~卑劣! お姫様とイチャイチャする一般盗賊(監視付き)~

 パーロナ国の末っ子姫ことヴェルス・パーロナ。

 王族たるお姫様が貴族たちから寄付を募り、このたびジックス街での慈善事業を実施された。

 その内容は『冬場における孤児への援助』。

 もちろん、普通の孤児への援助は孤児院にて行われている。

 冒険者がポーションを購入したり、怪我を治療してもらった時にお布施をするお金があるし、病気になった人が治療魔法を受けた時もお布施をする。

 領主からお金が出ている場合もあるが、それは街によって違うのでなんとも言えない。もちろん領主の懐具合にもよるが、信仰の違いというものもある。

 あまり大っぴらに言えることではないが、どうしても受け付けられない『神の教え』もあるわけで。

 例えば、『知識』を司る神シュレント・カンラ。その神殿戒律は、能動的であれ、という素晴らしいものではあるが……

 実質、その内容は知識や結果を求める行動を後まわしにしてはならない、というもの。机上の空論をそのままにするな、と言えば聞こえはいいが、身も蓋もない言い方をすると、『さっさとやれ』。

 一度の失敗が没落につながってしまう貴族としては、あまり信仰したくないもの。

 寄付する気持ちが遠退いてしまうのも無理はない。

 孤児に罪はないけどね。

 で。

 そんなお布施によって孤児院は運営されているのだが……充分に行き届いているかと言われれば、首を横に振るしかない。

 なにせ、お金だけでは解決できない問題がある。

 今回、末っ子姫が対策したのは、その部分だ。

 つまり――孤児院に馴染めなかった孤児たち。

 孤児院はどうしても集団生活となる。

 人間の中には、どうしても集団行動に馴染めない者もいるし、ひとつの集団があればそこには必ず優劣がつく。

 リーダー気質の物もいれば、一匹狼もいるし、いじめっ子といじめられっ子もいる。

 そこで何が起こるかと言えば、語るまでもない。

 俺が孤児院にいるときも見かけていた。暴力によって食べ物を奪う、なんて行為は日常茶飯事であり、それを解消する方法は暴力でしかない。

 暴力によって他人の行動を思うがままにする人間に対して、言葉で説得したところで話が通じるわけがない。

 話が通じる人間であれば、初めから暴力などという手は使わない。

 そして、通じないのであれば、暴力で言う事を聞かせるしかない、という悪循環。

 最悪な状況となるのは目に見えている。

 運が良かったのは、俺もアウダクスも孤児院ではターゲットにされなかったこと。そして、暴力を振るう王様がすぐに成人となり孤児院を出て行ったこと。

 あの暴力孤児がその後どうなったのかは分からない。

 冒険者にでもなっていればいいのだが、どこかで本物の盗賊に成っていたら……と、思うと肩をすくめたくなる。

 支配者はどこにだっている。

 貴族もそうだし、王族もそう。

 魔王という存在がいるからこそ、王族や貴族の行いは丸くなったかもしれないが。魔王がいるからこそ、魔王領で人間種は苦しんでいる――と、言えるだろうか。微妙だな。

 俺はルビーの支配領しか知らないから、いまいち責めきれない感じがある。

 もっとも。

 人間牧場の存在は飲み込めるものではないが。

 まぁ、なんにせよ路地裏孤児という存在は、この世に支配者という概念が消えない限り、一生付きまとうものだろう。

 どれだけ世界が平和になったとしても、孤児は消えたりなんかしない。

 なにせ孤児となるのは捨てられた子だけではない。

 両親が不幸にも事故で亡くなることもある。

 そんな子どもを助けるのも孤児院の役目ではあるのだが、子ども達全員を助けられるほどに余裕がない、というのも考え物だ。

 神殿はあくまで神さまのための物であり、孤児を助ける専門ではない。

 神官も同じだ。

 神に仕えているのであって、孤児に仕えているわけではない。

 屋根のある寝床と食事だけを提供している最低限の孤児院、というのも少なくはない。

 だからこそ、末っ子姫が動いてくれた――と、考えるのは少し褒め過ぎかもしれないが。

 それでも今まで誰もやらなかった慈善だ。

 優しくて気さくな末っ子姫らしい、といえばらしいのだが……なぜジックス街だったのか、と考えるとやっぱり褒められない。

 普通は王都でやるもんなぁ。


「……」


 と、思考にふけつつ。

 膝の上に乗ってるパルのほっぺをむにむにつまんだ。


「んふふ~」


