~卑劣! 弟子は新しい言葉を覚えた~
リンゴーン――リンゴーン――
と、鐘の音が鳴る。
何度か聞いたことのある音で、キラキラと魔力の光のようなものが集まってくるのが見えた。
これは遠隔会話装置が発動する前に鳴る音。
最初は突然現れる半透明な姿にモンスターのゴーストが現れたかと思ってしまいパニックになったので、それを防ぐために付けられた機能だ。
「おぉ! 姫様が祝福されている!」
「さすがヴェルス姫さま!」
「神々しい!」
まぁ、どちらにしろタイミングが悪ければ害悪でしかないが。
モンスターとの戦闘中ならまだマシだが、貴族の屋敷に潜入中とか、王族や貴族に謁見中に鳴り響いてみろ。
たぶんだけど、俺が悪いことになって処刑される。
せめてパルは逃がしてやってほしい。
ルビーには、俺が処刑されたとしても人間と仲良くしてくれるように願うばかりだ。
うん。
「これは遠隔会話装置の音ですよ。精霊女王の祝福ではありません」
そう伝えたところ、マトリチブス・ホックの皆さんはガックリと肩を落とした。
神や精霊女王に声をかけてもらえるっていうのは、そこまで大げさなことなのだろうか?
もしかしたら王族にとっては重要なのかもしれないなぁ。
そのあたりの王族事情は俺も知らないので、そういうもの、と受け入れるしかない。
さて。
この鐘の音が鳴ったということはハイ・エルフたる学園長が何かしらの用事があるんだろう。
いつものように真っ白な肌に真っ白なワンピースを着て、嬉しそうに話しかけるに違いない。
――と、思ったのだが。
「ん?」
見えたのは白い肌に黒い髪。赤く大げさなほどのアイラインと口紅。豊満な肉体に薄く透けている下着。
まったくもってハイ・エルフとは異なる人物が目の前に現れた。
というか、この人――
「デザェルトゥムの女王陛下!?」
驚き、声をあげてしまう。
デザェルトゥム――砂漠の国の女王陛下が気だるげな瞳でこちらを見つめた。
『おぉ、おぉ、映った映った。やはり愉快な魔道具じゃな。世界中覗き放題じゃ』
女王はコロコロと子どものように笑う。その後ろにはふたりの少年の姿が見えた。上半身は裸で団扇を持っており、女王陛下をあおいでる様子が見える。
半透明な姿だが、しっかりと後ろの少年たちまで写っているところを見るに……学園都市の遠隔会話装置とは少し違うようだ。
『ふむ。しかし間が悪かったか』
ニヤリと笑う女王陛下はベッドの上に座る俺たちしげしげと眺める。
『逢瀬の途中だったか、すまぬ。しかしわらわは寛容じゃ。許可する。続けよ」
俺は慌ててパルとヴェルス姫のお尻の下から自分の膝を抜いた。すとん、とベッドの上に落ちる美少女ふたり。
俺はいま人間種最速で動けた自信がある。
『なんじゃ、やらぬのか。遠慮はいらんぞ。ほれほれ、頑張らぬか盗賊』
「いいえ、女王陛下。終わった後です。師匠さまは頑張られました」
おい。
ドスケベ姫が恐ろしいことを言ったぞ。
『アハハハハ! そうであったか。ではタイミングは良かったというわけじゃな。邪魔をしてしまったかといらぬ心配をしてしまったわ』
ウソつけ!
