~可憐! ヴァーサス・ぽんぽこ騎士~

 部屋の扉が開いた瞬間――

 あたしは投げナイフを投擲した。

 狙いは足。

 ちょっとだけ傷を付けるか、気を反らせるか。とにかく不意打ちで相手が驚いている間に逃げるつもりだった。

 でも――


「ムッ」


 と、入ってきた人は呼気ひとつで対処してしまった。

 必要最小限の行動。

 剣の鞘で弾いたんだ。

 不意打ち失敗。

 でも、これで相手の行動を一手浪費させたから、扉の隙間から逃げられる――と、思ったけど、無理だった。

 鞘で投げナイフを防御すると同時に抜剣して、あたしの向かう先へ牽制するように刃が振られる。


「えぇ!?」


 慌ててバックステップで距離を取ったあたしは魔力糸を引っ張り投げナイフを回収。

 ふしゅぅ、と息を吐きつつ相手を観察した。

 この人、強い……!

 外にいる人たちは騎士甲冑を装備しているけど、入ってきた人物は防具を何も装備していなかった。服装はそれなりにいい物で貴族っぽい上等な感じ。防具は装備してないけど、ブーツとかスカートとかは厚手の物だから投げナイフ程度では切り裂けそうにない。

 両足をそろえるようにして、右足を少しだけ後ろにズラした独特な感じで剣をかまえてる。

 部屋が狭いからかな。

 でも、それが不思議とこの女の子に似合っていた。

 騎士というより、貴族みたいな感じ。


「……」


 あたしは息を吐き、集中力を高めながら女の子を観察した。

 獣耳種で丸い耳がある。犬でも猫でもない。しっぽも足に隠れて見えない。

 黒の長髪だけど青い毛が混じっていている。性格を表しているのか、パッツンと直線的な前髪の下には釣り目がちの瞳が見えた。

 年齢はあたしと同じくらいかな。身長はあたしより高い。でも、痩せている感じで胸の膨らみなんかは服に隠れて分からないぐらい。

 装飾の無い細身の剣。

 それを直立不動のような構えで持っている姿は、威風堂々と自信に満ち溢れている感じがした。

 実力は――かなり高い。

 真正面からぶつかったら、あたしじゃ絶対に勝てない。でも、それは盗賊だったら当たり前の話で、正々堂々と真正面から戦うには相当に実力差が開いていないといけない。

 聖骸布で能力を引き上げていても、たぶん無理。

 それくらいに、この女の子は強いっていうのが見ただけで分かった。


「……」


 さて、どうやって逃げようか。

 不思議なくらい冷静になっていく気がした。勝てないと分かった以上、絶対に逃げないといけない。勝てる見込みは無いけど、逃げられる見込みなんていくらでもある。

 さぁどうしようか。

 今すぐ背中を向けて窓から飛び降りて、騎士団の包囲を抜けようか。

 ――ダメ。

 騎士団は抜けられない上に、背中を向けた瞬間に斬られる確信がある。

 じゃぁ、正面を向いたまま背中から窓を突き破る?

 ――それもダメ。そもそも騎士団の包囲を抜けられないってば。

 窓から逃げるのは却下。

 じゃあ、この子を抜けて屋敷の中を逃げ回り、なんとか屋根の上に登らないといけない。

 方針決定。

 ――穴だらけの作戦だけど、まずはこの部屋から無事に脱出してこそ。


「うりゃぁ!」


 というわけで作戦実行。

 まずは気合いを入れて破れかぶれにナイフで切りつける、というフェイントで横をすり抜けられないか試してみる。

 騎士っ子はそれに応じる素振りを見せた。ぴくり、と身体が動いた気がするけど、微動だにしていない。フェイントだと判断したんじゃなくて、攻撃に合わせてくるつもりだ。


「くっ!」


 だったら、と投げナイフを振り下ろす。それに合わせて騎士っ子は剣の腹でナイフを防御した。

 今だ、と脇をすり抜けようと思ったけど――鞘があたしの目の前に突き付けられた。危うく鞘に自分から突撃してしまうところだったので、慌てて足を止める。

 隙が見当たらない。

 反撃してくる様子がなく、防御に専念してる感じ。

 やばいやばいやばい!

 それって仲間が合流するのを待ってる感じだよね。

 時間制限ありってこと!?