 罰ゲームの反動で超甘えっ子になってしまった我が愛すべき弟子である。

 集中力などが増したか、と問われれば首を傾げることだが、俺以上に適応力があるところを見せてくれたし、なによりルーランに勝利したという話はなかなか素晴らしいと思う。

 ルーラン・ドホネツクの実力はかなり高い。

 パルと同じくらいの年齢で、まだ未成年という状態ながらマトリチブス・ホックに早期入団できるほどの実力だ。

 その実力と経験と知識がいまいち噛み合っていない状態なので、なんとも惜しいが……大人の世界で揉まれれば嫌でも一人前になる。

 経験を積み、一人前になればかなりの強さになると思われるルーラン。

 そんな彼女を出し抜き、無事に逃げ切れたというのは素晴らしいの一言に尽きる。

 聖骸布を使用したとは言え、成長するブーツもなく、シャイン・ダガーも無い状態だ。かなりのハンデを背負った状況で無事に逃げ切れた実力は本物と言えるだろう。

 ここぞという時の集中力や判断力は問題無し。

 まぁ、課題である『余裕がある時の行動』に問題は残っているので何とも言えないが……天才ってこういう子を言うんだろうなぁ、なんて思ってしまった。


「あうあうあう」


 ちょっとくやしいので片手でほっぺたを挟むようにした。うにゅ、とくちびるが尖る。力を緩めるとくちびるが引っ込み、強めるとくちびるが飛び出す。

 そういう玩具みたいだ。


「師匠さま~。私も相手してください~」

「あ、はい」


 右の膝にはパルが乗っているのだが、左の膝にはお姫様が乗っていた。王族の末っ子姫が俺の膝に乗っている。

 なにを馬鹿なことを言っているんだこのロリコンは。ついにロリコンが悪化して幻でも見えるようになったのか、と思われるかもしれないが現実である。

 俺にはまだ幼女を司る神からのお迎えは来ていない。

 大丈夫。

 俺は正常だ。

 むしろ世界が狂っている。

 たかが一盗賊の膝の上に王族たるお姫様が座っているのだ。

 この状況を許している世界の方が間違っている。

 なぁ、そう思うだろ?

 精霊女王ラビアンさまもうなづくに違いない。

 世界は間違っていますよね、ラビアンさま!


「――……」


 あれぇ~。

 世界は正しいです、と言われました。

 聞いておられましたかラビアンさま。というか見てらっしゃるんですね。

 え~っと。

 じゃ、じゃぁ受け入れます……

 俺の膝の上に王族のお姫様が乗っていても不思議じゃない。

 らしい。

 え、ホントに?


「ふぇふぇふぇ」


 というわけで俺はお姫様のほっぺをむにむにとつまんだ。

 やわらか!?

 すご!

 かわいい!


「スぅ~……はぁ~……」


 一気に感情を持って行かれそうになったので、俺は慌てて瞳を閉じ、精神を統一させた。

 危ない。

 持って行かれるところだった。

 でもちょっといいにおいがする。

 さすが王族。

 いい石鹸を使って髪を洗ってるらしい。


「あぁ、素晴らしい体験です。ドキドキします。こんな日が来るだなんて思ってもみませんでした。やはり実行して良かった」


 ヴェルス姫は俺の手を抱きしめるように掴んだ。

 やめてください、姫。

 柔らかいです。

 我慢できなくなりそうです。


「さぁ、師匠さま。もっともっと褒めてくださってもいいのですよ」

「い、いえ、マルカさんが見てますし」


 じ~っと無感情にこちらを見ているマルカさん。ちなみにここ、俺の部屋です。俺の部屋なんだけど、扉の前にはマルカさんが立ってて、窓側には別の近衛騎士の人が立ってて、扉の外側にも三人ほど立ってて、家のまわりも取り囲まれている。

 そんな状況でお姫様とイチャイチャしていいのか?

 ダメに決まっている。

 殺されるに決まっている。


「マルカ、目を閉じてうしろを向いていなさい」

「お断りします」


 えぇ~、とお姫様が文句を言いましたが当たり前です。ありがとうございます、と俺は視線でマルカさんに訴えたが、恐ろしいほど無機質な視線が返ってきた。怖い。


「いろいろと苦労したんですよ、師匠さま。あの扉とか」

「あれ、凄いですね。どうやって作ったのですか?」

「学園都市にお願いしました。資金提供すると喜んで作ってくださいました」


 そりゃぁ喜ぶよなぁ。喋って計算に正解すると自動的に喋る扉、なんて。どう考えも古代遺跡にあるリドルを出題する扉だ。いわゆるマジックアイテムの類である。下手をすればアーティファクトだ。