と、叫びたかった。叫んだら終わりなので、叫ばないけおど。いや、この距離で不敬認定されるのかどうかは分からないので、ちょっと本当にどう対応したらいいのか分からない。
いや、それよりも――
「どうして女王陛下が遠隔会話装置を?」
『面白い物があると民から進言があってのぅ。面白いのでわらわにも作ってもらった。便利な道具じゃ。一度会った者なら話せるし、その周囲も見渡せる。喜べ、おぬしらがわらわと遠隔会話装置で話す初めての者じゃ』
実験を除いての、と女王陛下はごきげんに話す。
な、なるほど。どうりで楽しそうなはずだし、少女のようにコロコロと笑うわけだ。
というか、民からの進言って絶対に嘘だろう。
学園長が漏らすとは思えないので……どうにかして情報をすっぱ抜いてきたに違いない。
これだから王族は恐ろしい。
「あの、女王陛下」
『なんじゃパルヴァス。おっと、サティスと呼んだほうが良いかのぅ?』
「えっと……」
パルは俺を見る。おまえの好きにしたらいい、と視線で答えた。
「じゃ、じゃぁサティスで」
『ふぅむ、信用がないのぅ。名前は大切か。わらわはお主の名を穢すことも、名誉も傷つけぬぞ?』
ほへ、とパルがびっくりしてる。
女王陛下の読心術。
恐らく、パルは女王陛下に『パルヴァス』と呼ばれるのを少し嫌ったんだろう。王族からサティスではなく本名で呼ばれてしまえば、それは特別なものになってしまう。なにせ、名前を覚えてもらっているということだ。平民にしてみればこれほど名誉なことはない。
しかし、もちろん名誉なことだけど、でもそれはパルにとって大切な物が王族に取られたような感覚に近いかもしれない。
というわけで偽名であるサティスを選んだのだろうけど。
見事に看破された。
かわいそうに。あとでよしよしと撫でてやろう。
『して、何の用じゃ。サティス』
「あ、えっと。今みたいな場合はひざまずかなくていいんですか?」
『ん? あぁ~、良い良い。こちらから訪ねているようなものじゃ。突然わらわが来訪しているというのに〝ひざまずけ〟などとは申さぬ。普通にしておれ』
しかし、と女王陛下はヴェルス姫を見た。
『逆にわらわがひざまずかないといかぬ、かもしれぬな。プリンチピッサ……ではなく、ヴェルス・パーロナ様よ』
「これはこれはデザェルトゥムの女王陛下。挨拶が遅れて申し訳ありません。ごきげんうるわしゅうございますわ」
女王陛下の視線を受けてヴェルス姫は立ち上がり、優雅にスカートを持ち上げ片足を後ろに引き、膝をちょこんと曲げる。
高貴なる女性の挨拶、カーテシーだ。
『このようなところで会えるとは思わなかったのぅ。口外無用にしておく』
「いいえ。いいえ、女王陛下。是非とも口外してください」
『ほう。噂には聞いておったが『本気』なのじゃな』
「本気です」
カカカと女王陛下は笑う。
『その悪だくみ、嫌いではないぞ。しかし苦難の道じゃ。大勢の配下に危険が及ぶし、迷惑もかけよう。それでもその道を進むつもりか』
「う……」
『覚悟なしか。若い若い。むしろ青いというべきか。しかし、それも悪くなかろう。わらわも似たようなものじゃしな』
「そうなんですか?」
『ほれ、後ろにふたりの稚児がおろう。この子らは、わらわのワガママでここに置いておる。もちろんたっぷりの謝礼はしたぞ。しかし、それで喜ぶ親もいえば反対する親もいる。面と向かって罵詈雑言を浴びせられた時にはびっくりしたものじゃ』
「そ、それでどうしたんですか……?」
『仕方がないので、親ごと引き取ってやった。しあわせに暮らしておるぞ』
恐ろしい解決方法だった。
というか、そこまでして欲しかった少年ってどれだけ美しかったんだろうか。気になる。
「反対する親……」
パルがつぶやいた。
まぁ、そうだよな。俺やパルは捨てられた身。王族に逆らってまで守ってくれる親の存在っていうのは、ちょっと良く分からない。