 とにかく騎士っ子を抜けられないか、とあたしは再接近した。剣の間合いの内側に入ってしまえば、この子だって動くしかないと思う。


「ふっ」


 息を吸い――短く吐く。

 低く低く、姿勢を前傾にかえて一瞬でダッシュした。師匠はあたしより身長が高いのにあたしより低く動けるんだから凄い。でも、あたしならもっともっと低くなれるはず。


「大きいヤツは強い。だが、小さいヤツが相手となると、その大きさはネックとなる。なにせ、攻撃が届くまでの時間が伸びるからな」


 師匠が姿勢を低くして相手に飛び込む理由を教えてくれた。だから、低く低く、床を這うように飛び込む。

 剣を振り下ろすより早く相手に接近してしまえばいい。

 ギリリと歯をくいしばるようにして、あたしは騎士っ子に突撃した。でも、あたしの意図に気付いたのか、騎士っ子は逆に一歩踏み出してきた。


「!?」


 間合いが変わる。まさか自分から接近してくるなんて思ってもなかった。一歩だけ計算が狂った。投げナイフを左手に持ち替える一手なんて浪費するわけにもいかず――そのまま騎士っ子の足下に飛び込んだ。

 間合いを潰されたのなら、こっちだって潰す!


「なっ!?」


 そのまま足に抱き付くようにして動きを封じると同時に体当たり。驚く声が頭上から聞こえるのを耳にしながら、もつれるようにして騎士っ子を床に倒した。

 どしん、と尻もちを付くのを待たず、あたしは身を起こそう――としたら体が浮いた。


「ぐえっ!?」


 襟首ごと持たれる感じで体が浮き、お腹に足が添えられる。下には倒れる途中の騎士っ子。そのまま騎士っ子が倒れる力を利用するようにあたしを後方へと投げ蹴り飛ばした。

 後で師匠に聞いたら、巴投げっていうワザなんだって。

 昔は戦争で甲冑を着た者同士で戦っていた。で、剣がなかなか当たらないものだから最終的には取っ組み合いになることが多くて、相手を投げ倒すワザが生まれたとかなんとか。

 まさか押し倒される途中で相手を投げるワザがあるなんて。

 すごい!

 まぁ、その時のあたしは称賛を送ってるヒマもなかったけど、そのまま廊下の壁に叩きつけられた。


「ふぎゃ!」


 と悲鳴をあげちゃって、空気を吐き出してしまった。廊下に落ちたところでもう一度体に衝撃が走るけど、痛がってるヒマはない。

 失った空気を取り戻すために大きく息を吸い、痛さで涙目になった視界のまま立ち上がった。

 とりあえず第一目標は達成。騎士っ子は抜けたぞ。

 でも、ここからどうしようか。どうするべきか。

 考えているヒマも時間も余裕もない。

 とりあえず距離を取るためにあたしは廊下を走り出した。一階へ下りる階段のある方向は騎士っ子が起き上がりつつ移動してる。

 巧い。

 やっぱりこの騎士っ子、めちゃくちゃ強いよ!


「むぅ」


 あたしはお屋敷の奥になる方向へ逃げるしかなかった。

 もう一度、歯をグッと噛みしめて思いっきり走り出す。でも、背中にゾワワって嫌な予感みたいな寒気を感じた。

 斬られる!?

 思わず振り返ってしまった。


「うわ!」


 そこへ飛んでくるのは剣の鞘。しかも狙ってるのは背中じゃなくて足。転ばそうとしているのか、それとも動きを封じたかったのか。とにかくあたしはジャンプでそれを避ける。

 成功!

 避けれた!

 どんなもんだ――


「ひえええ!?」


 物凄い勢いで騎士っ子が走ってきた。速い速い、ぜったい速い。なんで騎士なのにそんなに速いの!? 剣持ちながらそんな速度で走れるなんてズルい!


「うわわわわわわわわ」


 とにかくあたしは前を向いて走った。すぐに廊下の角が見える。右に曲がってる。でも、このままじゃ曲がり切れないし速度を落としたら追いつかれちゃう。

 ので!


「おおおおお!」


 曲がり角の手前でジャンプして左の壁を蹴る。そもまま曲がり角に侵入。ナナメ方向で空中から侵入したので、そのまま壁を蹴るようして前方へと跳ね、身体を横回転。

 一回転しながら着地しつつ、勢いを殺すことなく全力疾走。


「できた!」


 これでちょっと距離が取れたはず――その証拠に後ろで急ブレーキと壁に当たる音がしてる。

 へっへーん、騎士にはこんな動き無理でしょ。

 盗賊なめんな!


「うわぁ!?」


 って思ったらまたしても鞘が飛んできた。

 なんで!?

 二本目!?

 あ、ちがう。曲がり角に落ちてたの拾ったんだ! そのためのブレーキ!?

 しかも今度は回転させながら廊下の真ん中を突っ切る感じで投げてきた。


「ふぬぅ!」


 それを壁に貼り付く感じで避けたけど、せっかく加速してたのが全部無駄になった。あと、さっきから無言で追いかけてくる騎士っ子がめちゃくちゃ怖いんですけど!

 なんか言って欲しい。止まりなさい、とか、抵抗するな、とか。せめて、待てー、とか、こらー、でもいいので言って欲しい。


「くぅ!」


 とりあえず牽制で投げナイフを投擲。その間に走り出す。後ろで金属音が聞こえる。たぶん剣で防御された。その音を聞いてから投げナイフに繋いでいた魔力糸をぐいっと引っ張る。後ろから騎士っ子への攻撃。手応えなし。避けられたっぽい。

 やっぱり強いよ、この子!

