた。
相変わらずの白い肌。限界まで薄い生地の服はすでに透明とも言えるほどの一枚のみ。下着すらも透けているんじゃないか、というぐらいに薄い。
砂漠国の女王陛下はその美貌をひとつも損なうことなく、健在のようだ。
「よくぞ参ったディスペクトゥス。わらわは待たされるのが嫌いじゃ。呼びつけてからここまで早い謁見は最速じゃぞ。褒めてやろう」
「ありがとうございます、女王陛下」
「殊勝じゃの。そんなに早くわらわに会いたかったか。愛い奴め」
「いや、いえ、はい」
そ、そういうことにしておこう。
「返答に本心が透けて見えるぞ、ディスペクトゥス。さすが『卑劣』を名乗るだけはある。わらわも手籠めにされてしまうか心配で心配で。夜も眠れなかったくらいじゃ」
お肌ツヤっツヤじゃないですか。
絶対嘘だ。
「どうじゃ、パーロナ国の末っ子姫よ。そなたも手籠めにされてしもうたんじゃろ」
「はい、女王陛下。あ、兜を脱ぐ許可を得ても?」
「良い良い、脱げ。この部屋は安全じゃ」
許可を受けてヴェルス姫は兜を脱ぐ。
ふはー、と息を吐いて女王陛下に挨拶をした。
「パーロナ国王に許可を得ていただき感謝の極みです、女王陛下。こうして遠き地で陛下の尊顔をこの目で見られることを喜びに感じます」
「うむ。わらわもそなたに会えて嬉しい。我がデザェルトゥムはパーロナ国との友好を誓おう」
「ありがとうございます、女王陛下」
大人のやりとり……というよりも王族のやりとりだな。
貴族のそれよりもヒヤヒヤするというか、一歩でも間違えば戦争にも成りかねないというか。
大げさではなく本当なのだから仕方がない。たったひとりの貴族の失言から戦争が始まったという記録は残されている。それで多大なる迷惑を受けるのが騎士であり一般国民なのだから、なんともやりきれない気分だ。
そんな綱渡りを隣で見ているのも怖い。
無事に終わってくれるのを願うばかりだ。
「して、ヴェルス姫よ。そなたの相手はもう決まっておるのか?」
「いいえ、女王陛下。私はまだ成人しておりませんので決まっておりません。もしかするとお父さまが何か考えているのかもしれませんが、私には知らされておりませんわ」
「そうか。そこの近衛騎士よ。そなたも聞いておらぬのか」
「ハッ。何も聞いておりません」
そうか、と女王陛下はうなづく。
「ならば我が国の貴族と結婚するか? 良い男を紹介してやる。多少なりとも妻が家を留守にしていても気にしないような男だ。わらわは嫉妬に狂う情熱的な男が好きなので興味はないが……そなたには好都合じゃろ」
いやそれ、浮気してもいいですよ、と宣言しているようで恐ろしいんですけど?
一国の王族が浮気前程で嫁ぐとか大問題ですよ女王陛下!
「それはとても魅力的な案ですわ」
ですが、とヴェルス姫は続けた。
「殿方にとってはそれは屈辱です。加えて、私にとっても屈辱ですわ女王陛下」
「ほう」
「女として生まれた以上、自分の全力でもって愛した殿方の元へ嫁ぎたいと思います」
「カカカカカ。そうかそうか、それは良い」
女王陛下はひとしきり笑ったあと、玉座の肘置きに頬杖を付いた。
「せっかく傀儡のように使ってやろうと思ったのじゃが、上手くいかんのぅ。パーロナ国の資源を吸い尽くしてやるつもりじゃったが……見返りを恐れてか、ヴェルスよ」
「魅力的なのは本音ですけど、美味し過ぎる餌は釣りにしか見えませんわ」
「末っ子姫なれど、姫は姫というわけか。つまらんつまらん」
はぁ~ぁ~、と大げさなほどため息をつく女王陛下。
怖ぇよ、なんだよこの会話。
そこに片足だけ巻き込まれている俺の気分を誰か察して欲しい。あ、そこの美少年くん分かる? 分かってもらえる?
だよなぁ、怖いよなぁ。
君も頑張ってくれよ。
なんて視線で会話ができるくらいに美少年くんも苦労しているらしい。
ありがとう。
おまえも今日から友達だ。
なんて。
おっさんに言われても困るだけだろうけど。
「さて、ディスペクトゥスのエラント。おまえが求めていた情報が手に入った」
「ありがとうございます、女王陛下」
「苦労したぞ。単なる褒美が一仕事になってしまった」
暗に見返りをよこせと言われている。
なんで褒美に対して対価が発生するんだよ。
意味分からん。
しかし、それを分からないフリをしておかないといけない。
アホのフリは重要だ。
余計な苦労はしたくないので。
「ありがとうございます、女王陛下。陛下の器の広さに救われます」
「おまえを掬った覚えはないが、こぼれおちなかったのは褒めてやろう」
またしても、つまらん、という視線で見られる俺。
12歳くらいの女王だったらいくらでも仕事を請け負うのだが、残念ながら12歳以上の女王には欠片も興味がないので問題ない。
なにせこちらには11歳のお姫様がいるんだ。
何も怖くない。
うん。
「おまえ、今なにか失礼なことを考えていないか?」
「何のことです?」
「チッ。盗賊が」
めっちゃ機嫌を損ねてしまったな……
「まぁ、良い。こちらの裁量で自由にさせてもらう。あとの責任はおまえが取っておけ」
「は?」
「では、一度しか言わないのでしっかり聞いておけよ」
「あの、何の責任――」
俺の言葉を無視して、女王は口を開く。
もう!
もうもうもう!
だから!
だから12歳以上の女は嫌いなんだよ!
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