殺されるかもしれないっていうのに、それでも女王陛下に逆らって子どもを守る感覚っていうのは……実際に親になってみないと分からないものなんだろうか。
それとも、俺たちには一生理解できないものなんだろうか。
そうだとしたら。
恐ろしいな。
「しょ、少々考えさせてください女王陛下……」
『それが無難じゃな』
女王陛下は愉快そうに笑う。
というか、ヴェルス姫が困るのを見て笑っているようだ。
王族としては女王陛下が一枚上手。そりゃそうか。ヴェルス姫はまだ成人もしていない子どもだもんな。
それが国をひとつ背負っている女王と舌戦をしたところで勝敗は分かりきっている。
たとえ冗談を言い合っていても、だ。
『ではエラントよ』
「は、はい!」
突然に話しかけられので、俺は背筋を伸ばした。
ベッドの上に立っているのでマヌケな状態なのだが、仕方がない。
『調査が終了した。結果を報告するので聞きに来い』
「は?」
『は? ではない。なんじゃその態度。ヴェルス・パーロナと公開初夜ショーを開催してやろうか?』
「すいませんでした!」
俺が大声で謝ったけど遠くから、是非ぃ、と聞こえてきたような気がする。ルビーの声だったような気がしたけど気のせいだ。気のせいに違いない。無視だ無視。
『お主が求めた情報であろう。褒美で欲しいと言っておったじゃろうに。わらわにこんなところで説明させる気か?』
「あ、あぁ~! 七星護剣の!」
うむ、と女王陛下は満足そうにうなづく。
『というわけで砂漠国に来い。お主ならすぐじゃろ。ちょうど良い、プリンチピッサも来い』
「私もですか!?」
『そうじゃ。仲間外れは悲しかろう。問題ない。わらわがパーロナ王と話を付けてやる』
「是非!」
『カカカ、そうじゃろうて。自由に行動できるうちは自由が良い。不自由を楽しむなど、そのあとで充分じゃ』
「ありがとうございます、女王陛下」
『では待っておるぞ。早く来んと存外に言いふらすからのぅ』
カカカカと笑って女王陛下の姿が消えた。
「さて遠征が決定しました。準備なさい、マルカ」
「え、えぇ~……」
「砂漠国の女王陛下から直々に来いという命令ですわ。私のような弱小末っ子姫がそんな命令を跳ねのける力はありません。仕方がないのです。はい」
その割には嬉しそうですねヴェルス姫。
「今からヴェルス・パーロナではなく、プリンチピッサ・ディスペクトゥスです。よろしくお願いします、師匠さま」
「……分かりました。ご同行をお願いしますプリンチピッサ」
俺は肩をすくめるしかない。
「良かったね、プリンちゃん」
「ありがとうございます、サティスちゃん。がんばりますよ! これでもディスペクトゥスのメンバーなのですから」
大慌てで俺の部屋を飛び出し、遠征準備を各員に命令するマルカさん。
決断をしたなら行動が早い。
さすが騎士団のリーダーだ。
「う~む」
そんなマルカさんを見ながら俺は腕を組んで考える。
ヴェルス姫――プリンチピッサの役目を模索するのだが……
「どうしたんですか、師匠?」
「ヴェルス姫をどういうポジションにするか、と」
ほら。
なんかこう、正式な役目がないと怪しいし? 誰でも入れるみたいな噂になってしまうのも困りもの。まぁ、仲間は多い方がいいんだけど、本物の盗賊団になってしまっては本末転倒。
むしろお姫様がいるので、それは非常にまずい。
健全な盗賊団をアピールしなくてはならない。
ディスペクトゥス騎士団とかでもいいか?
いや、しかし、う~ん?
「盗賊と言えば女のひとりやふたり、情婦をはべらしているものです。それでいいのではないでしょうか?」
「却下です!」
「あ~ん残念です。パルちゃんも情婦仲間がいいですよね?」
「ジョーフって何?」
「それはですね――」
「説明しなくていいです!」
「分かった! えっちな言葉だ!」
「ちくしょう!」
ウチの弟子は頭が良くて助かるなぁ、もう!
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