 またしても曲がり角が見えてきた。壁にぶつかって鞘が落ちているのが見える。

 よし、今度はあたしが鞘を拾っちゃうね!

 廊下をスライディングして鞘をキャッチ。魔力糸も引っ張って投げナイフをしっかり回収すると、そのまま奥の壁に両足を付いて身体の勢いを止める。

 素早く立ち上がると、再びダッシュ。


「あ、泥棒!」


 初めて騎士っ子が口を開いた。

 なんか状況に合って無い言葉な気がするけど、気にしている場合じゃない。


「じゃぁ返す!」


 追いかけてくる騎士っ子にえいって投げつけた。しかも絶対に取れない天井の方向へ。なんか大切な物っぽいので、拾いに行くと思ったんだけど――壁を蹴って三角跳びでキャッチされてしまった。


「ありがとう!」


 しかもお礼を言われた。

 訳わかんないー! 意味わかんないー! なんなの、もー!

 次の角を曲がれば一階に下りる階段が見えてくる。次の壁蹴りの要領で速度を落とさずに曲がると階段が見えてきた。

 一階へ逃げられる。まだ他の騎士たちは入ってきてない。

 でも、このまま一階へ逃げても同じことが続くし、いずれ捕まっちゃう。騎士っ子の仲間の人たちが入ってきたら、そこで終わりだ。

 だから、なんとか考えないと。

 階段前でブレーキ。そこはエントランスで広い空間だった。

 何か!

 何か利用できるものは――あった!

 二階の天井からぶら下がってるなんかキラキラした飾り。シャンデリア? ガラスの飾り? なんでもいいや。とにかくそれに向かって投げナイフを投擲する。うまく鎖部分に引っかかって絡みついたのを確かめると、もう騎士っ子がやってきた。


「うわわわ!」


 と、慌てるフリをしてギリギリまでねばる。騎士っ子が迫ってくる頃合いを見計らって助走を付けて勢い良く階段からジャンプした。

 もちろん騎士っ子もあたしを追いかけて階段を追いかけてくる。

 でも残念!

 あたしは空を飛べるんだい!


「なっ!?」


 ぐいーん、とブランコみたいに戻ってきたあたしにびっくりしてる騎士っ子ちゃん。慌てて戻ろうとする頭の上を飛び越えて、あたしは階段上の元の位置へと戻った。

 で、慌てて階段を上ろうと戻ってくる騎士っ子ちゃんに初めて隙ができたのをあたしは見逃さない。

 騎士っ子ちゃんがちらりと足元を確認したそこを狙って――


「とう!」


 階段上から今度はホントにジャンプして、騎士っ子ちゃんに両足でドロップキックをおみまいした。


「なっ!? あっ! しまっ――ああああああ!?」


 もちろん騎士っ子ちゃんは防御できたけど、体格も身長もあたしと同じくらい。そんな女の子があたしの全体重を乗せたキックなんて受け止められるはずがない。

 階段を落ちていく騎士っ子ちゃんをへへーんと見送り、あたしは廊下を急いで走って戻る。

 手頃な窓を見つけると外の様子をうかがった。

 騎士団の人たちがあたしを見つけて指をさす。 

 やっぱり逃げられそうにない。

 ので。

 窓を開き、その窓枠をよじ登って足をかける。そのままジャンプして突き出た屋根のふちに手をかけると、逆上がりの要領で屋根の上へと登った。


「ふぅ」


 ようやく一息。

 なんとか逃げられた。

 このまま屋根を伝っていけば、騎士の人たちからもなんとか逃げられそう――と思った時、首に冷たい物が当てられる。


「――」


 ひゅ、と息を吐いちゃった。

 まるで気配が無かったし、後ろから接近されたのも分からなかった。足音どころか、今でも呼吸ひとつ、衣擦れひとつ聞こえない。

 幽霊よりも存在感が無い。

 でも、こんなことができるのは――


「……師匠でしょ」

「お、良く分かったな」


 首に当てられたナイフが引っ込められたのを確認して、あたしは振り返った。

 やっぱり師匠がいた。

 罰ゲームの路地裏生活者の格好のままだけど、いつもどおりの優しい師匠の笑顔。

 それを見て、あたしは――


「フン」


 と、そっぽ向いた。


「あれ? ど、どうしたパル?」

「師匠きらーい」

「え、えぇ~……俺また何かしちゃった?」

「この騎士団とか師匠の仕業でしょ。ひどいひどいひーどーい!」

「違うぞ」

「あれ?」

「俺が騎士団とか動かせるわけないだろ」

「……そういえば、そっか」

「おまえは俺をなんだと思ってるんだ?」

「この世で一番ステキな旦那さま」

「好き」

「あたしも!」


 というわけで。

 久しぶりに師匠に抱っこしてもらって、嬉しかったです。

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