 恐らく、学園都市は完全にマジックアイテムを作る技術を手に入れた。その発端は俺やパルが装備している魔具の技術を発展させたものと思われる。

 もっとも、それの大元はドワーフたちが持っていた『成長する武器』の技術でもあるので、いずれ人間種は古代の人々――いわゆる神さま達に追いつけたはず。

 俺はそれをほんの少し早めてしまったに過ぎない。

 まぁ、オリジナルマジックアイテムがこの世に出回るまで、まだまだ時間が必要だろう。

 なにせ、宝石の粉を利用しているのだ。

 いくら端材と言えども高価なことに違いない。むしろその端材の価値がこれからどんどん上がってしまうので、もっともっと値段が上がる可能性もある。

 おいそれと手に入れられないマジックアイテムではあるが、おいそれと手に入れられないオリジナルマジックアイテムが誕生するだけのような気もしないでもない。

 しかし、今までと違うのは自分で好きに作ることができることだろうか。

 上手くいけば永遠に炎が消えない暖炉とか、夏場でも溶けない氷部屋とか作れるだろうし。

 人間種が便利に生きていけるかもしれない。

 もっとも。

 その前には是非とも魔王討伐を頑張る勇者を支援してくれるマジックアイテムを作り出して欲しい。お願いします。


「あの扉さえあれば今後も同じような孤児支援ができます。冬の間に孤児たちが計算を覚え、文字を覚えられましたら、商人ギルドで引き取ってもらえる可能性があります。もちろん本人たちの努力次第でしょうけれど。そうなれば嬉しく思いますわ」

「そうですね。とても良いことだと思います」

「……師匠さまは偽善と思わないのでしょうか?」


 少し不安な様子でヴェルス姫は俺の胸に頭を預け、上を向いた。金色の綺麗な髪に紅くて大きな瞳。美人で可愛いお姫様の顔がここまで近いと……ちょっとドキドキしてしまう。

 だが。

 真面目な話題なので、そんな感情は右手のパルにぶつけておく。お腹に手をまわし、むにむにとおへそ辺りを触っておいた。


「俺も孤児だったのです。そしてパルは路地裏孤児だった。なので、孤児を救ってくれようとするヴェルス姫の行為は嬉しく思います」

「……もっと早く。どうして自分の時は助けてくれなかったのか。そう言われないでしょうか」

「死んだ孤児たちの魂は神さまの元へ行きます。そこで苦しかった分だけしあわせになれる、と聞いたことがありますので。ヴェルス姫が理不尽に神から怒られることはありませんよ」

「そうでしょうか」


 不安そうなヴェルス姫。

 俺はそんなお姫様のお腹に腕をまわし、少しだけ力を込めた。


「問題ありません。もしも神々から何か言われましたら俺に言ってください。精霊女王ラビアンにお伝えし、ラビアンさまから叱ってもらいます」


 先ほど、これは現実だ、と言われてくらいなので。

 それぐらいやってください、ラビアンさま。


「私の声は届くでしょうか?」

「祈ってみてはいかがしょう。上手くいけば神官になれますよ」


 まさか、と笑いつつもお姫様は祈る。

 見様見真似、という感じで指を絡めるようにして手を組むと、背筋を伸ばしてお姫様は目を閉じた。

 さすが王族だ。

 それだけでも絵になる姿である。

 ただし、残念ながら盗賊の膝の上に座った状態だ。

 俺が邪魔!

 そんな感じでお祈りしたヴェルス姫だったが……


「――ひえ!?」


 びくり、と身体をゆすったので俺は慌ててヴェルス姫を抱えるようにした。


「どうされました!?」


 慌ててマルカが駆け寄る。


「ラ、ラビアンさまからお言葉を頂戴してしまいました……」

「なんと!?」


 どうやらお祈りの結果、ラビアンさまから返事があったらしい。


「おぉ! おぉ! 我らがヴェルス姫が精霊女王ラビアンより御言葉を賜われた!」


 マルカさんが感動していらっしゃる。

 ラビアンさま、意外とお返事をくださるので忘れがちだけど……本来はこれくらい凄いことなんだよなぁ。

 神官と一緒に過ごすと忘れがちになる。いや、神官でも滅多に声をかけてもらえるわけではないので、たぶんサチとナーさまという特殊過ぎるふたりが身近にいるせいかもしれない。

 あと勇者の幼馴染だったせいか。

 今回の勇者の加護を与えてくださっているのが光の精霊女王ラビアンであり、そんな勇者パーティだった俺にもラビアンさまは声をかけてくださる。

 追放された今でも割りと気にかけてくださっていると思うので。

 ほんと、ありがたいものだ。


「ベルちゃん、ラビアンさまはなんて?」

「よく頑張りました、と。これからも頑張ってくださいね、と仰られました……」


 ヴェルス姫もびっくりの表情。

 しかし俺とパルは、え~、という感情が思い浮かぶ。

 なんかラビアンさまの対応ちがくなーい?

 俺への言葉、もっとゾンザイな気がしますけど~?

 そのあたり、どうなんですかラビアンさま?


「……」


 返事がない。

 むぅ。

 なんて思っていると、リンゴーンリンゴーン、と鐘の音が聞こえた。


「祝福の鐘!?」


 マルカさんが驚いているが――違う。

 これは、遠隔会話装置の着信音だ。

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